第41話「デ●へルを頼みたいんだけど、お前代行で電話してくれない?」
「うん、ほら。フェアリーメイト〝あすか〟って。ご丁寧に電話番号まで書いてくれたわ。けど、キャバ嬢とかみんなすごい名刺だねー。写真がまじでグラビアアイドルみたい」
「確かに……」
「もう、長束なんかテンション下がりすぎ。なんかわかんないけど、これどうすんの?」
美子は人差指と中指で挟んだ名刺をこちらに差し出す。
確かに、美子の言う通りいまは無駄に落ち込んでいる場合ではない。とっさの思いつきとはいえ、こうしてナンパが成功して店名を把握することができたという願ったりかなったりの展開である。このラッキーチャンスを無駄にせず、次の作戦を考えなければいけない、とはわかっているのだが……。
「そうだな、いまはゆうゆをどう救出するかが優先だよな」
店の名前という手がかりをつかんだら、とりあえずなんとかできるのではないかと考えていたが、うーん。この先一体どう動くのが正解なのだろうか。
「うーんとりあえず店に電話してみる?」
美子は特に深く考えず、といった感じで弾んだ口調で俺に提案してきた。
「いや、いま電話しても……そのあとどうする?」
「え、だってほらナンパ成功したじゃん。だから電話でもイケメンっぽく話したらいけるくない?」
「いや、それは見た目が男の子っぽかったから成功したわけで、声だけだと、絶対バレるよ」
「えー電話して、ゆうゆを出せって言えばいいじゃん!」
「いや、それだと絶対無理でしょ! 俺だったら絶対そんな意味わからない電話切るわ!」
「もうっじゃあどうすればいいのよ?」
美子がパッパパッパと繰り出す提案を否定するだ否定してみたものの、正直それに代わる名案はひとつも思い浮かんでいなかった。そしてそんな俺の切れの悪さに美子は徐々に苛立っているのか落ち着きなく右足で小刻みに地面を踏む。
「……で、長束はなんもアイデアないわけ?」
「いや、あるよ!」
「なに?」
「うーんほらあれは? 〝私もお店で働きたいんです〜〟的な提案してみるとか……」
俺はとりあえず美子のイライラを鎮めるためだけに後先考えず、思いついたことを口にしてみた。自分でもこの作戦がいまこの瞬間の会話をつなぐためだけの苦しい思いつきだということはわかっていたが、いかんせんいいアイデアが思い浮かばなかったのだ。
「で、それで電話かけてどうすんの?」
「……め、面接にいく」
「それで? 行ってどうすんの?」
「そこで、ゆうゆに会う……」
「それだと、店にいきなり乗り込むのとほぼ変わんなくない? てゆうか長束が名案があるって言ったからいまナンパしてきたのに全然名案ないじゃん!!」
「う……」
美子の言っていることは正論中の正論である。しかし、店名まで掴んだ今、ゆうゆを呼び出すことはあと一歩なにかがあれば達成できるのだ。こういうときは深く考え込みすぎずに、シンプルに考えればいい、ハズ。
例えば俺はいつもどうしてた? あすかちゃんを呼んだときどうしてた? そうだ、普通に電話をかけてこの子空いていますか? って聞いたんだった。あすかちゃんに限らず、俺がそういう店舗を利用したときは、鬼謀のタイプを伝えるにしても電話一本だった。
そう、電話一本さえすればゆうゆのことは呼び出すことが可能なのだ。しかし、俺の声はいま多少舌ったらずな甘めのアイドル声である。
残念ながら俺の声からはおっさん像は想像できない。これは、なんという贅沢なジレンマなのだろうか。まさか自分がエロチャットのネカマと逆のジレンマ、そう「話したら声でおっさんだとバレてしまう」ではなく「話せば声で少女だとバレてしまう」というトリッキーな悩みに苛まれる日がくるとは思っていなかった。
こんな時に電話代行してくれるような都合のいいおっさんがいたらいいのだが……どうすればいい? おっさんが集まってそうな場所に行って見知らぬおっさんに代行を頼んでみるか? おっさんが集まっているであろう場所、そうだな例えばサラリーマンのオアシスでもある個室ビデオ店にでも入って隣のブースにいるおっさんに頼んでみるか? いや、それ絶対勘違いされるわ。なにかしらのヤバイ奴もしくは即興の雑な美人局の手口みたいで警戒されるだけだわ。
ああ、こんな時どっかに簡単に電話代行してくれるおっさんがいたらーーー。俺は再び必死に考えを巡らす。脳内で「おっさん 言うこと聞いてくれる」という検索をかけた結果ー。
あ、いるわ、と一件だけヒットしたのである。
そうだ、俺には端野がいるじゃないか。あいつなら優しいし、なにか面倒見がいいから言うことを聞いてくれそうだ。
ただ、いきなりあいつにメールして「おつかれ、いまから代行でデリヘルに電話してくれない?」と頼むのは正直謎すぎる。俺だったらそんな頼みごとされたら「え、自分でしろよ」って言ってあっさり断るもん。あいつが引き受けてくれそうな言い訳を考えつつ、恥を忍んで頼んでみるか。俺はスマホを取り出し端野に連絡することにした。
《長束:あ、端野おつかれ。いま忙しい?》
《端野:おつ。まぁ仕事中だけどいける。急ぎなら電話しようか?》
相変わらずの即レスである。仕事中とか多忙アピールいれてくるけど、あいつほんといっつもすぐ連絡返してくるな。真面目に仕事してるのかちょっと不安になるレベルである。
《長束:あのさ……恥をしのんでお前に頼みごとがあるんだけど、いいかな。》
《端野:なに?》
《長束:いや、じつはずっと病院にいてな。それでひさしぶりに外泊許可がでたから、そのデリヘルを頼みたいんだけど、お前代行で電話してくれない?》
《端野:そうか、それは体調が良くなってるのか、おめでとう。それはあれか俺がおまえに奢るってことか?》
《長束:別に奢ってほしいわけじゃないんだ。ただ、代行で電話してほしいんだ……》
《端野:え、じゃあなおさら自分でしろよw なんで俺がわざわざ?》
《長束:頼む。俺いま喉が枯れててちょっと電話するのしんどいんだ。頼む! 親友だろ? 一生のお願いだ!》
《端野:うーん、ちょっとよくわかんないから、またあとで連絡してもいい? いま仕事中でそろそろ会議にいかなきゃいけないし》
……出た。会議があるから離脱する。これは実際に会議があるパターンもあるが、やりとりがめんどくさくなった時の断り文句でもある。俺にはわかる。
なぜかというと俺もその断り方を何回も端野に使ったことがあるからだ。
いま、端野に離脱されたら、電話を代行してくれるたった一件の人材を失ってしまうことになる。ここは、なにか端野にも得があるといった交換条件を提示して、交渉しなければ商談不成立、というバッドエンドになってしまうのか……。
考えろ、考えるんだ端野が食いついてきそうな最高の餌を。端野が喜んでデリヘルに電話せざるを得ない最高のご褒美を……。
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