第43話「俺は、適当に右上らへんにある部屋を選んで休憩3900円のボタンを押す」
「美子、いかなきゃいけない場所ができたからここからは一人で行ってくる。美子は前言ってた、サンプルセール? にでも行って来てくれ」
俺はさわやかながらも哀愁漂う笑みをうかべて美子に告げた。端野には電話代行を頼むことができた。
そして俺はいまから適当にそのへんの宿泊だけでなく休憩ができるタイプのホテル、つまりラブホテルに入って、端野に指示を出し、そのへんのホテルまでゆうゆを派遣させるというミッションが残されている。
えーとつまり、美子とホテルに入るというのはいくらなんでも倫理的に良くないことな気がしている。いや正直に言おう。なにも起こらないとわかっていても俺には白昼堂々美子をホテルに誘う、度胸がない。というかなんとなく緊張してしまうから、これ以上無駄な心労を抱えたくない、というのが本音中の本音である。
「はぁ? どういうこと」
「いや、こっから先は大人のステージというかちょっと寄るとこがあるから……」
「ゆうゆのことはどうなったの?」
「それはいい作戦がおもいついたから、とにかくこっから先は任せてくれ! いやまじで。こっから先は一人の方が成功するんだ」
「はぁ、マジで言ってんの?」
「マジだ」
そこから無言のにらみ合いが数十秒続いただろうか。美子からするとここまで一緒にやってきて突然帰れというのも、わけがわからないだろうが、俺は目で必死に真剣さを訴えた。
「わけわかんないんだけど」
「その気持ちもよーくわかる、けどこっから先は一人じゃないと進めないんだ。そういう段取りなんだ」
曖昧な言葉でかわし続けるという攻防戦は続いた。俺は「とにかくダメなんだ」「理由は言えない」と出来損ないのAIのように似たような断り文句を返し続ける。そんなやりとりがいくらか続いたところで、美子がはぁ、と大きなため息をついた。
「わかったもういいよ。これ以上続けててもラチがあかないし。私もう帰るわ」
「ごめん、ちゃんと報告するから」
「うん、じゃ」
そういうと美子は背を向けてすたすたと道の奥に消えていった。ごめん美子、けどここからは俺一人の力でなんとかしてみせるから。
俺はさっそく見上げたビルの上に掲げられたホテルの看板に向かうことにした。まさか美少女になって一人でこんな場所に入ると思っていなかったが、こういう想定外のハプニングに合うと高揚感も湧き上がってくるから不思議だ。ハプニングをドラマティックさに変換し楽しむことができるか否かが、人生の彩りを大きく変えてくれるような気さえしていた。ちょっと大げさすぎるが。
「イラッシャイマセー」
ヴィーンと左右に開いた自動ドアの先で、女性の声を真似た機械音に歓迎される。俺という美少女は、はいま一人でラブホテルに入店したのだ。この特異な恥ずかしさは、だれにも伝えることができないだろう。
「パネルヲタッチシテ、フロントマデ、オコシクダサイ」
休憩3900円、宿泊8900円。昼間だというのに約半分の部屋は埋まっているようだった。くそう、人が就業しているような時間にこんなとこへ来て楽しんでいる人間がこんなにもいるということか。俺は、適当に右上らへんにある部屋を選んで3900円のボタンを押す。押した部屋の明かりが消え、下の方からレシートが発行される。俺は受け取ったレシートを、フロントにさっと出した。
「料金は部屋の機械で清算してください」
顔が見えないように工夫されたフロントの奥で、感じよくおばさんが対応する。
「あ、はーい」
「ん? ……もしかしてお嬢さんお一人?」
「はい、そうですけど」
「そう、ごめんねうち女の人一人はお断りしてるの」
「えー! あとでもう一人来るんですけどどうしてもダメですか?」
「ええ、ごめんなさいね」
……まさかの展開である。女性一人ではどうやらこのラブホテルに入ることができないらしい。理由はわからないがあれか? もしかして訳ありな感じの客だと思われたのか? ホテルを追い出された俺は、スマホで検索してみる。するとどうやら女性客一人を断るという方針のラブホテルは結構存在するらしい。
まじか。近くにビジネスホテルは無さそうだし、こうなったら手当たり次第ラブホテルを当たって入れそうかどうか確認してみるほか手はないのか……と肩を落としたその時であった。俺の左手が誰かにギュッと握られる。
「ひっ!!」
驚いて振り返ると、そこにはまごうことなき美少年……に扮した美子の姿があった。
「えっ!? ちょ!! なんでここにいるの!?」
「そんなの後つけてたからに決まってんじゃん。どうせあれでしょ? 一人で入ろうとして年確か入店拒否かされたんでしょ?」
美子は不敵な笑みを浮かべる。その通りすぎて反論できる言葉がなにもない。
「え、あ……はい」
「で、私帰ったほうがいい? きっとカップルに見えると思うけど。これなら入店できるんじゃん?」
「えっそんな大胆な、けど、さすがに二人で入るのはマズイよ!」
「なにがマズイの? 一人だと入れないんでしょ?」
その通り、なのだがいろんなことがカオスすぎて俺の中で処理しきれずにいる! 美子は美少女であるが美少年で、俺はおっさんであるが美少女で美少女として美少年のふりをした美少女にラブホテルに誘われようとしていて……ああ! 文字にしてみると現代文の問題で出てきそうなこんがらがり具合である!
