第30話「俺はいまをときめく人気女優をピックアップする」

続きを見よっか、という軽々しい一言であったが、その一言は呼吸が一瞬止まるほどの打撃を心臓に与えた。

今までアダルトな動画を見ているところを女の子に見られたこともなければ、女の子に一緒に見ようと誘われたこともなければ、一緒に鑑賞したことも、ない。

 そう、俺にとってゆうゆの誘発は初めての行為であったのだ。くそぅ、ゆうゆ俺の初めてを軽々しく奪いやがったな!! と恨み口調で内心少しにやけてしまう。


「いや、こういうの一緒に見るものじゃないし!」

「へぇ、そうなんだ……」

「そうだよ! こういうものは一人で見るものなんだよ!」

「ふーん、だから一人で見てたんだね……」


……もう、何を言っても揚げ足を取られてしまうことを悟った俺は、もう観念することにした。観念というと少し違うか。

 正直にいえばここまでメタメタに打ちのめされて俺の中に眠るささやかな、微々たるプライドに少し火がついたのだ。

 はっきり言って、アダルトな動画に対する免疫はゆうゆよりも俺のほうがあるはずだ。それだけは自信をもって言える。一挙一動に「キャー!  ヤダー!」とか反応することなく俺はポーカーフェイスで最後まで鑑賞しきることが出来る。なぜかって? そらもう年季が違うからな。こちとら選手歴20年以上よ。

 このまま負かされっぱなしで終わるのも癪なので俺はここから反撃に出ることにした。


「そこまで言うなら、わかったよ。じゃあ一緒に見ようか」


 俺は出来るだけ鼻息が荒くならないよう、極めてさわやかな表情をつくりゆうゆに尋ねかける。ここでゆうゆが「……やだ」と拒否すれば俺の勝ちだし、もし乗ってきたとしてもそれはそれで儲けものである。まぁ、けど「……やめとく」とか急にトーンダウンして終わりというのが関の山だろうけど。こういったラッキースケベ的な展開は現実世界では思わせぶりなリーチ演出だけかかって結局当たらないのがオチなのである。


「ふふっ、良かった。やっと見る気になってくれたんだね……」


 ゆうゆは俺のイミテーションなさわやか笑顔を凌ぐ、極めてナチュラルな微笑みで俺の予想をすっぱりと裏切ってきた。俺の隣にしゃがみ込んだまま、スマホに装着されたイヤホンのコードを引き抜くと


「ねぇ、どれにする?」


いたずらに笑って顔を覗き込んできた。いやいやいやいや、まじかよ! なにこの状況! なんかおっさんの時はこんな感じで可愛い女の子と至近距離で、しかも相手リードで、ドキドキするような状況に陥ったことがなかったけど、美少女になった途端、ままで縁がなかったモテ期が一気にきているじゃないか。女同士だから互いに警戒心がない的なこともあるだろうがこんな甘酸っぱい経験できるなら、俺もっと早く美少女になっても良かったんじゃないかなー。とすら思ってしまった。


「えっと、ちょっとまってね。うーん、じゃあこれとかどうかな! ほらこの女優さんとかなら有名だからテレビで見たことあるんじゃないかな?」


俺は小柄でショートカットの、いまをときめく人気女優をピックアップした。温泉宿に行く、というごくごくオーソドックスな動画を候補に上げるという仕事の出来る俺を誰か褒めて欲しい。


「ふーん、やっぱ詳しいんだね……」

「いや、詳しいわけじゃないけど! ほら深夜番組とかにたまに出てるからさ! ほらフォロワーもめっちゃ多いし!」

「別に、そんな弁解しなくていいから……じゃあこれにしよう」


 ゆうゆの左手の人差し指が、スマホを画面に触れると先ほどの人気女優のイメージカットが再生される。


 動画を見ている間、俺の頭の中は、ああこれどんな気持ちで観ればいいのか? とか、ゆうゆの手をいま握ってもいいのだろうか? とか握ったところで次どうするんだ、女同士だしよくわかんない。とか、ゆうゆはなにを考えてこの動画見てるんだ? とかあらゆる心の声と算段がぐちゃぐちゃに混線しており、結局ゆうゆとまともな会話をできなかった。

 時折ゆうゆが「ハハっ」とよくわからないタイミングで乾いた笑い声を出すのに対して、「フッ」と目立ちすぎない程度の音量で合わせて笑ってみるくらいで、具体的になにをどうしたいとか緻密に段取りを考えるよりも味わったことのないドキドキで埋め尽くされてしまったのだ。


「うん、一通り見れたね……」


 動画が次のシチュエーションに行く前に、ゆうゆはそう呟いた。おそらくこれはもうだいたい見たからいいや。という合図なのだろう。


「そうだね。じゃあこの辺で終わろっか」


 俺はひとまず一時停止ボタンを押してから、ゆうゆの方を向いた。するとさっきまでのいじわるな笑みが嘘のような、曇った顔の横顔がそこにはあった。

 まるでなにかを考え込んでいるかのような表情である。ゆうゆは、黙り込んだまま何も話さない。なにか、気に触るようなことでもあったのだろうか。

 いやけれども怒っているわけではなさそうだ。どちらかといえば、不安げな、なにかを思いつめているような表情だった。


「ゆうゆ……?」


 ゆうゆは俺の声に反応することなく、しばらくの間じっとそのまま黙り込んでいた。俺からもう少し、なにかを言った方がいいのだろうか。声をかけるのもはばかられるような神妙な空気に負け、俺は次の言葉を探すがなかなかこの場を打ち砕くような言葉がみつからない。すると次の瞬間、ゆうゆの両手がこちらに伸びる。頬に柔らかなふわふわしたパジャマの袖がかすった。


 俺はそのままぎゅっとゆうゆに抱きしめられる。

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