第38話「無料案内所」と書かれた看板が堂々と光を放っている

 ゆうゆの隣の車両にのって、俺と美子はゆうゆを尾行することにした。

 車両の座席には空きがなく、ちらほらとドアに寄りかかり立つ人もいる。ガラガラでもなく混み合いすぎていることもなく、尾行するにはちょうどいい混み具合といったとこだろうか。

 人を尾行するときには、その人物が右利きならば左後ろを歩いたほうが良いらしいというのを前にテレビで見たことがある。確か浮気調査にあけくれる興信所のドキュメント番組かなにかだ。なぜ左後ろを歩いた方がいいのか、というと右利きの人が振り向くときは右に首を振りやすいので左側が死角となりやすいからのようだ。

 ゆうゆのことを見失わないギリギリの距離を保ち、電車に乗り込むまでは無事ついてこれたが、このあとは……一体どうしたらいいのだろう。このあと電車を降りて、店に向かうと思うのだがそのとき俺たちはどう動くのがベストなのだろうか? 

 ゆうゆが店に入る前に呼び止めて、ファミレスか喫茶店にでも連行して話を聞く……というパターンが一番ベストであると思うが、肝心なところは美子と何も話し合っていない。うん、このあとの行動をどうするかに関しては美子ときちんと話し合っておかなくてはいけないな。

 俺は、イヤホンを耳に刺しドアにもたれかかる美子の腕をちょんちょん、と指先でつついた。


「あのさ、このあとだけどどうする? とりあえず店の前まで付いて行って店に入るところ捕獲するって感じでいいよね?」

「……えっまじで言ってんの?」

 

 おおげさな動作でイヤホンを外した美子は、なぜか俺の案に対して呆れたような表情を見せる。その案しかないと思うのだが、なにか不満でもあるのだろうか。


「その案でいいよね?」

「いやいや店に入る前だったら、しらばっくれられるに決まってんじゃん。ここまで来て、しらばっくれられたらまじ意味ない無駄すぎるんだけど」


どうやら美子の考えでは俺の出した案は詰めが甘いというか、現場を抑えるのに不十分だと不服があるようであった。けれどもいまは現場を押さえるよりも、ゆうゆを止めることのほうが優先すべき事柄である。


「うーん確かにそうかもしれないけど、ほら証拠なら、あの写真があるじゃん!やりとりしてたあのメッセージの写真! あれがあるから大丈夫じゃない?」

「……長束甘いよ。あれだけじゃ〝別に友達とふざけてただけだし……〟とかしらばっくれられてら反論できないわけじゃん。もっとこう……決定的証拠? 現行犯タイホ的な感じじゃないと、ダメでしょ」

「うーんいや言ってることはわかるんだけど……じゃあ美子はどうするつもりだったの?」

「決まってんじゃん! 店から出てきたとこを捕獲する!」


いやいやいや、店から出てきたとこってそれじゃ、あれじゃん終業後ってことになっちゃうわけだからつまり……全然阻止するどころか送り出してることになっちゃうじゃん! 俺たちがいますべきは証拠を集める云々よりも、ゆうゆがいかがわしいことをするのを阻止することなんじゃなくて!? 美子的にはそれよりも決定的証拠をつかむ方が優先事項ってことなのか。


「だけどさ、それだったらほら、もうサービス終わったあとになっちゃうじゃん……それならゆうゆが働くの止めれないじゃん」


 車内、ということもあり俺は周囲を気にしてぼそぼそと声を潜め美子に伝える。


「え? けど仕方なくない? だって店に入る前だとここまできた意味がないもん。働いたあとじゃないと証拠掴めないわけじゃん!」

「いやそれなら意味ないじゃん! ゆうゆを止めることの方が大切でしょ?」

「止めるよりも、証拠つかむ方が大事!」


 俺が周囲を気にして小声で話したというのに、美子は周囲を気にすることなくはっきりとした口調で俺に詰め寄ってきた。車内で小競り合いしているカップルのようになってしまう俺と美子。そうこうしている間に、隣の車両からゆうゆが停車駅で降りる姿が見える。


「やばっ美子、ゆうゆが降りる!」

「えっまじ!?」


 俺たちはゆうゆの様子を気にしながら、再びあとをつける。店に到着するまであとどのくらい時間があるかわからないが、どうしたらいいものか……。無理やりにでも美子を振り切って店に入る前にゆうゆを捕獲するか……。けれども、美子の言う通りいまここでゆうゆを捕獲しても、しらばっくれられたら余計に険悪な雰囲気になるだけである。

 ゆうゆがしらばっくれることが出来ない決定的状況で、さらにバイトを阻止することも出来る最良の方法を店につくまでに思いつかなくてはいけない。

 俺は、なにか最善案がないものか、と稚拙なCPUをフル回転させながらゆうゆの後を追った。

 美少女ではあるが、おっさんだからこそその人生経験の豊富さを生かして導き出せる答えがあるはず……それは一体どういう方法だ? 俺の脳細胞……こんなときこそ集結してくれ!!!


 ホームから地上にあがり、太陽の光と不似合いなネオンがうるさい繁華街を5分ほど歩いただろうか、ゆうゆがスマホを確認しながら、ある雑居ビルの前で立ち止まった。雑居ビルの一階にはデカデカと「無料案内所」と書かれた看板が堂々と光を放っているではないか。ゆうゆはエレベーターでも探しているのか、入り口の近くをうろうろしだす。


「このビルっぽいね」

「うん、そうだね」


 俺と美子は、ビルが見える細い路地の陰に隠れ、ゆうゆの様子を伺っていた。エレベーターを見つけたらゆうゆは、店に入ってしまうであろう。

 突撃するなら……今しかない。

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