第40話「漫画原作のミュージカルに応募して2.5次元俳優として活躍したいレベル」


「長束なに、いきなり。なんか怖いんだけど!」

「いや、名案があるんだ。そしてこの作戦を実行できるのは……美子しかない」

「え? どういうこと?」

「いまから……あすかちゃんをナンパしてきてくれ!! 美子になら、出来る!!」

「ハァ!?」


正直、手荒な作戦であるが、手がかりを掴むにはもうこれしかないと俺は考えた。

 俺は、自分が美少女の見た目であることを活かした作戦はなにかないものか、ということばかりに意識を取られ完全に見落としていたが、美少女ではなく美男子であることを活かした作戦、というのもあるのではないか? と美子のキレイな怒り顔を見たときに思いついたのだ。

 男にしては声も多少高いし中性的な雰囲気ではあるがKPOPアイドルのような美男子に話しかけられて、気分を害する女性はおそらく稀であろう。そのくらい美男子としての完成度が高い。ただ、普通にナンパするとなると鬱陶しがられる可能性も充分にあるので、ここはスマートに店名を聞き出さなくてはならない。そう、さらっと紳士的に勤務店の名称を!


「えっナンパってどういうこと……そんなことしたことないんだけど」

「美子、いまお前はめちゃくちゃイケメンだ。正直、そんな見た目に生まれていたら漫画原作のミュージカルに応募して2.5次元俳優として活躍したいレベルの完成度の高いイケメンだ。悔しいけどそのくらい美しんだ。それは、自分でもわかってるだろ?」

「えっ、うんまぁ……そう思う」


0.2秒ほどしか間を空けず、美子は謙遜することなく自分はイケメンであると言い切った。これが生まれながらにして美しかった者のもつ自信か。正直眩しすぎるし、お前その自信すげーな! どっからくんだよ!俺にも分けて欲しいわ!とも思うけれど、いまはそこに言及するのはよそう。


「ナンパっていっても、お茶に誘うとかIDを交換するとかじゃなくていいんだ。それだと成功率が減るから」

「ん?じゃあどうしたらいいの!?」

「もうこれはイチかバチかだけど……店の名前を聞き出してくれ!」

「えっ!?」

「本当は名刺をもらえたら一番なんだけど多分、店の名刺をくれっていったら、スカウトマンだと勘違いされるだろう。そうすると警戒されてしまう可能性がある。よくわからないが引き抜き行為はNGとかなんかあるらしい」


俺はネットで読んだ裏モノ系の記事の知識をにわかながら披露しつつ話す。


「う、うん。そうなんだ」

「だから、〝お姉さんめっちゃ可愛いっすね。今度指名したいからお店の名前教えてくれないかな?〟 とカジュアルに聞くんだ。そうするとスカウトマンじゃないってこともわかって向こうに警戒されずに済むはず!」

「え? ちょっと待って覚えきれないからもう一回言って!」

「〝お姉さんめっちゃ可愛いっすね。今度指名したいからお店の名前教えてくれないかな?〟だ。はい、リピートアフターミー!」

「お、お姉さんめっちゃ可愛いっ……すね。今度、指名? したいからお店の名前教えてくれないかなぁ? でOK?」

「声が高いからもっと低めに!! あと、若干恥ずかしさが残ってるからもっとなりきって!はい!」

「……お姉さんめっちゃ可愛いっすね。今度指名したいからお店の名前教えてくれないかな?」

「……」

「……これで、どう?」


 俺は目を閉じてしっかりと美子のセリフに聞き入った。美子は声色を変え、さっきより抑揚をつけて話してきた。さすが、ステージ慣れしているからか飲み込みが早い。これならちょっと声は高めであるが男の声域の範疇である。

 普通にナンパするとなると無視される可能性があるが、これくらいの会話なら向こうもノルマクリアに繋がるだろうから、聞き出せそうだ。


「よし、じゃあそれであすかちゃんに突撃しよう。頼んだ」

「え? あすかちゃん?」

「いや、なんでもない。…あの子の架空の源氏名だ。気にするな」

「う、うん。じゃあ私あの子に言いに行ってくるよ!! なんかヤバそうだったらフォロー頼むね!」

「うん、イケメンのフリして言うんだぞ! 女ってバレたらひやかしだと思われるから注意して」

「OKわかった。じゃあ、行ってくる!!」


 美子はこちらを振り返り「任せてくれ」といわんばかりに親指を立て、あすかちゃんの方へ早足で歩いて行った。

 俺はそんな美子の様子をビルの陰からそっと見守る。上手くいくといいのだが、なんせあすかちゃんもおそらくいまから指定されたホテルにでも向かう途中なのだろう。急いでいるだろうから鬱陶しがられシカトされないといいけど……。

 俺はヒヤヒヤしながら二人の行方を見守った。後方からいきなり声をかける美子。いきなり声をかけられて一瞬ビクッと肩をあげるあすかちゃん。

 一度指名したことのある風俗嬢を、一緒にアイドルグループをやっている美少女(美男子)がナンパするという、どうにもこうにもカオスすぎる現場を俺は目を細めてそっと見守る。


「ん? まてまてまてまて」 


 あすかちゃんがどう出るか……シカトされなきゃいいけど、といった俺の心配をよそに二人はなにやら会話が盛り上がっているようであった。

 それどころか、あすかちゃんさっきまでちょっとガニ股気味に歩いてたのに、めっちゃ内股になってない? しかもそんな両手を丸めて胸のあたりで可愛いポーズつくったりなんかしちゃって、え? なにこれ。俺が指名したよりめっちゃ女出してない? 俺は二人が盛り上がっている様をみて、妙な気持ちに襲われていた。

 うん、上手くいくのはいいことだし、上手くいかなきゃ困るんだけど、なんかもやもやした晴れない心地悪さが胸に溜まってくる。あすかちゃんに対して恋心を抱いていた、とかも全くないし何だったらちょっと冷めた目で見てたけど、なんなんだこの圧倒的敗北感は…!! イケメンに対して露骨に対応がいいあすかちゃんをみて、俺はなぜか雑に失恋したようなやるせない気持ちに徐々に落ちていく。



「あーやっと解放された長束おまたせー」


 美子はビルの陰まで戻ってくると、マスクを外しやりきったといわんばかりに大きく息をついた。


「いやー店の名前だけ聞こうとしたら、ID交換しよって向こうから言ってくるんだもん。けど交換したらふつーに女だってバレちゃうからめっちゃかわすの苦労したよー。ナンパって女が大変なもんあだって思ってたけど、男も大変なんだね。あーつかれたー」

「……へぇ、そうですか」

「ん? どうしたの? なんか元気なくない?」

「……いや、別に。普通ですよ」

「めっちゃテンション落ちてるじゃん。けど、バッチリだったよ! ほら、名刺もくれたし!」

「名刺…?」


 美子が差し出した名刺には、バッチリと「フェアリーメイト」と店名が印字されたフルカラーの水着写真が印刷されていた。




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