第23話「五反田の風俗嬢だっただと!?」
「ほら」
印籠のように、目の前につきつけられたスマホには目元を片手で隠し、舌をベッーと出した少女の写真であった。丸く縁どられており、どうやらツイッターのアイコンのようだ。
写真といっても鮮明なものではなく色鉛筆で輪郭をぼかしたような、少しアートめいたものだった。一体これは……こういうのどっかで見たことあるぞ。
「これは、もしかして……」
……五反田の風俗嬢、と続けようとしたが俺はその一言をごくりと飲み込んだ。
風俗情報サイトにはこういった目元を片手で隠したプロフィール写真が載っている。さらにいうと五反田界隈などM性感系の風俗店だとこういった舌を出したりと、ちょっと好戦的な写真があったりするのだ。
脳内でシナプスが綺麗にそう繋がったので、俺はそのまま言葉として発してしまいそうになったわけだが、いままでの失敗を踏まえ、飲み込むには少々大きいが噛み切れなかったステーキを飲み込む時のように、無理やり食道に押し込んだ。オプション料金はかかりません。
「この写真は一体……」
「まぁ、これがゆうゆなわけだけどさ。こんなことやるなんてありえないでしょ」
「えっ!!!これゆうゆなの? あいつこんなことしてたの?」
「そうだよ、ありえないでしょ。さすがにプロ失格だよ」
あのゆうゆが……五反田の風俗嬢だっただと!? ああ、だからか。おれの中でまたシナプスが再度ジャキンッ! ときれいに連結された。
昨日風呂場にあったいろんなボトル、俺は見落としていたがおそらくあの中にはなにかそういう18禁なことに使うとろみがかった液体やらなんたらが潜んでいたのかもしれない!
よく考えるとあの肌がすべすべになるピーリングとやらもやっぱりほら体が資本なお仕事だから常備してあったのか。
そうか、俺は残念ながら見落としていたから帰ったら風呂場に直行してきちんと確認してみないといけないな……。けれどもアイドル活動の傍らそんなことをしていたなんて驚きというか、ちょっと悲しい気持ちになるというか、これがあれか芸能界の闇ってやつか……。
「そうか、ゆうゆがそうだったのか……」
「私が怒ってたのはダンス云々とかじゃなくて、こういう意識の低さなわけ」
「けどさ、美子さんはいつそれに気づいたの?」
「なんかたまたまエゴサしてるときに見つけちゃったんだよね」
「エゴサ……?」
「エゴサだよ。自分たちの評判とか気になるじゃん。悪いとことかあったら改善していきたいし」
俺は、テーブルの下にスマホをさっ隠し「エゴサとは」とグーグル先生に聞いてみた。エゴサとはエゴサーチの略称らしい。
どうやらネットで自分の名前を検索にかけ、自分の評価を気にすることのようだ。
うーん、おっさんの生活圏内では自分の名前を調べて「ふふふ、みんな俺についてどんなこと言ってるのかなぁ?」なんてニマニマすることなかったからな。正直自分の名前で検索したことはあったが「浅川長束 さんの名前占い」という誰でも検索ワードがひっかかるようなサイトしかヒットしなかった。
「まぁ、正味な話さぁ」
美子はゆずスカッシュをストローでチューとすすると、さっきよりもゆったりとした口調で話し始めた。
「はっきりいっていまのイデアって地下アイドル界隈ではわりと人気だけど、こんなとこで満足しててもなんの意味もないじゃん」
「うん……」
俺は美子が何を言っているのか専門用語過多でよくわからなかったがとりあえず頷くことにした。イデア? ああ、これはもしかしてグループ名なのかな。
「長束はどう考えているか知らないけど、少なくとも私はそう思ってる。中途半端にやって中途半端なまま終わるなんて一番最悪。ちやほやされてそれでよかった〜! 満足! みたいな思い出作りをしてるわけじゃないし。私向上心のない人が一番嫌い」
「お、おう」
おそらく俺に向けた悪口ではないのだが、美子の言葉は俺の心を容赦なく打ちのめす。向上心がない……か、まぁ向上心がある方、ではなかったかな、うん、なかった。
「だから、ゆうゆがこんなグループの評価落とすようなことをやってるのが許せないの」
「そっか」
美子さんよ……そこまで言っといて水着グラビアはやらないんかい! 社長にはあんな態度とるんかい! と思ったものの、それがゆうゆが言っていた「美子はマイペース」ということなのだろうか。
アイドル活動にかける熱意はあるものの、自分が納得していないことは絶対にやりたくない! という強い自我をもっているのか。
むぅ、言ってることは多少めちゃくちゃではあるが、正直俺は嫌いじゃないぞ。こういう断言癖のあるマイウェイなタイプ。
本人の中では筋が通っているのだろうが端からみたら論理は破綻している。
けれども本人は意志の強さでマイウェイを突っ走る。こういうタイプは中小企業のワンマン社長に意外と多い。
気分屋で、自分の思いつきで周りを振り回すのだが、本人に悪意はなく、決めたことはひたむきに遣り抜くという愚直で純粋な一面もあるので意外にも憎めないタイプなのだ。
まぁ、ゆうゆのやっていることはどんな理由があるかわからないがアイドル活動をするにあたってはマイナスになることには間違いないし、美子には美子なりの考えと、アイドル活動に対する熱意があるようだ。
ここは俺が、フォローしなくてはいけないフェーズなのかもしれない。
まさか美少女になっても尚、中間管理職的なネゴシエートを請け負ってばかりとは思っていなかったが、これが俺の誇れるべき特技でもある。
サラリーマン時代に養ったスキルで、なんとかみんなを一丸とさせたい。まだゆうゆに理由を聞く前であったが俺は、自分がなんとか解決してみせようと腹を括り、美子に宣言する。
「よし、わかった。じゃあ、直接本人に掛け合ってみるよ。ゆうゆに……その、風俗をやめさせよう」
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