4 撲殺可能性に性差はあるか
変態撲殺女は女である。それは生物学的事実であると共に社会的事実でなければならなかった。
女性は男性と同等に扱われなくてはならなかったが、同程度として扱われてはならなかった。
同程度に扱われた場合には、二分したはずの男とそれ以外のものが再び同じ集合に合体を果たしていたか、もしくはそれ以外のものの集合に男という集合は呑み込まれていた。
不当な扱いには徹底的に抗うのだが、不当なまでに尊重された場合にはむしろそれに敬意を抱くことにした。
というわけで、同程度、もしくは不当な扱いをする者は尊重ではなく撲殺しなくてはならなかった。
この、撲殺という行為は、行為者の性別によってその意味するところは違っていた。弱者、被迫害者、そういった者による撲殺は、強者や迫害者の撲殺とは全く異なるものだった。前者は抗いであって後者は暴虐であった。
自分が、あるいはほぼ等価な意味で女性が、弱者であり被迫害者であることは生物学的歴史学的に明らかであった。ここで言う歴史とは過去の歴史であり現代史ではなかった。あるいは現代史である場合には一部分であった。また個人差に目を向けるのは近視眼的であり、俯瞰的に物事は理解する必要があった。
つまり、撲殺とは女性が行う限りにおいて快哉であった。もしくは勇猛であった。
翻って、刺殺やら爆殺といったものはどうなのか、と考えられる。つまり道具を使うという方法はどうか? ということである。
道具を使うと、思考実験によればそれは誰でもできるものとなる。肉に食い込ませたりするテクニックや、爆発物取扱者資格相当の知識に基づく使用技術の差は考慮されなかった。
男も女も刺爆殺可能というのは、男女平等に見えて、体力のハンデをものともせず、という要素が抜けてしまう。つまり果敢さが失われてしまう。
だから、他ならぬ女性が、他ならぬ撲殺をするというこの両者が揃わなければ、それは悪となった。
必ずしも、撲殺は美しく華麗でなければならないというわけでもなかった。そこは怪盗とは違っていた。
軽やかでなければならない怪盗と異なり、撲殺は鉄槌であった。怪盗は絵画などを盗むが、絵画の持ち主は裏でDVなどやっている可能性はあっても社会的には善人である。一方撲殺は全くの悪に対する、神罰に近いものであった。それは畏怖をもって評価され、荘厳でなければならない。
それは産む性だけが持つ神性であった。産まない性は肋骨が一本足りない不完全形態であった。
それは生産に対する畏怖であり母なる大地への畏怖でありその他なんとなく母的な好印象のもの全てに対する畏怖であった。
撲殺される者は、絵画を盗まれる者と違って全く極悪でなければならなかった。そこで変態である。変態撲殺女の、だいたいは灰色の記憶の連なりの中で、かの変態の記憶は変にどぎつい原色であった。そこまで彩度や明度の高いものではなかったはずなのだが、ショッキングピンクのピンクの部分を別の英語ではない、たぶんやまとことばの三文字の色表現に置き換えたような、ショッキングであることは間違いのない色なのであった。
できることなら、その記憶の特異点の変態をタイムマシンに乗って撲殺しに行ければいいのだが、猫型ロボットが存在しない都合もありそれは不可能であった。だから変態撲殺女は現実を見据えて次善の行動を取るべく努めた。最善の行動が取れないとなると、撲殺される者はひとりでは済まなかった。真犯人の罪は重すぎるので、何人もで構成された代償でなければ償い切れなかった。ただ、個人的な怨恨ではないことにされたので、誰に対して償うのかは、その事情のために全く不明になった。
幸いなことに、というか不幸なことに、というか、この世に変態は腐るほどいた。正義の味方にとって悪は不可欠であった。一方、悪にとって正義の味方は不要であったので、正義の味方側に自立が欠けているとも言えた。しかしそんなものは、悪の側の種々の致命的な欠落によって吹き飛ばせばよかった。女の変態がいる可能性については、その生物学的特性から、僅少なことは皆無と等価とされた。この点で有と無が同一視されたので、天地創造のポテンシャルがあった。しかしそれも、女性の神性から見れば驚くには値しないことであった。だが少なくとも、無から有が生まれて永久動力ができれば、世界のエネルギー問題が一気に解決して戦争が無くなるはずであった。戦争責任やら戦争への意欲は男の側にあるに違いなかったので、その点でも撲殺されるべき側であった。女性の戦闘はたとえ先に攻撃したとしても先制的正当防衛であった。
そんなわけで、変態撲殺女は撲殺をしたくてたまらないのだった。それはとりもなおさず、何としても変態を見つけなくてはならないということでもあった。通りすがりの人をもれなく撲殺した場合には通り魔になってしまうので、変態は探さないといけないのだった。
探すといっても、尋ね人広告を出したりして変態があぶり出るわけがなく、それはこの中にいじめをした者はいるか、的な検出率ゼロの試みであった。変態はいませんかぁ、などと街を練り歩いたりしたらどう見ても探している側のほうが変態であった。しかも合体を望んでいる変態であった。そのようにみなす者は全員変態である、という抗い方もあったが軽微な変態であり撲殺して良いレベルの者ではなかった。
撲殺されるのにふさわしい変態はもっと狡猾であった。狡猾であるから罰せられる価値があった。より重要なのは罰する価値であった。それらは全て正当であり反撃は不当だった。
つまりはそのような変態は、狡猾であるがゆえに、社会の片隅にひっそりと小市民的に生きるふりをしながら、弱者であることがあらかじめ決まっている者の前に軽やかだが華麗ではない感じで現れて、醜くも凶悪な世界の中心を提示してゆくのだった。
本来の世界の中心にはあらゆるものが流通してローマや鎌倉に通じていた。しかしそちらの醜い中心には血流など余計なものが流通してろくでもない活気に溢れていた。
変態撲殺女は、そのようなものを撲殺して、骨のないところを骨折させてやりたかった。しかしまだ、女は撲殺していない。蹴っただけだ。
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