2 変態撲殺女もまた爆誕する

 変態撲殺女はまず生物学的に女であった。機会の多寡はあれど、あらゆる女性がそうであるように、その人生に変態に苦しめられた経験があった。


 だからそれらを撲殺すべきだという結論は至極当然のものだった。変態の定義などというものは軽微な問題に過ぎず、また機会の多寡などというものを問題にするのは、被害者は被害者のみで自己救済すべきという暴論に繋がるため論外であった。


 経験、という言葉を使えば、変態撲殺女にはもっと即物的で生々しい用法としての経験があった。それは被侵入の歴史でありその生物的制約は社会的に補償されなくてはいけなかった。

 同時にその被侵入はリア充破砕男に対するアドバンテージでもあった。そのアドバンスを何ら誇示するところがないにしてもアドバンテージなのだった。誇っているに違いない、と確信されてしまうという外部的な要因でもって、確かにアドバンテージなのだった。


 リア充破砕男にしてみれば、その被侵入行為は単にひらがな四文字で表現するほかなく、その表現方法はリア充破砕男の知性を下げた。リア充破砕男に知性があると仮定した場合の話である。


 ともかくこの女は、リア充破砕男と同様に変態を憎んでいた。その点ではリア充破砕男と同レベルの女だった。同レベルであるがベクトルの向きは正反対だった。それはリア充破砕男という個人と正反対というより、男子全体という不当に拡張され尽くした、異常に大きい分母に対して正反対なのだった。だからこの分母の中で個々人がてんでにバラバラの方向を向き、平均化されたベクトルについて考えれば、向きに関しては罪深い方向を向いているという点に検証の必要はなかった。ならば大きさはといえば、平均値であるのに絶対値の総和だけが取られて除算は省略された。


 このように、戦略的で選択的な思考方法によって変態撲殺女の被害性は主観的に明らかであった。また女性全体の被害性も明らかであったが、当然ながらこちらの分母もMAXまで拡張されている。

 

 というわけで変態は死ぬべきであった。

 苦しみながら死ぬべきであった。

 だから、撲殺である必要があった。

 刺殺でも絞殺でもなく、致死性は高いが即死性が今ひとつであることがむしろ重要であった。


 無限大の分母の苦しみの前には、変態はいかに苦しみ抜いても足りなかった。地獄の業火に生きながら永遠に焼かれる必要があった。


 初めて変態撲殺女が変態に出会った時、変態撲殺女の女性性は未使用であった。


 ただ、そこに、目の前に異形の何かがあり、それの機能するところにも詳しくなかった。


 ただ良識ある大人の闖入により、変態の活躍は最小限に留められた。例えば活躍という単語一つにも興奮を見いだすようになる人格の持ち主はその場で隠蔽され遮断された。それはあってはならないものであった。それはこの世は言うに及ばず、あの世やら全宇宙やらより高次元のありとあらゆる存在の意味において存在してはならないものだった。それを女の子たちは普通に学んだし、変態撲殺女は過剰に学んだ。


 変態撲殺女は成長して、相応の青春に憧れた。つまり、変態撲殺女が女の子であることの証明書としての恋をしなくてはならなかった。


 その過程で男の子は男とそれ以外の何かに分類された。かつて見た変態は当然それ以外の何かに含まれることとなった。


 ここで恋は一種の要請であって欲望ではなかった。


 従って変態の持つ欲望は、それが欲望であるというだけのものであろうと、不当なほど不当であるものとされた。食欲と睡眠欲などの人生に必須の欲望について考慮するとその不当性に問題が発生するので、考慮しないこととなった。


 そして要請に従って構築された欲望はその欲望性を隠蔽しつつ、しかし欲望であるが故に満たされることを原理的に求めるものであった。


 ゆえに、論理的帰結として、幸甚にも男以外のものに分類されなかった、生物学上も分類(学)上も男である男は、その欲望を、むしろ当然の社会性獲得の証左として満たそうとした。


 しかしながら、変態撲殺女の目の前に現れたそれは、かつて変態が有し変態が世界の中心とした異形そのものであった。


 男以外のものが有していたのにすぎない、社会にとって不要と思われた何かが、まさにその機能を顕示した状態でそこにあった。


 あってはならなかった。

 ましてや世界の中心にあってはならなかった。


 変態撲殺女は悲鳴を上げた。

 そして変態撲殺女は蹴飛ばしたが、もはや油断せしめられ靴を履いていなかったので、被害は中程度であった。


 だから変態撲殺女はまだ変態撲殺女ではない。少なくとも撲殺はしていない。対象が変態であるかどうかは、昔から一切議論の俎上に載せない質であった。


 しかし、変態撲殺女は知識を獲得した。というより、否定すべきものを否定する強い強い意志をもって獲得した。そうなると、多くの人間がそうであるように真実に近縁でしかも真実と全く逆方向に着地可能な論理力を獲得した。

 真の真実と偽の真実を見比べる必要はなかった。


 安逸と平和をもたらさないものは偽であった。もたらすものは真であった。


 あらかじめ分類しておくことで、その途中がいかに安逸でなく平和でもなく、銃弾と爆雷が降り注ぐものであったとしても平和に向かって邁進することができた。

 たどり着くことはまだなくても、邁進している事実そのものが平和を保証していた。

 今現在が平和でないにしても、近未来から遠未来にかけて時間軸に積分するとそれは世界の大部分が平和に満ちるはずであった。


 だから、変態撲殺女はその異形を受け入れる経験を行った。それは実証であり決して欲望ではなかった。


 欲望の充足と見なされる行為をあえてストイックな目的意識をもって行ったのだった。


 それは電子機器や機能性鞄といったものの批評家が批判への強い目的意識をもって商品を購入するのと同じことであった。


 変態撲殺女の女性性は未使用から既使用となったが、既使用を劣等とする者はもれなく変態であった。


 そんなわけで、変態撲殺女は批判の礎とすべき、目的意識はあるが最小限の経験を武器に撲殺への道を歩み始めるが、ともかくまだ撲殺はしていない。ただ、蹴られた男は変態撲殺女の悪辣ぶりを吹聴した。


 変態撲殺女は分類(学)上蹴られた男の分類を変えた。あちら側に追い出したのだ。


 あちら側、とはいってもあちら側とこちら側の二種類しかなかった。世界を単純化して図式化してとらえることには誇らしげであった。


 そういうわけで、蹴られた男は男以外になった。男以外のものになっても機能は失われなかった。

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