5 リア充破砕男の最初の犯罪
リア充破砕男の破砕力は極めて極めて微細であった。それはあまりにも無力だった。無力というのは、つまり今までの人生となんら変わらない日常であるということだ。それでいいじゃん、というのが彼の今までの人生であったが、そこは破砕力をもって改善されなくてはならなかった。
変態撲殺女と異なり、リア充破砕男は簡単に道具に頼る発想になった。それはひとえに彼が男性だからであり、いかにどう努力をしようとも、性差のハンデを乗り越えたことにはならなかったからである。生まれついた、もしくは生まれつかなくても現在の状態からなんらかの努力をして素手で破砕できるようになったとして、そこまで血の滲む努力をするのならそもそもリア充になる方が早いかもしれなかったが、いずれにせよ全くもって不可能という点では同じだった。
結局、リア充破砕男の持つアドバンテージとは、不可能なものを早期に不可能と見極めることであった。リア充破砕男にとって、いわゆる可能が不可能でなかったことなどなく、それは努力者が相応の能力や素質を持った自分以外の者であるという特殊条件下で可能というだけであって、実質はただの不可能であった。
というわけで武器である。しかしリア充破砕男は武器を知らない。電子の海でフレームソードとかそういうたぐいの名前のものを指先のみを使って振り回したことはあるが果物ひとつ剥いたことはない。料理男子はモテる、などという情報を目にすることはあるが、その時点で無理難題であったし、その無理を押して経験値を身につけたところで、結局は顔面の問題という罠が待ち受けているので、そのような二重トラップに引っかからないことを人生の矜恃としてきたのだった。
しかし、包丁・ナイフ系は、その理科的知識からは流血があることが予測できた。リア充破砕男は、国レベルの公的規制や自主規制の成果により流血は得意ではなかった。流血が苦手だから血の滲む努力も嫌いなのだった。そのあたり、彼は途轍もなく平和主義者だった。リア充を憎むことは平和の一環でしかなく、富める者は貧しきものに富を再分配すべきであるのに、愛の世界でそれをやろうとすれば乱れたり交換会になったりして大変に不健全で、健全を保とうとすれば愛の局在は避けられない事態である。つまり、愛とは金よりいっそう局在化しやすい性質を持つ、いっそうたちの悪いものなのだ、とリア充破砕男は結論づけている。特に反論を聞いたわけではなく、結論は発語された時点で最終結論で有意味な分析であった。有用であるかどうかはその限りではなかった。
流血のしない武器ということを考えると、たとえばスタンガンなどが考えられる。通販ページなどを見るとことごとく護身用、と書いてある。護身とははなはだ正当なものであった。リア充によってことごとく非リア充が血の涙を流している――ここで言う血は比喩であるが――ことは事実なので、それを護身することは全く問題がないという飛躍的な論理が導かれた。世の中のあらゆることにおいて、何かが進歩するためには飛躍が必要であった。そして世の中のあらゆることにおいて、理想的な結果のために論理が修正されることもまた大変によくある必要で重要で肝要なことであった。
ただ、スタンガンが持つ唯一の問題点は破砕という言葉にふさわしいかという点だった。どう見ても砕かれることはないであろう。そこにも、きちんと結果のための論理の修正が起こり、つまりは男女の仲が精神的に砕かれればそれで問題はないのだった。この情報化時代に、物理的なものと精神的なものの境界は曖昧であろう。だから、このような論理の修正は、今後も進歩していく情報化社会において未来を見据えた進歩的なものであった。
そんなわけでリア充破砕男は電子的手段によって電子的デバイスを手に入れた。その実、電気的デバイスと呼んだほうがよい原始的な原理のものであった。電気は結局、電子の働きであるから言っていることに何の違いもない。ただこれは、男の活動が破壊ではなくて破砕でなければならないのと同じ話だった。
そのため電気的デバイスは電子的デバイスと言い換えられた。電子的手段のほうにはポチるというスラングが与えられていた。宅配便のお兄さんの勤務はハード過ぎて、運搬する荷物が持つハードな運命とぬるい思想について予測することは、余裕においても職責上も不可能であった。
リア充破砕男が梱包を開ける時の精神状態は、大変に充実していた。製品は物理的実体を持ち、その次元でもって充実していたわけなので、リアルに充実しているというわけだ。これはリア充破砕男の存在それ自体を否定する自己矛盾だった。
しかし、それは単に言葉の辞書的な意味のみに囚われた、原理主義的な解釈であって、きちんと言葉の使われ方を考慮した、社会性溢れた解釈をする必要があった。リア充破砕男が平素より社会性がゼロと評されている事実は無視された。
リア充破砕男は、その黒光りする破砕兵器をうっとりとするような目で眺め、乾電池を入れて試運転をした。ここで武器ではなく、兵器という言葉が使用された。大量破壊兵器、というような攻撃力が高そうなイメージのある言葉を選んだが、そこに「破砕」導入時に忌避したはずの「破壊」が含まれることは気づかれなかった。
そして電極間に走る火花を見てうっとりとした。このような表情は、語彙の少ない者が表現すれば一律に変態であった。
しかしそれは性的なものでもなく加害欲に満ちたものでもなく、むしろ、性を知る前の男子が主に持つような純粋な科学的現象への憧れであった。そのような男子は、その幼稚さゆえの残虐性を持っていて、リア充破砕男は、その残虐性はまだ疑問符というか体得できていない状態であったが、幼稚さの方は保証つきの状態であり、それゆえ間接的に残虐性が保証されることとなった。
新たな武器を得ても、突撃する方法に変化を与えることはできなかった。それは、スタンガンが手に持つものであり、走行を補助する役割が無い以上は自明だったが、しかし足に羽が生えたような錯覚を覚えさせるに十分な慢心を与えた。スタンガンは電気的ないし電子的なもので、羽根のような生物的なものは一切まとっていなかったが、プラスチック部分が有機物であることから強引に生物的なものと思う手段もあったことなど、リア充破砕男は一切考えてもいなかった。要するに、幼稚に目を輝かせながらいつも通りに突撃したのである。
しかし、バチンと音がして、男も女もぶっ倒れた。電極は男にしか当たらなかったが、女もぶっ倒れた。それが男と女がしっかりと手を繋いでいたことの証拠であることまでリア充破砕男の思考は及ばなかった。
「破砕!」という必殺技名は、発声の苦手なリア充破砕男といえども、少しずつ慣れというものが生じ、はっきりと発声できるようになってきていた。
ともあれ、これは今までのものと違い、立派な犯罪行為であった。男女とも怪我はなく関係も全く壊れることはなかった。もしくは破砕されなかった。しかしながら男女が被害を訴えた場合には、リア充破砕男は逮捕されて当然であった。
ただ、男女は被害届を出さなかった。
それは被害意識がないわけでは決してなく、単純に関わりたくないだけだった。
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