第42話「違法チートっぽいし悪趣味なドッキリみたいな感じだけど」


「ちょっと、長束どうすんの?」

「いや、ちょっとまっていい案が思い浮かんだからちょっと待って」


 メールで必死に端野を口説いている間、暇をもてあました美子はまだか、まだかと俺に突っかかってきた。けれどもいまは美子にかまっている余裕がない。

 このタイミングを逃したら端野からのレスが遅くなってしまうからだ。端野が喜びそうなことってなんだ? 逆に俺がなにかを奢るとか? いや、あいつはその程度のことで動くような奴ではない。

 なにかを奢るといっても、「自分で払うからいいよ」と言って、その場のめんどくささを優先させるような奴だ。そういう頑固なところがあいつにはあるからな。端野が欲しがるようなもので、端野の力では手に入らなさそうなもの……って一体なんだ。そうだ、あいつはアイドルファンだ。アイドルファンが喜びそうなものなら、アイドルということを生かして俺にも用意できるんじゃないだろうか。けれども一体ファンはどういうものを喜ぶのだろう。ここは美子に確認してみるか。


「美子、ちょっと質問があるんだけど」

「ん? なに?」

「アイドルファンが喜ぶようなものってなにかな……? なんか鉄板で喜んでくれるようなやつ」

「えっなんだろ、サイン入りチェキとか?」

「チェキ?」

「うん、ツーショットチェキとかソロチェキとかにサインいれた奴物販でいつも売ってるじゃん。ああいうのじゃないかなぁ」

「OKわかった! ありがとう」


 俺はすぐさま端野にメールを打った。


《長束:わかった、端野。じゃああれにしよう。アイドルのサイン入りチェキをつけよう》

《端野:え? 誰のだよ。いいよ別に。推しのは自分で買うから》


 ……かからなかったか。どうやらサイン入りチェキでは端野の心は掴みきれないようであった。うーん、もう少しグレードを上げた方が良さそうだ。レア感が多少あってなかなか買えないようなやつ。俺は再びアイドルファンが喜びそうなものを美子に尋ねてみる。


「美子、たびたびごめん。もう1個聞きたいんだけど、チェキよりもレア感が上のものってなにかな……チェキではいまいちだけど、これなら嬉しい! ってなるやつ」

「うーんなんだろ。あ〜お手紙とかかな。直筆のお手紙! 普段手に入れられないしさ」


……なるほどね。手紙か。それなら俺が書けばいいし、用意も簡単に出来そうだ。よし、これで再度交渉してみよう。


《長束:じゃあさ、チェキじゃなくてアイドルの直筆の手紙だったらどうだ!?》

《端野:いや、それもこないだCD複数枚購入の特典で推しのやつ手に入れたし大丈夫……ていうか誰のだよ。すまん俺そろそろ離脱するわ、部長が呼びにきたし》


 ……だめだ!!これにも全然乗ってこない! このままでは端野が交渉決裂のまま離脱してしまう、なんかもっとないのか、最っ高にテンションが上がって最っ強にレアで、喉から手が出るほど欲しくなる特典は!!


「美子! さらに質問させてくれ! チェキとか手紙より、もっともっとレアでファンが究極に喜ぶような特典なに!? なんか現実的なやつじゃなくてもいいから、もし超最強に喜ぶような特典があるとしたら、一体なに!?」

「え……なんだろ、ああそうだね、私物プレゼントとか」

「私物!? それが本当に最強で最っ高のプレゼント!?」

「最っ高か……あーそうだね、私たちはやったことないけど他のグループはあれやってたな、お食事券!!」

「お食事券!? それは、あれか。叙々苑的なとこか!?」

「いや、ちがうよ。あれ、一緒にお食事が出来ます! って権利!」

「一緒に食事…!?」

「うん、まぁオフ会とかのさらに上の特典だよね。さすがに売れてるグループとかはやんないけど、ある程度知名度のあるグラドルとかでも写真集300冊買ってくれたらお食事券つけます! 二人っきりで食事できます! みたいなのはあるよ」


