3話 「絶対強者」

 


 バゴォッ、と一分いちぶの加減も抜きに、地面を割る危ない殴打をかわし、石さえも無理やり飴細工のように溶かす火球弾をすり抜ける私。


 考えてみると、いえ、考えなくてもとんでもない状況にあります。

 そんな状況の中、私の脳は呑気に考えているのです。

 『どうして私はうら若き乙女なのに、こんな熱いバトルを繰り広げているんですか!』と。


 そもそも、私は静かな世界をつくったつもりでした。

 静かといっても静寂だけが耳をつんざく冷たい世界ではありません。

 共命鳥ぐみょうちょうがさえずり、人魚が河川敷かせんじき花鳥風月かちょうふうげつを奏で、から傘小僧が下駄でカラン、と空虚な間隙かんげきに合いの手を入れ――、素朴で薄味な音響だけが、さざ波のように周期的に聞こえてくる世界。

 私の記憶が正しければ確かワサビ……いえ、『侘び寂び』とか言ったかもしれません。

 そんな情緒的じょうちょてきな世界を創った……と思っていたのですが――


「ガルァッ!!」

「グアォォアガァァッ!」


 どうやら見事なまでに私の理想からかけ離れた世界へと成ったようです。


 聞こえてくるのは静かとは程遠い、豪快で大味な殺意ムンムンの打撃音や火球弾の爆撃音、いつのまにか集まってきていた物の怪たちの野次、何を考えているのか、弁当販売を始める店員の声――。


 侘びも寂びあったもんじゃないですよ、もう!


 一人勝手に苛々してきました。

 対する鬼・龍コンビも小さなまと相手に手こずって、次第に顔が疲れで歪んできているのが見えます。


「クソっ! 邪魔すんじゃねぇぞ駄龍がっ! あの娘は俺がるっつてんだろ!」

「愚鬼が、大言壮語たいげんそうごを抜かすな。貴様如きが頂点に立つ器でない事くらい自覚しろ。あと何そのパンツ? ダッセェ」

「あんだとゴルァッ! 先にテメェをなぶり殺すぞがぁぉぁっ!」

「よし、吾が業炎であくたと化すがいい」


 ……醜聞しゅうぶんの嵐ですね。聞くに耐えません。

 どこまでも彼らは噛み合わないようです。いえ、ある意味噛み合うような仲ですが。

 殺伐さつばつとした雰囲気はもう一線を超えてしまいそうです。

 何で彼らは目標を同じくしながらいがみ合う事ができるのでしょう。そっちの方が難易度高いと思います。


「あの……喧嘩はやめましょう? ついでに私を倒そうとか考えるのもやめましょう」


 私も私だと思います。

 わざわざやぶの中に手を突っ込んでしまいました。


 ギラリと光る黄色と碧のツートーンカラー。邪魔するな、とでも言いたげな眼が私を睨みつけます。

 おぉ、怖い。

 怖いのでもう話には突っ込みません。少女は大人しく家に帰りましょう。

 明日はいい日になるといいな、と無邪気な願いを胸に、家へと踵を返します――


『――って逃すかぁぁぁっ!!』


 驚きでした。

 彼らが言葉をハモらせ「私を殺す」という一つの目的を共有し、襲いかかってきたのですから。

 その一歩は小さな一歩ですが、彼らにとっては偉大な躍進となるでしょう。私からも祝福を贈ります。


 ですので――、思う存分受け取って下さい。


 トン、と軽く地面をつま先で蹴飛ばします。

 そして勝敗はつきました。


『アガアアアァァァァッッ……!』


 ざっと100メートル程でしょうか。

 彼らは天空に向かって絶叫しながら打ち上がっていきました。

 地面が拳を突き上げたように瞬間的に隆起し、彼らを遥か上空まで突き飛ばしたのです。


 時が止まったと比喩してみます。

 二頭の声がフェードアウトしていくのと同時に、さんざめいていた野次の声は俄かに止み、弁当販売屋のゴブリンとスケルトンも商売人としての立場を忘れ、皆が皆、取り憑かれたように上空を静観。

