第22話「……もしかして本当になにも知らないの?」

 俺の聞き間違い……ではなさそうだ。美子はいま確かに「ゆうゆを辞めさせてくれ」と言った。ゆうゆをや、めさせて、ください。ゆう、ゆをやめさせてください……ダメだ。

 句読点をどう動かしてみても全然しっくりくる異義語はない。

 

けれどもどういうことだ? いままで全然話が噛み合ってなかったというのか? というか美子さんいきなりなに言ってんだよ!!! ゆうゆは仲間じゃないのかよ! 

 俺は美子にスマホを貸してくれというジェスチャーをして、社長と直接話すことにした。すぐ俺のジェスチャーに気がついた美子はスマホを俺に手渡す。


「あ、なんか長束が話したいらしいです」


 俺は強めにスマホを奪うと、社長に変わる。


「社長すみません、なんか美子さんが先走ってたようで……」


 スマホ片手にぺこぺこと何度も頭をさげる。


「いや、俺も突然のことで驚いてるんだけど、今日レッスンでなんかあったのか?」


 社長も突拍子のない美子の申し出に驚いているようだった。まぁ、それはそうだよな。いきなりすぎるし、そもそも美子から社長に伝えるなんてひどすぎる。


「いや、まぁたいしたことは無かったのですが、ちょっと美子さんと話している中で語弊があったようで、このような連絡をしてしまいすみませんでした。はい、はい。大丈夫です。じゃあ失礼します」


 美子は俺のリアクションに驚いていたようで、もう一度自分に代わってほしいというようなジェスチャーをしていたのだが、俺は半ば強引に通話を切ってから、美子にスマホを手渡した。

 一体どういうことなのだ。俺はてっきり昨日も水着をやりたくない! といっていたことを考え直したのかとばかり思っていたが、まさかそんなゆうゆのことを言うなんて。


 俺はすこしばかり目の前の美子さんのことが怖くなった。彼女は一体なにを考えているんだ。マイペースにもほどがあるだろう。


「ちょっと! 長束どういうこと? いきなり意味わかんない! 言えっていったのはそっちじゃん!」


 スマホを取り上げるなり、美子は眉間にしわを寄せてすごい剣幕で捲し立ててきた。


「いや、だっててっきり水着グラビアの話すると思ったら、ゆうゆのこと? なんで? ゆうゆ頑張ってたじゃん」

「はぁ? いや長束だって見たでしょ。ゆうゆありえないでしょ」

「ダンスが苦手なのは、しょうがないだろ? 練習しようとしてたじゃん」

「は? 長束は全然わかってないよ!」


 ヒートアップし思わず大声を張り上げてしまった美子と俺に、ルノアールでほっこりリラックスしているスーツ姿のおっさんたちからの視線が注がれる。

 そこは、美少女だから大目にみようという暖かな視線ではなく、こっちは忙しい合間にせっかく休んでるんだからちょっとは静かにしろや! といったお叱りの視線である。すまん、おっさんたち。俺も本当はそっち側だからその気持ちすごいわかるんだ。束の間の休み時間にまで人の怒り声聞きたくないわな。


「ごめん、ちょっとヒートアップしすぎたわ……美子さんちょっとクールにいこう」


 俺は美子を諭して、まずは美子の意見を聞くというフェーズにでることにした。こうお互いがヒートアップしている時は、一旦自分の主張を置いておいて相手の意見をじっくり聞かないと、余計に話がこじれるものだ。


 俺は美子と真正面で向き合わないように、椅子の位置をすこしずらした。人は真正面に座ると、隣に座るよりも相手に敵意を持ちやすいようなので、こういった場合は座る位置から緩和させたほうがいいのだ。


 そして、俺は美子の喉元に注目した。人は呼吸のタイミングを合わせた方が、相手にリラックスしやすいからである。人がしゃべっているときは息を吐いている状態なので、そのタイミングに合わせてこちらも息を吐く。呼吸のタイミングを極めるのは、喉元に注目するのが一番である。


「で、美子さんがそんなにゆうゆのことを怒ってるのは、どうしてなのかなぁ?」


 美子を諭そうとして話し始めた俺だが、海外ドラマに出てくるヒステリックな妻を諭すカウンセラーのような口調になってるやんけ! と自分で自分の口調に笑そうになっていたが、いまはそれどころではない。夫の不倫を疑ってストレスを溜め込んだ金髪妻のことはいまは忘れろ。


「はぁ……だって長束だってわかってるでしょ?」

「え、あれでも今日のダンスのときに最後泣いたりしたことでしょ」

「いや、それもだけど。それだけじゃないよ。あの子は足を引っ張ってる。取り返しがつかなくなる前にやめた方がゆうゆのためでもあるよ」

「足をひっぱってるって、今日先生が言ってたみたいなダンスのこと? けどあれは本人がちゃんと練習すれば良くなるんじゃないかな、ほらそこはみんなで支えあってさ!」

「はぁ〜」


 俺のフォローを待たずして、美子は大きなため息をついた。どうしたんだ? 俺が言ったことはそんなに的外れだったのだろうか?


「いや、私が言ってんのはそんなことじゃないの。あの子の弱さが、私は許せないの」

「弱さ?」

「うん、長束……もしかして本当になにも知らないの?」


 意味深につぶやいた美子の目は、少し不安げに曇っていた。


「うん、どういうこと……?」


 すると、美子は黙ったままスマホを弄りだし、俺に画面を突きつけてきた。


「これ、見てみ」

「!!!」

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