そうか……食事か、俺からしたらそんな大金叩いてまでアイドルと食事したい気持ちはよくわからないが、もしかしたらこれなら乗ってくるかもしれない。といっても、誰がその食事会にいけばいいんだ!? いや、俺か。俺が端野と食事に行くのか……!! 「飲みにいこうぜー」っていつも気軽に誘ってるけど、いまの状態だとあいつからすると俺との食事会が、アイドルとの食事会になるってことだもんな。俺がぶちまけない限り。うーん、なんか違法チートっぽいし悪趣味なドッキリみたいな感じだけど、もうこれが端野を釣るラストチャンスだ。覚悟を決めてその条件を提示するしか……ない。


《長束:端野、たびたびすまん。じゃああれはどうだ。実は、俺最近アイドルの子と知り合ってな。その子と二人きりで食事できる権利はどうだ!?》

《端野:えっっっっマジかw 誰!!!?? 教えて!!》


俺の一言に、端野の文体がいきなり変わる。とても会議中だとは思えない軽快な文体だ。


《長束:お前は知ってるかわからんが……イデアってグループの長束ちゃんだ》

《端野:!!!!!!! えー!!! まじで!!!!! 俺の最近の二推し!!!! お前スゲーな!! てかどこで知り合ったの!? イデアはメンバーも可愛いんだけど、楽曲もエモくていいんだよな〜。前に対バンで見てその時から気になっていまちょっと追ってるんだよ。まだそんなに現場にはいけてないけど、長束ちゃんいいよなぁ。ソロの歌声もだけど、ダンスの魅せ方がわかってるというか、そこまで技術がすごいってわけじゃないんだけど、なんか目で追っちゃう可愛さがあるよな〜》


 端野はいきなり荒ぶった長文を送りつけてきた。あまりの熱量に若干引きかけたが、自分のことをここまで熱心に見てくれているというラブレターを受け取ったようで、不思議と気持ち悪さはない。

 いままで端野が熱量たっぷりにアイドルのことを語るときは、アイドルの子もこんなおっさんに好かれて気持ち悪いだろうなー。とちょっと嘲笑していたのだが、なんというのか、当事者になって聞くと、ここまで自分のことを熱心に見守ってくれている人がいるというのは、嬉しさもありなにより報われたような気にすらなる。

 端野、俺のこと見ててくれてありがとうな。なんか俺お前の一言ですげー暖かい気持ちになったよ。ありがとうな。あとお前、やっぱり会議中ってのは嘘だったな。


《長束:そうか、お前そんなに応援してくれていたのか。なんか、ありがとうな。じゃあその長束ちゃんとの食事会セッティングするっていったらさっきの頼み引き受けてくれるか?》

《端野:うわぁぁぁ緊張するなぁ!!  逆に電話するだけでいいの!? マジでセッティングしてくれる? 長束ちゃんに何食べたいか聞いておいてほしい!! 焼肉でもイタリアンでもなんでも奢る!》

《長束:ありがとう、じゃあちょっと聞いてみるからいまから20分くらい時間あけてくれるか!? ちょっと詳細まとめて送るから》

《端野:うん、正座で待機しとく》


 ふぅ、交渉に時間がかかったがなんとか、端野の協力を得ることが出来た。まだ作戦が完璧にうまくいくかはわからないが、とりあえずの課題はクリアできたようだ。しかし、ゆうゆに会うためにはまだ課題はたくさんある。次は、あれだ。ゆうゆを呼び出せる場所を探さなくてはならない。俺はビルに囲まれた狭い空を見上げる。繁華街、空に伸びるビルの上にはいくつも大きな看板がかかっている。

俺はその看板の中から手軽に休憩……できる施設の目星をつける。

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