第29話「これはまとめサイトみてたら、間違ってアンテナサイトに飛んじゃって」
「あゅっいや、これは違って」
全く意図していない、萌キャラが言いそうな謎擬音を挟みながら俺はとりあえず違うと言い切った。なにが違うというのかわからないが、この場合とりあえず違うんだ、と行ってみるのが正しい日本語の使い方のような気がする。
「ふーん。いっつも私がいない時見てたの……?」
「いや、今日が初めてだよ!」
この時ばかりは俺は、嘘をついていない。本当に今日が初めてである。
「なんのために見てたの……?」
「いや、トレンドをほら確認するためっていうかほら市場調査的なものも兼ねてというか」
……正直、苦しい。市場調査とか固めの四文字熟語で誤魔化してみたものの言ってる内容はめちゃくちゃである。しかし、俺が困惑具合と比例して、ゆうゆの口元はさっきにも増してにやけていった。
「別に正直に言ってくれたらいいんだよ。なんで? なんで見てるの……?」
「いや、これはあのまとめサイトみてたら、間違ってアンテナサイトに飛んじゃって。そしたらほら、なんか薄っすらバナーが浮き上がってきて。あー次のページに進むってボタン押したはずなのに間違ってバナー押しちゃった! こんなパズルゲームダウンロードするつもりないよーみたいなことあるじゃん! ああいうトラップにひっかかってそのまま再生しちゃっただけで」
「長束って、まとめサイトみるときイヤホンするんだ……」
「うっ、いやこれはノイズキャウンセリング機能搭載のイヤホンだから外部の騒音を遮断しようとしただけで」
「ふーん、じゃあクリアな音質で楽しんでたんだね……」
くそっ、こっちが屁理屈をこねまくって相手がその屁理屈にいちいち突っかかってくるのもバカらしくなってフェードアウトする、という討論スタイルで挑んでみたものの全然ゆうゆには効かないようである。
むしろこっちがこねた屁理屈から肝となる部分だけを抜粋して、こっちに話すだけ話させて、矛盾をつくという手練のスタイルで挑んできやがった。これ以上吠えれば吠えるだけ不利な戦いになってしまうだろう、言い負ける予想図しか浮かんでこない。もう何を言ってもひたすら核心をつかれるのであれば、すべてぶちまけて楽になりたい……。
「長束、黙り込むことないよ……。別にただ見てただけでしょ?」
「そう、ですね……」
俺が早速降参した素振りに満足したのか、ゆうゆは無邪気で得意げな笑みを浮かべる。
いつもはどちらかといえばぼっーとした目つきのゆうゆだが、この時だけは、瞳孔が俺を捉えて離さなかった。
上瞼がいつもより座っているような、少し冷たい目つきで俺の目から視線を外してくれない。
さっきレッスン場で泣いていた顔が嘘のように、攻撃的な目をしたゆうゆがそこにはいた。もしかして、ゆうゆはあれかもしれない、ちょっとイライラしたりメンタルが不安定になると、人をからかったり追い込むことで、ストレスを軽減させるタイプなのかもしれない。
なぜ俺がそう思ったかというと職場にもそのようなタイプの上司がいたからである。怒りに任せて怒鳴ったりするようなことはなかったが、ちょっとイライラするようなことがあると、ネチネチと理詰めで俺を叱ってくるようなタイプだ。
おっさんにネチネチと理詰めで追い込まれた時は、こっちも低温火傷のような怒りでイライラを募らせていたが、美少女から追いつめられるとなぜか甘えたくなるのは不思議な男の性である。
けど、もうこれ以上は許してください。俺の中でなにかしらの性癖が開花してしまいそうだから……。
「ごめんね、長束。別に責めてるわけじゃないんだよ……」
「いや、こっちこそごめんなさい」
「照れてる長束が可愛かったから、ついいじわる言っちゃった……」
ゆうゆはそういうとさっきまでのいじわるな笑顔から聖母のような笑顔へとジョブチェンジしてみせた。俺はその急な切り返しに、心臓をキュッとわし掴みにされてしまう。いや聖母フェチとかではないし、例えばマザーテレサとかをそういう目で見たことも意識したこともないんだけどなんというか、ああそうか。これがバブみを感じるってやつなのか。
「可愛いなんて、いやそんなことないよ…」
俺は拳にギュッと力をいれ、両腕をドラえもんみたいにピン伸ばし、顔をプイッと左下に背ける。おそらく頬は赤らんでいたであろう。慣れていない賞賛の言葉を突然投げかけられた時、マンガでみたようなリアクションをしてしまうという陰キャあるある、である。
「ううん、長束は可愛いよ……」
ゆうゆは畳み掛けるようにさらにジャブを打ってきた。どうやらこのバトルはまだ終わっていないらしい。誰か、もう俺は降参していいんでリングにタオルを投げ込んでくれ。きっとこの子は俺が召されるまで、ここから一気に勝負をかけてくるつもりだ。だって口元は笑ってるけど、目の奥はめちゃくちゃ座ってるんだもん。
「ねぇ、じゃあ……一緒に動画の続きみよっか」
ゆうゆは、またいたずらに微笑んだ。やわらかな表情であるが目の奥は笑っていない、これは俺にNoと言わせないつもりで、勝負をかけて打ち込んだアッパーである。
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