第25話「どう弁明しても、空き巣とそう変わらない」

「ただいまー」


と言って玄関のドアを開けたものの、俺とゆうゆがルームシェアしている部屋に明かりは灯っておらず、朝出かけたままの状態で陽が落ちただけしか変化は見当たらなかった。


「まだ帰ってないのか……」


時計の針は午後6時を少しすぎた場所を指しており、そろそろ夕飯どきということを考えると、ゆうゆは晩御飯でも買いに行ったのかもしれない。

スマホを確認してみるが、特になんの連絡も入っていなかった。

俺はとりあえず朝から敷きっぱなしの布団の上にボフッと寝転んだ。帰宅してすぐに布団に寝転ぶという習慣は、体が変われど抜けないものである。俺は布団に大の字に寝転びながら目を閉じようとしたその時、スマホがぶるっとひと震えする。


《今日言ってた件よろしくね! ちゃんと調べといてね》


 届いたのは、 美子からのメッセージであった。美子のなかではゆうゆの風俗店勤務疑惑はオフホワイトではなく漆黒であるようで、俺が証拠を掴むことに期待しているようだ。

 けれども、もしその疑惑が本当で証拠を掴んだとして美子はどうしたいのだろうか。

 鬼の首でもとったかのように騒ぎ立てて社長に突きつけたいのか。ゆうゆを責め立てたいのか。それともただの興味本位か。

 俺が調べたことで、ゆうゆが不幸になってしまうような目的のためだったら避けたいし、そこはきちんと美子に確認しておいたほうがいいのかもしれない。俺は早速美子にメッセージを打つ。


《わかった、けどもし証拠がみつかっても約束してほしいことがある》


 すぐに既読になり美子からメッセージが返ってくる。


《うん、なに?》

《その時は社長にすぐ報告したり、ゆうゆを責めたりしないでほしいな》

《なんで?》

《だってさ、普通に考えてさ風俗で働こう! とか気軽におもわないはずじゃん。もし働いてるなら、なにか理由があるはずだろうし》

《うーん、まぁそっか》

《だから、もしそうだったとしたら一回メンバーだけで話し合ってみよう。ゆうゆにちゃんと理由を聞いてみよう》

《りょ》


おいおい軽いな! 人が真面目に語ってるのに! と言いたかったが、ここはおとなしく引き下がったほうが良さそうだ。


 とはいってもどうやって証拠を探せばいいのだろうか? 何気なくふとした時……そう二人で深夜バラエティーでも観ている時に「そいえば風俗で働いてるっ?」とか聞けばいいのか? そうかコンビニで買った夕飯をつつきながら「そいえばさー時給がいい夜のバイト探してるんだけど、いいお店あったら紹介してくれない?」とか軽快に聞けばいいのか? いや多分どっちもダメだろ。


 うーむ。本人に聞く線はないとすると……あれか。結構やっちゃダメなラインだけどガサ入れ的なやつか。もし働いてるなら、なんか怪しいものが出てくるかもしれないし。うーん、ちょっと気が引けるけど、後にも引けないというか、俺もちょっと気になってきたというのが本音である。


 俺は、罪悪感を背徳感というスリルにすり替えながら、昨日下着を取りだしたゆうゆのクローゼットを開けた。

 なにかやましいものを隠す時は、机の一番下の引き出し……というのが思春期男子の定説ではあるが、あいにく部屋には勉強机がなかったので、その理論に従って半透明の衣装ケースの一番下の引き出しを開けることにした。が、一番下の段には昨日と同様マシュマロ色の下着が敷き詰められているだけで、その柔らかな密林の奥に手を伸ばしてみたものの、防虫剤がひとつ入っていただけで怪しいものはなにも見つからなかった。


 俺はその勢いで、上の段の引き出しも開けてみる。しかしセーター、スカート、など冬物の洋服が詰まっているだけでなにも変なものは入っていない……のだが、靴下がはいった箱の奥にガサゴソと手を伸ばした時に、なにかすべすべしたやわらかいものが指先に当たった。なんだこれ。


「バニラ……?」


 取り出してみると先ほど喫茶店を探してうろうろしている時に、通りがかった宣伝カーのURLとキャラがでかでかと印刷さてたポケットティッシュであった。そう女性の高収入求人の案内が書かれている。……どんな伏線回収だよ。

まぁ、けれど駅前で紫色や緑色のロングヘアにこれでもかっ! といたるところにピアスを開けまくった痩せ型のバンドマンが配っている光景はありふれているので、このテッシュをもっていたからと怪しいわけではないだろう。

 けれども、このタイミングで見かけるとどうにも意味深なシンクロニシティを感じる。


 その時、玄関からガチャガチャ鍵が開く音が聞こえた。

……まさか。ヤバい。ゆうゆが帰ってきてしまったというのか、この最っ悪のタイミングで。俺は急いで、引き出しをしまおうとするが、そこで焦ってしまったのが愚かだった。仕事でもスポーツでもなんでもそうだが、こういうピンチの時にいかに冷静に対処できるかが、プロと素人の力量を分ける。この場合のプロがなんなのかわからないけども。

 ゆうゆの帰宅に焦った俺は、力任せに引き出しを元どおりに押し込もうとするが、その力任せがいけなかった。引き出しはおとなしく元どおりに収まることはなく、スライドから外れてしまい、そのまま床に落下してしまう……。


「……ただいま」


背後からゆうゆの声が聞こえた時にはもう遅かった。俺の行動はどう弁明しても、空き巣とそう変わらない。さぁ何といって切り抜けようか……。

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