「てゆうか作戦があるんでしょ? じゃあいまそんなよくわかんない照れ方してる場合じゃなくない? めっちゃ顔にやけてるよ.。変だよ」
「え!? そんな変な笑い方してた!?」
「うん、してる。そこのドアで確認してみ」
美子はそういうと、向かいに建っているラブホテルのドアを指差した。俺はドアのほうに体を向ける。ガラスのドアに映る俺の顔は確かに少しにやついているような気もしたが、そこまで変な笑い方じゃないような……とまじまじガラスに見入っていると、ぐっと左手を引っ張られる。
「わっ!!」
「ほら、長束ここでいいじゃん」
俺は強引に手を引かれながら、ホテルの入り口に通される。あーうー俺の40年間の人生の中でこんな美少女に手を引かれてホテルに入ったことはなかったのでなんか妙な気持ちだが、これはこれでドキドキしてしまうじゃないか。
「お部屋でご清算おねがいします」
さっきとは違いすんなりとフロントから部屋へ通された俺たちは狭いエレベーターに無言で乗っていた。4階までの低層エレベーターだというのにだというのに、妙に時間が長く感じられる。
「わーなんか綺麗な部屋だねー」
美子は部屋につくなり、大きなキングサイズのベッドの上にボフッと腰をかける。俺はこのイレギュラーな状況に急に言葉が迷子になってしまい「あ、たしかに」という相槌しかでてこなかった。いや、別になんもないしなにもできないのに無駄に鼓動は早くなる。こんなことで鼓動を無駄使いをしたくない! なんかあれだろ? 生涯つかえる鼓動の回数は決まってるみたいな俗説聞いたことあるぞ。
「なに? 長束緊張してるの? 来るの初めて?」
「えっ!! いや、初めてではないけど!!」
「え! 初めてじゃないの!?」
しまった。男の妙な意地がでてつい本音で答えてしまった。「もしかして童貞?」「童貞ちゃうわ!」というようなあれである。実際がどうであろうがこういうデリケートな質問に関して瞬速で否定するというのが、男のプライドには備わってしまっているのだ。
そして、俺の返答に意外だという驚きを隠せない美子のさんさんと輝いた目は好奇心に溢れている。
「それは誰と来たの!?」
「いや、間違えた。初めてだよ。あれだ。深夜番組で特集してたのを見て、来たことあると錯覚してただけ……」
「いやそんな言い訳ある? ねぇ教えて! 誰といつ来たの!?」
「……いや本当に錯覚してただけ! 人間の記憶って曖昧だから! ……ていうか美子の方こそ来たことあるんでしょ? なんか慣れてたし」
俺は心の中で、来たことないと言ってくれと、多少願いながらも核心に触れる質問を投げかけてしまった自分に後悔してしまう。
「私、私はそうだね……」
美子は目を大きくし少し照れたような笑いを浮かべる。
俺は思わず息を飲む。
「……来たことある、かな」
アラフォー社畜の美少女生活 原田まりる @haradamariru
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