人生不適格者が生まれる悲劇を抱くのは当人か世界か
1 リア充破砕男が誕生する世の中の不条理
リア充破砕男はその名のとおり、リア充を憎んでいる。
リア充破砕男の周囲にはリア充を憎んでいる人しかいなかった。つまり、その判断は空気を読んだ判断ということになる。常識と言ってもいい。
だからリア充を滅ぼすことは正しいことだった。正義だった。
最初はつつましやかな正義から始めた。
学校で習った通り、何もかも話し合いで平和的に解決するべきである。とはいえコミュ障を自認するリア充破砕男にとって、話し合いというのは極めて難事業であった。
〝大変申し訳ございませんが、リア充は社会の迷惑でございますので、早急にお止めいただくか、もしくは一般人の見えないところで充実していただけますようご配慮いただけますか〟
そのような言葉がすらすらと口から出る男にリア充破砕男は生まれたかった。
社会の迷惑。まさしくその通り。リア充は死ね、などという言葉がネットには飛び交っているではないか。リア充は非リアの気持ちを考えたことがあるのだろうか。非リアはリア充の気持ちを考える必要はない。だって迷惑だから。はい論破。
リア充破砕男にとって、あらゆる論理を脳内で構築することはできるのだが、それを口に出し物理波動にすることがどうしても難しかった。
口に出すのは音波による物理波動に過ぎない。リア充破砕男はきちんと理科の勉強もできた。というか理系の大学に通った。あまり行った記憶はない。だがいつの間にか卒業していた。何やら就職もしていたらしい。ただ親はリア充破砕男のことをあまり見たくはないらしく、学生時代から金を与えて一人暮らしはさせたし、就職後も一人暮らしをとなった。二人暮らしができた見込みはないことはここでは言及しない。
そんなわけでリア充破砕男は、だいぶ前から何をするにも親の目を気にする必要はない。親が泣いている可能性を想定することはできるが、そんなことを考えるのはとうの昔にやめた。本稿ではしばらく、リア充破砕男の萌芽について述べる。それゆえしばらく時間軸を遡るが、どれぐらい遡ったかは定かではない。定かにしたくなるような人間は全くいないぐらい人徳は全くなかった。
さて、音波が物理波動なのだから、別の物理的手段で代替えしたところで別段問題はないだろう。リア充破砕男の頭の中で限定的な論理が展開された。リア充破砕男はその論理に感動した。
コミュ障でしかもそれを正当化しているから、大変申し訳ございません、というところまでしか彼の口には出ない。
「大変申し訳ございませーん!!」
そう言いながら手を繋いでいるカップルの間に、手をクロスして体当たりをした。二人の手の合体が解けた。昼間から合体するなんて、なんて破廉恥な!
「おい、何だテメエは!」
カップルのうち男が凄む。そして女のほうは怯えた顔をしつつ、同時に男に頼もしい! という視線を送り、さらにリア充破砕男に対して汚物を見るような視線を送った。これら三つのジョブを同時に行うことができる。なんて女はマルチタスクなんだ、とリア充破砕男は思った。なんて器用なんだ。そうやって男を手玉に取るというのか。
しかしリア充破砕男は、男の怒鳴り声に怯む顔と、女の器用さを蔑む顔と、そして正義のヒーローの顔つきをマルチにタスクした。自分の器用さは誇りでしかなかった。
男はリア充破砕男を蹴飛ばした。もしリア充破砕男が蹴り返していたら、それは乱闘とか喧嘩とか呼ばれるものであっただろう。しかしそのような粗野なものはリア充破砕男は好まなかった。
つまり、良識をもって、リア充破砕男は一切反撃をしなかった。
一蹴りでリア充破砕男はうずくまり、男は去りそれの付属品としての女も自動的に去った。飽くまで付属品として振る舞うなんて主体性のない女だ。
しかし、うずくまったリア充破砕男の脳の中では確実に屈辱という感情が循環して、高速増殖炉的に純度が高まっていった。
道行く人たちは、憐れむような、蔑むような目でリア充破砕男を見た。うずくまっているのにリア充破砕男はそれが見えた。ような気がした。が、事実だということを確信した。リア充破砕男は確信することが得意だった。
確信したことを確信したまま人に伝えようとしても子供の頃から潰されてそれでリア充破砕男の口数は少なくなっていった。
(自分なりに礼儀を尽くしたのに)
それなのに、相手は答えない。迷惑を実力行使で排除するのと、実力行使で迷惑にも手を繋ぐのとどれだけの違いがあるというのだろう。
(どうしてこんな目に合うのだろう)
リア充破砕男には自分が悪いのかもしれないという発想はなかった。子供の頃から蔑まされ続けたので、何か不幸な感情があればそれは理不尽であるから耐えるというテクニックで処理すべきものだった。
今も単に耐えればよかったかもしれない。
ただ、リア充破砕男の中で、何かが蓄積し続けてきて、それがついに今日たまたま前を通りがかったカップルの前で物理的手段として炸裂した。炸裂という大それたものではなく、それはリア充破砕男にとって萌芽とでもいうべき可愛らしいものであった。
つまりは、市井の小市民のささやかな抵抗というわけである。
自分が悪いのかもしれないという発想は一切なかった。しかし、それはリア充破砕男だけではなく、世の中にそのような人種はたくさんおり、しかも社会的地位を得たり、かなりうまくやっているのだ。
リア充破砕男は、自分を悪いと思わないことに、実は自覚的であった。そういううまくやっている人々の真似をしているだけ、という意識だった。
リア充破砕男は基本的に恥ずべき人間で、これからもっと恥ずべき人間になってゆくものの、その恥ずべき思考の中にたまに断片的に真実を捉えている場合があった。とはいえ、ランダムに情報を処理する人工知能などがたまたま真実を出力することも確率的にある。その程度の意味しかなかった。
結局、リア充破砕男は人として無価値であった。
まだこの時点では、リア充破砕男はリア充破砕男という名称ではない。破砕を始めて彼は初めてリア充破砕男となる。予定である。たぶん。
しかし内面は既にこの時、リア充破砕男はリア充破砕男であった。
だから、リア充破砕男は社会が作った。本人が悪いとしても社会がその原因となった。
「いじめはいじめられる奴が悪い」といった、責任と原因を混同した文脈においては、リア充破砕男が誕生した責任もまた社会にあった。
しかし、責任を取ってくれる人は社会にはいない。
それはリア充破砕男が取るべきだからというまっとうな理由のほかに、責任者は無責任者だ、と揶揄する人たちの中に真理が含まれていることが確率的にあるせいでもあった。
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