第32話「盛れないでしょこれじゃ。あとで加工する感じ?」

「ゆうゆ、ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど」


 案の定、ゆうゆは俺の言葉をなかったものかのようにスルーし、黙り込んだままベッドに潜り込んだ。俺も、片付けた衣装ケースをはめ込んでその場を立ち去ることにした。


 一度機嫌を損ねてしまったらしばらくは何を言っても取り合ってもらえない。 俺の失言によって怒らせてしまった女性たちは皆そうであった。

 この現象がどういうことなのかを大学生の頃、女友達に聞いてみたことがあるのだが、次のような理屈であるらしい。この取りあってもらえない間、彼女たちは心の中で俺に対する文句やぶちまけたい本音を幾度もリピートしているようなのだ。


 しかし、本音をぶちまけたいという衝動を押さえ込んで、不機嫌な顔で無視をきめこんでいるのだ。

 俺からしてみれば、長時間ギスギスするくらいなら、面と向かって本音を言ってもらい、すぐに仲直りしたいのだが、どうやらそう単純なことではないらしい。なぜかというと、ぶちまけたところでどうにもならない、と彼女たちもわかっているからだ。

 ぶちまけたところでおさまりがつかない感情をなんとか抑制しようということに集中しているので、こちらとコミュニケーションを取るのを避けているということらしいのだ。


 しかし、理屈ではわかっていても、あからさまに不機嫌な態度を取られるとこちらも凹んでしまうものだ。けれども勘違いとはいえ、深く傷つけてしまったことに変わりはなく女の子が泣いているのを見ると辛いものがある。


 俺はとりあえず自分の部屋に戻ってみたものの、隣の部屋から聞こえるゆうゆの泣き声を聞き続けるのが辛かったので、とりあえず風呂に入ることにした。

 風呂から上がると、ゆうゆの泣き声さえおさまっていたもの「ゆうゆ、ごめんね」という俺の投げかけに対し「大丈夫」とだけ無機質な声色でつぶやく彼女に対してそれ以上投げかける言葉は見つからなかった。

 はぁ、今となってはどんな反省の言葉もこの場を収める特効薬にならないというのは辛いものがある。


 翌日、事務所にあつまってダンスの振り付けの細かい確認をメンバーだけで行ったのだが、ゆうゆが俺に話しかけてくることは一度もなかった。事務所に向かう時も帰る時も、俺を待つことなく一人でさっさと出て行ってしまうゆうゆに対して、ますます何て話しかければいいのかがわからなくなるばかりである。時が解決してくれるとはいうが、時に耐えている間はため息の数がかさばるばかりである……。


「ねぇ、そういえばアレどうなったの?」


 みんなが帰ったあと、事務所の戸締り確認をしていると美子が話しかけてきた。アレ、というのはおそらくこの間のトピックなので風俗店勤務疑惑のことだろう。


「いや、別にどうもなってないよ」

「えーうそだ。じゃあなんでゆうゆとケンカしてるの?」

「えっ!!別にケンカしてるわけじゃないです」

「いやいや、明らかにゆうゆ、長束に対してピリピリしてたじゃん」

「そんな感じ出てた?」

「あきらかに出てたでしょー! てことはなにか長束からアクション起こしたの? でどうだった? やっぱ働いてた?」

「いや、なんか今日はゆうゆ疲れてるだけじゃないかな」


 「そんなわけないじゃん」と即答しようとしたが、人はうそをつく時、イエスかノーが2択で迫られてしまったら第3の選択肢で応えようとしてしまうらしい。 正直に答えるのもバツが悪いけれども、嘘をつくのもバツが悪いので、第3の選択肢という逃げ道を自分でこしらえてしまうからだそうだ。逆にいえば相手が嘘をついているかもしれない、と疑わしい時はずっと2択の質問で追い込み続けるのが効果的なようだ。そして、俺が選択した第3の答え方に対して、美子は不満げな様子であった。


「ふーん、なんか怪しいんだけど。正直クロだったってことでしょ」

「いやそんなこと言ってないよ」

「絶対?」


 美子は、首を傾げて覗き込むように俺の顔をじっとみる。首をかしげた瞬間、ゆるやかに巻かれた明るいロングヘアが少し弾み、ふわふわした白いボンボンが先についた、長細いイヤリングが揺れる。

 その女性ならではのアクションとゆらぎに俺は少しドキッとしてしまう。


「う、うん。なにかあったら言うから」

「約束だよ。あ、そうだあとさ。火曜日暇?」

「火曜日?」


 火曜日、といえば……例の日である。昨日ゆうゆのスマホに来ていたメッセージに書かれていた、出勤日だ。俺にはゆうゆが出勤する前に入店を阻止するというミッションがあるではないか。まだ何の手がかりも掴めていないので尾行するくらいしか手はないんだけど。


「火曜日にね、ブランドのサンプルセールがあるの。よかったら一緒に見に行かない?」

「(サンプルセール……?)火曜日か、そうだね空いてるかもしれないけど、もしかしたら用事はいるかもしれなくて」

「なにその、行けたら行く的なやつ」

「いや、そういうわけじゃないんだけど、ちょっとまたわかったら連絡するね」

「じゃあ、またあとで詳細送っとくね。あ、そういえば今日ブログの写真撮り忘れてたね……」

「ブログ?」

「今日の担当長束じゃなかった? ほら写真撮っとけば?」

「え? ああ……」


 ブログか、そうかアイドルだもんな。ブログくらいやるよな。で、今日の更新俺なのかよ。一体どんな文章書けばいいんだよ。ナチュラルにアイドルっぽく書くって、意外と難しそうだな。俺はとりあえず美子に言われた通りスマホのカメラを起動する。


「げっ長束いっつもノーマルカメラで撮ってんの? アプリ使わないの?」

「え、ああ。あの目がでかくなるやつ?」

「盛れないでしょこれじゃ。あとで加工する感じ?」

「加工? いや実はそういうの全然わかってなくて」

「マジか……そんな奴いるんだ。まぁじゃあ後で送って。いい感じに加工するから」

「あ、ありがとう」

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