第39話「ミラクルはもっとロマンチックな場面で起きてくれ」


 ビルの入り口を探すゆうゆの様子をビルの陰から伺いながら、突撃するタイミングを計っていると、なにかを見つけたゆうゆがドアの中にサッと入っていく。どうやら入り口があったようだ。そんなゆうゆの様子を見計らった美子もいきなりビルまで走り出す。


「よしいまだ」

「えっ!?」


 ゆうゆが入った入り口へ向かうと、そこには年季の入ったエレベーターがゴウンゴウンと音を立てて動いていた。見上げたエレベーターの階数表示は2階、3階とゆっくり点灯し、チン! と電子レンジのような音と共に5階で止まった。どうやら5階に用があったらしい。


「5階……か」

「うん、そうみたいだね」

「長束、5階ってなんて書いてある?」

「ちょっと待ってえっと……」


 美子に言われて店舗名を確認しようとしたのだが、どうしたものか、壁に掛けられたビルの案内には5階の表記は空白であった。


「いや、なにも書いてない……」


 なにも書いていない、ということはおそらくここは店舗ではなく事務所かなんかなのだろう。そして表立っていえないような会社なのだろう。


「まじで書いてないの?」

「うん、書いてないね」

「じゃあどうする? 郵便物でも漁る?」


 美子は郵便物を漁って店舗名を特定しよう、という大胆な案を持ちかけてきた。いや、これは全くの男の勘であるがおそらく、派遣型サービスの事務所なんだろう。

 つまり事務所の名前を知ったところでゆうゆが働く店の名前はわからないし、検索したとしても事務所の名前から店舗名は割り出せないであろう。てことは……ここで事務所に乗り込むしかないのか!?

 いやけれど冷静に考えて、高確率で怖いお兄さんがいるだろうし、それは避けたい。美少女である見た目を生かしてなんとか乗り切れたりしたりしないか? いーや、けどそうなったら俺も無理やりこの店で働かされる的な展開になってしまうというパターンも最悪ありえる……。いまは強要問題とかも事件になってたりするくらいだし。うーーー美少女であることを生かして、なんとか乗り切れる方法はないのか、考えろ、考えるんだ俺!!


「長束、やばい。誰か来る」


 目の前のエレベーターは再びゴウンゴウンと音を鳴らし、ゆっくりと降りてきた。階数が同じということは……どうやらゆうゆが入った事務所から誰かが降りてくるようであった。もしかしてエレベーター前に監視カメラが付いていて俺たちは見張られたのか? 事務所にいた怖いお兄さんが「なんか不審者おるなぁ、とっつかまえにいかなあかんなぁ」とか言って俺たちを威嚇しにきた的な展開!?


「美子、ちょっとさっきのとこまで戻ろう!!」

「う、うん、わかった」


 俺と美子はさきほどゆうゆの様子を伺っていたビルの陰にダッシュで戻り、再びそこから様子を伺う。


「美子、もし怖いお兄さんが出てきたらダッシュで散る感じで…!!」

「そ、そうだね」


 さっきまで威勢のよかった美子もやはりアウトローな人物は怖いらしく意外と素直に言うことを聞いた。もし、ツーブロックに刈り上げたガタイのいい強面のお兄さんが出てきたら、ここは……一旦撤退しよう。うう、さんざん守るとか言ってたのに、ごめんゆうゆ。ヘタレな俺を許してください。ちゃんと助けに行くから。


「長束っ出てきたよ!」


 ビルの陰に隠れ、振り返った美子の先に見えたのは、脇が閉まらないほど上腕二頭筋を鍛え上げた強面のお兄さん、ではなく大きなトートバックを持ち、スカートの裾が大きく広がったメルヘンチックなワンピースを着た女性であった。

 ツインテールのパサついた茶髪に、背丈こそ低めだがわりとがっちりした体型の若い女性だ。これも男の勘であるが……あの着飾っているけどどことなく幸が薄そうな感じ……うん、おそらく派遣の店で働いてる女の子だ。パッとみ可愛いんだけど、髪が若干パサついてて、体ががっしりしてる感じ、あれはパネマジの魔法が解けた風俗嬢あるあるなんだ俺の経験則によれば。けど、なんかそれだけじゃない既視感があるぞ。ん? なんだこの若干懐かしい感じ……って、まさか!!


 俺は目を凝らしてよくよく女性の顔を見てみる。……まじ、か。やはり俺の勘は正しかった。この既視感の正体は…そうだったのか。こちら側に歩いてくるあの子は、俺がクリスマスの夜に一夜を共にした、いや正確には90分を共にした……二度と会えなくなると思っていたあすかちゃんではないか!! 

 もう一度会ってみたいと思っていたが、まさかこんなところで再会を果たすとは、どんな引き寄せだよ!! こういうミラクルはもっとロマンチックな場面で起きてくれよ! 一回指名したことある風俗嬢に街中でバッタリ会う的なミラクルじゃなくてもっとこう、運命の出会い的なミラクルで発揮してくれよ!


「なに? 長束知り合い?」


 感動でもないが突然の再会に驚きを隠せない俺の様子がおかしかったのか、美子が小声で尋ねてきた。


「いや、知り合いっていうか……」

「なに? 知り合いならゆうゆのこと聞き出してきてよ」

「いや、知って…知り合いじゃない!」


 ああ、あすかちゃんが働いている店の名前なんだっけ、俺は必死で思い出そうとしていた。なんとかフェアリー? フェアリーなんとか? 確かフェアリー的な単語が入ってたと思んだけど、あかん、全然思い出せないうえに多分そんな名前の店無限にある。

 俺は必死にあのクリスマスの夜のことを思い出そうと両手で頭を抱え。記憶を絞り出そうと集中したが、全然ダメであった。何度トライしても、脳裏によぎるのは、あの日最後まで気になっていた背中のあせもの映像だけだった。あーもう俺マジ無能すぎる!!


「あ、ほらあの子いっちゃうよ。どうすんの!?」


 しびれを切らした美子が、イライラを隠しきれない低めの声で俺に詰め寄る。眉間にしわを寄せ、鋭い目つきで睨む美子。

 ああ、あとちょっとなのに、もう少し俺の記憶力がよければ手がかりがつかめそうな絶好のチャンスなのに、あと一歩で期待に応えられない、本当にダメな奴である。

 しかもこんな時にまで、怒った顔でも美子は本当にキレイだな……とか考えてしまっている始末だし……。……ん、まてよ!?

キレイ……。そうか、これだ!! 


「美子、俺に名案がある!! ていうかこれしかない!!」

「え?」


 俺は、そのまま両手で美子の顔を挟み、自分より少し背の高い美子の目をまじまじと見つめた。

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