第33話「《一軍》の人間に対するコンプレックスが心に引っかかってしまう」
幸いスマホにダウンロード済みであった、ブログアプリを開くとそこにはアイドルグループ・イデアのこれまでの軌跡が載っていた。
活動を開始したのは約一年前だったらしい。みんなオーディションで集まって、オーディションを通過した四人が活動をはじめて、ここまで頑張ってきてという流れであった。さすがに写真をみて「みんな若いなー」という月日を感じるような老化はなかったが、当初よりも現在の方が抜群に垢抜けていた。
結成当初の写真はまだみんな顔が丸かったり、目つきがぼんやりしていたり、髪にうねりがあったりと隠しきれない素人っぽさがあったが、現在は皆アイドルと呼ぶにふさわしい洗練された可愛さがある。
もともとの顔立ちも可愛かったが、やはり人前に立ったり、ファンの人から「可愛い可愛い」と言われると容姿も変化していくものなのだろうか。女性は花と一緒で愛でた分だけ綺麗に開花する。などと言われることもあるが、そういうことなのだろうか、と俺は考え込んでしまった。
まだメンバーたちと会って数日しか経っていないが、みんなの奇跡をたどっていくと、自分も励まされたような気になるから不思議だ。
圧倒的に完成度の高いものとして、前から存在していたわけではなく、こうした経緯やストーリーがあって現在の場所にたどり着いた彼女たちに対して親近感を覚えるというか、愛おしさを感じてしまう。見守り続けたい、という感情が一番近いのだろうか。
正直いままで誰かに対してこのような気持ちで応援したいと思ったことはなかった。プロ野球選手にしても、サッカーの代表選手にしても頑張っていることはわかるのだが、自分よりもヒエラルキーがずっとずっと高い、いわゆる「一軍」の人間に対するコンプレックスのようなものが心にひっかかってそこまで熱狂することはできなかった。
ようするに、影を感じない幼少期からこじれた物の見方をしてこなかったであろう一軍の人間は、俺を傷つける側だからという思い込みがあったからである。
傷つけられるといっても実際にいじめてくる、というわけではないが彼らが放つ光属性オーラが眩しすぎて、自分のふがいなさというか闇部分が際立つような気になってしまうからということだ。
俺は彼らのように器用に生きることができない。いつも前向きに、明るく、モチベーションを維持しながら高みに向かって不断の努力をできるような意識の高い人間ではないのだ。そういう自分に対する評価が、自分の自尊心を殺しにかかってくるのだ。
けれども、なぜかメンバーに対してはそのようなやっかみめいた気持ちが湧いてこなかった。少し前までは「美少女アイドルになれば適当に金持ちと結婚したりして人生イージーモードだわー」と思っていたが、いまとなってはそんな上辺の思い込みで全てを斬り捨てていた自分のあさはかさが、痛い発言のように思えなくもない。
これは自分が可愛くなったことによって余裕が生まれたからか、メンバーが一生懸命レッスンしている姿を見たからなのか、明確な理由はよくわからないけれども。
とりあえず、俺はいま俺が励まされたように、誰かの励みになるような元気いっぱいのブログを書かなくてはいけない。今日の出来事を思い出して、俺はスマホ画面に向かった。
《本日は事務所にてダンスレッスンを行いました。
各自振り付けの確認を行い、互いに間違いがないか点検し一通り指摘し合いましたので、技術の向上に努められたと思います。
引き続き気を抜かぬよう精進してまいりますので、今後とも何卒お引き立てよろしくお願いいたします。美子さんと記念撮影を撮りました。》
……一通り書いてみたときに気がついた。これは、あれだ。ブログやなくて報告書や!むぅ、ブログなんて簡単簡単と思っていたが自分で実際に書いてみると難しいものだな。ブログ自体は難しくないのだろうが、こう社会人としての礼節と美少女アイドルとしての愛らしさのバランスをとろうと思ったら中庸の文体が見つからないのだ。うー、もうちょっとアイドルみを出した元気いっぱいの文章にしてみるか。
《やっほ〜( ^ω^ )
今日はメンバーたちと事務所でダンスの振り付けの確認をしたんだよん☆o(`ω´ )oなつかはすぐにバテちゃって、息がゼーハーゼーハーでした(笑)体力つけなくちゃいけないよね! マラソンでもしてみよっかな?(笑)
写真は美子ちゃんと撮ったよん( ^ω^ )》
……アカン。こっちのほうがアカン。思い切ってアイドルっぽいキャピキャピ感を盛り込んでみたものの、どう見てもネカマの文章感が否めない。
どこがどうネカマっぽいのかはわからないが、暗い部屋でPCのディスプレイの明かりにほんのり照らされニヤつきながらタイピングしてるおっさんの顔が思い浮かぶ文体になってしまった。
こんな短い文章なのに、こうも書くのが難しいものなのだろうか。代替案も浮かばないので、もう簡潔に書くか。あと顔文字がどことなく不自然な感じがするから、顔文字もはぶくか。
《今日はメンバーたちと事務所でダンスの振り付け確認をしました〜。息切れしたけど、頑張りました! みんなも今日は頑張りましたか?》
……うん!多少そっけないし、カタコト感はあるけれども、さっきの二つよりは自然になった気がする。もうこれでいいか。今日はブログ一発目なわけだし、これからスキル向上させていけばいいでしょ。で、写真貼るわけだけど、そういえば美子が画像を加工してくれるっていってたな。俺はさっき撮った美子とのツーショット写真を開く。
うーん、二人とも可愛いし俺的にはこのままの画像でいいと思うんだけど、もっと肌を真っ白にしたり、目を大きくしたいのかなぁ。あんまり不自然じゃないほうが絶対可愛いと思うんだけどなぁ。
いちいち送るのも面倒なので、忘れていたことにしてこのままの画像を貼ろうかな……と一瞬悩んだのだが、忘れていたことにした方が後々美子の怒りをかってさらにめんどくさいことになりそうな気もしたので、俺はメッセージで美子に今日撮ったツーショットを送ることにした。
《美子、今日言ってた写真です、加工よろしくお願いします》
メッセージを添えて画像をタップし貼り付ける、という操作に慣れていなかった、という言い訳は犬も食わないだろう。
俺の指先はなにを血迷ったのか、美子宛にとんでもない画像を送ってしまう。
そう、昨日写真におさめた、ゆうゆと店長らしき男のやりとりの画像を誤爆してしまったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。