 身動き、呼吸すらせずに彼らはピタリと静寂が支配する空間の中で、一つのオブジェとして演じられていました。


 ですが――、私の望む静けさとは違いますね、これは。

 侘び寂びが感じられません。まぁ、侘び寂びの意味はよく知らないのですが、とにかくこれは違うので却下とします。


 なので、そろそろ時を動かしましょうか。


『…………ァァァァァァアアアアアッ!』


 ずっと悲鳴を上げていたのでしょうか。

 断続した様子もなく、そのまま絶叫がフェードインしてきました。

 すごい肺活量です。


 先に落ちたのは錆色のドラゴンさん。

 そして、彼の上に黒鬼さんが重なって落ちてきました。

 ドラゴンさんの方が被ダメージが大きいのは誤差の範囲です。気にはしません。


 静々と、落ちてきた彼らの様子を見に行きます。

 ピクピクと体を痙攣させ、外傷はありませんが相当な衝撃を受けた模様。

 しばらくは起き上がることもできないでしょう――。


「……ちっ、きしょう……! 痛ぇんだよ女王さんよぉ……!」


 おや。


「ぐっ、おぉ……。侮りがたし……! 頂点の力がまさかここまでとは……。そして黒猿、貴様早くそこを退け」


 おやや。

 思った以上にタフネスな方たちだったようです。私も侮りがたし、ですね。

 しかし彼らの目にはもはや闘争心の残滓ざんしも見えません。

 潔く敗北を認めてくれたのでしょう。

 何か胸のつっかえが取れたようでホッと胸をなで下ろします。


「ごめんなさい。やり過ぎてしまったかもしれません。痛かったでしょう?」


 戦闘後の相手へのケアは大切です。

 ドラゴンさんの鱗を撫で、黒鬼さんのパンツ……は避けて、大きな指を両手でキュッ、と包み込みます。

 すると何やら驚いた様子で目をまん丸に開いた彼らは、


「な、何を……! 敵に情けなど無用の代物! そのような心遣いはご免被る!」

「そう、そうだっ! 温情はときに相手を傷つける事だってあんだぞ! オメェさん、慰めのつもりなら止してくれ」


 焦った声色で、ダメージの色を見せることなく、饒舌に私に語りかけてきました。

 それでも、私は無言で彼らを労わり続けます。

 これこそ女王兼、少女の務めだと思うのです。


 最初はいやいや、と体を揺らして抵抗していた彼らも次第に私に体を預けてきました。

 温かい。

 手の平から生命の温もりを感じます。

 彼らも私と同じく生きているのです。

 当然のことなのに、新しい発見をした気分に胸の内がザワザワと揺れるのを感じます。


「……なぁ女王さん。一つ聞いてもいいか?」


 静かな声でした。

 先ほどまで執拗に拳を振り上げていた黒鬼さんの声とは思えません。

 ですが茶化すことなく、ニッコリと対応します。


「クスッ、質問がある場合は『二つ聞いてもいいか?』って予防線を張っておくといいですよ黒鬼さん。意地の悪い人は聞いただけで1カウントと数えますから。私みたいに」

「……アンタの名前はなんだ? ちなみに俺ぁ黒兵衛くろべえってんだ。『人に名前を聞くときはまず自分から』とか言い出すなよ?」


 むぅ、予防線を張られましたね。

 黒兵衛さんはパワー系な外見とは裏腹に、中々知略に長けた方と見えます。


「ふん、戦いの後に相手の名前を聞くとは。とんだ青春野郎のようだな黒猿。鱗も剥がれ落ちるわ。あ、女王殿、吾輩はアウスグスと申す」

「アウスグスさん」


 教えて頂いた名前を丁寧に復唱します。


「テメェもさりげなく名乗ってんじゃねぇぞ、この便乗龍」

「……一々突っかかるでない、鬱陶しい」

「あんだと」

「なにをう」

「やんのか」

「一刻ほど待ってくれるか」

「……しょうがねぇな」


 さすがの彼らもインターバルは必要みたいでして。

 バタン、と起き上げた体を再び地面に落としました。

 もう私の出番も必要ないかもしれませんね。お暇いとましようとその場を離れます。


「ちょ、女王さんっ! 行くんならせめて質問に答えてからにしてくれや! せっかく名乗ったのにそりゃないぜ!」


 おっとっと。

 すっかり忘れていました。わざとですが。

 確かに私だけ無名のまま格好良く去るのもズルイですよね。

 彼らに振り向き直します。


「私は――」


 十分、十二分に言葉の切れ目に期待の間を開けまして――、


「『空の女王』です」


 言いました。

 クスッと小さな笑いを鼻の中にたたえながら、また歩き出します。

 唖然、唖然の表情が背中からも見えて可笑しくてたまりません。

 やっぱり私は意地悪です。


『それ名前じゃない』


 仲の悪いくせして、息ぴったりな彼らの心地よい突っ込みは、晴天の空に響き渡りました。

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百鬼夜行は少女のうしろ 麦博 @mu10hiro

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