ポーンの『探偵学入門』

数波ちよほ

第1話 コメディアンとして生きる

 僕はポーン。名前は猫である――。


 失敬、僕は猫のポーン。ペーパー・ムーン・カフェのカウンター席が大好きな、ただの猫である。


 ただの猫と言っているが、ただの猫と思ってもらっちゃ困る。どんなに可笑しいことがあろうとも、僕は顔に出したりするような真似はしない。たとえ石器時代にいようともローマ時代にいようとも現代であろうとも、どんなことが起ころうと僕の顔は石のごとく微動だにしない。


 嵐が来ようとも、車がクラッシュしようとも、汽車が鉄橋ごと吹っ飛ぼうとも、そんなことはなんのその、僕の表情は動きもしない。そんな僕のひたむきな姿を見て、みんなはついつい笑いたくなるらしい。


「まったく、ポーンたら」

「もう、どこ行ってたの? ポーン」

「ほんとに、ポーンは気まぐれなんだから」


 気まぐれとは聞き捨てならない。僕はいつだって真剣そのものだ。真剣過ぎると言ってもいいくらいだ。だからたまに真剣になって遠くまで出掛けた折りにはむしろ温かく迎え入れてほしいものだ。僕はいつだって、目の前の世界を真剣に生きているのだ。


 おっと今日もそろそろ常連のお客さんたちがチェスをしに来る時間だ。忙しくなりそうな一日だ。なにしろゲームが始まったら僕は駒を動かすたびに合いの手を入れるのが決まりになっている。なかでも台座の上にツルっとした丸い球が乗っている駒が大好きだ。


 もちろん僕は猫の手で大きな駒を相手に合いの手を入れ続けるのだから、疲れるに決まっている。下手をすれば爪が欠けるかもしれない。


 じゃあ何でそんなことするのかって? 


 僕は案外、そんなひたむきな僕の姿を見て微笑む人間たちが、好きなんだ――。



 〝今も昔もの道に変わりはない

  この世はを軸にしてまわっている〟



――『キートンの恋愛三代記(原題:Three Ages)』1923 序文より

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