第4話 転変

 男はまた、ナイフをいじり、しきりに小刻みに動かしている。


 何をしているのか。覗くと、男は手にもった木片に、せっせと彫刻を施していた。俺はさらにあきれる。いつ戦闘になるかもわからないのに、本当に緊張感のない奴だ。

 もう絡まれるのも面倒なので、男に背を向けて、その場を去ろうとした。



「まったく、"神の戦士"ってやつはお堅いねぇ。やだやだ」



 背後でぼやく声が聞こえた。口調は軽口だ。しかし、内容は少し、聞き捨てならない。

 俺は足を止め、振り返って言った。


「考えてものを言えよ。我々を侮辱するのか? お前もその一人だろう。」


 すると男は目線を彫刻にむけたまま、にやりと笑った。


「ククッ……ククククッ……」


 そのまま、不気味な笑い声を漏らす。どういうことか。混乱しながら男を見ていると、男は彫刻にふっと息を吹きかけた。

 木屑が飛ぶ。そのまま顔を上げ、目が合った。


「久しぶりだなあ、。100年待ったぜ」


 ゾクッ、と、うなじの毛が逆立った。声が頭の芯に響く。この声は、魔力と狂気を孕んでいる。ぎょろりとした目も同様、神に仕える者の目ではない。

 仲間に警告を発さなければ。そう考えて、俺は気付いた。さっきからずっと、俺はこいつと。原野の真ん中に。

 30人いたはずの部隊は、どこにもいない。そして恐怖を感じた。俺はそれが分かっていたのに、おかしいと感じていなかったのだ。


「お前、呪術師か!?」


 剣を抜き、構える。魔力に殴られた様な衝撃で、逆に頭がはっきりとしてきた。考えろ、いつからこいつと二人だったのか。


「ハハ!俺をそんなちんけな奴らと一緒にすんじゃねぇよ!」


 男は目を見開き、叫んだ。なんだこれは。男の存在が、どんどん大きくなって行く。今ならわかる、こいつは夜の一族――血をすする悪魔のともがら――それも、力を持った領主の一人だ。


 汗が噴き出す。おかしい、なぜこんなに大きな力が、平気で近づいて来られた。


 俺自身は呪術におちいっていたのだとしても、最初は仲間と共にいた。俺に近づけば、他の戦士が気付かないはずがない。逆に、気が付かないくらい遠くにいたのなら、どうやって俺に呪術をかけたのだ。


 そしてなぜ、こいつは今の今になって、正体を表してきた。さっきの無駄口は、何だったと言うのだ。


 呼吸が荒くなる。こいつの力は、勇者ネフィルと同等だろう。それ以上かも知れない。俺一人では、きっと倒せない。


「どうした、顔が引き攣っているぞ?」


 男は俺を嘲嗤あざわらう。ああ、そうだ、引き攣っているだろう。頭の中は、逃げることで一杯だった。


「無様だな、お前は何もできず、殺される。お前は、命を終えるんだ」


 男はわらい続ける。区切るように発せられた、声の響き一つ一つが、頭の芯に突き刺さる。思考が揺さぶられ、感情があふれ出た。

 恐怖、怒り、悲しみ、焦り、そういった諸々が、心の壁を揺らし、身体から悲鳴となって外に溢れる。全身が絞られるような悲鳴が、喉から漏れ出た。


 男は悲鳴を聞き、高らかに笑った。笑い声と共に、男の存在と力は、さらに大きくなって行く。

 そのまま片手を上げ、骨ばった指を俺の胸元へと伸ばす。胸元へ。エラがくれた、アクセサリーへ――

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