第7話「長束それ、痩せる系? そうかおっぱいおっきくなる系?」



「いや、ちょっとまって一回整理させて……なつかも正直いまどういう状況かよくわかってないんだけど、えっとこのミーティングってなんのためにやってるんだっけ?」

「そんなの次のライブ良くするために決まってんじゃん⭐︎ね!」

「いや、それだったらもっとちゃんとミーティングしなきゃ!」

「は? なんのために?」


俺の言葉に少しカチンときたのか、じゅんがさっきまで見せなかったケンカ腰な態度で食いかかってきた。さっきまではお調子者なにこやかな表情だったのに、なにかしらのスイッチが入ってしまったらようだ。あまりの豹変ぶりに思わずたじろいてしまう俺。

 どうか、中学時代に野球部の部室で隠れて先輩たちとタバコ吸って「次、英語の山本からかおうや!あいつ最近うざいし」とか学級崩壊を仕掛けてた元ヤンではありませんように……。


「いや、ほら。ミーティングはやっぱり、ライブよくするためでしょだからそうカリカリせずに…」

「ハァ? だけどそんなの場数じゃん! 頑張るつってんだから別に良くね!? ゆうゆもそう思わない?」

「うん……なんか、細かい」

「だね。今日、長束おかしいよ。別に私たち真面目にミーティングしてたし」


 一見常識人に思えた美子まで俺をうざったそうな目で見てくる。するとじゅんが手にもったクリームとチョコレートがめいいっぱいのったフラペチーノをジューと音をたてて一気に吸い上げ、大きなため息をついて立ち上がった。


「はーなんか今日の長束マジうざいんすけど。あたし帰るわ」


そんなじゅんの様子を見て、ゆうゆと美子も無言で立ち上がる。


「え? え?」


女心と秋の空、ということわざにこれほど納得する場面もないだろう。ライブ良くしたいけど、ミーティングをやる意味はない。という矛盾しかない発言を指摘しただけで、場の雰囲気がここまで悪くなり、挙げ句の果てに俺がKYな奴、というレッテルを貼られる始末。

 こんな不条理があっていいのか。というか、いままでこんなワガママがまかり通る環境で生きてきたのか……と思うとカルチャーショックがすぎる。こんなわがままが通用するなんて、彼女たちは恵まれてきたのか、それとも恵まれていないのか。


かわいい顔に生まれたことで、誰からも否定されず、ちやほやだけされて、社会のあり方や礼節も教わらずに適当にやってきたのかもしれない。アイドルっていっても一応社会人だろう……? そう思ったとき、社会人としての先輩魂に火がついた。

おっせかいな老害野郎かもしれないが、社会の厳しさを後輩にきちんと教え込まなくてはーー。いらぬお世話だというのは百も承知だ。しかし、気づいたことを言わずにはいられない、これは悲しき社畜の性なのかもしれない。


「はぁ、たかがミーティングくらいでこんなことになってバカらし」


吐き捨てるようなじゅんの一言は、俺の社畜魂に引火する。


「おい……いまなんつった……」

「は?たかがミーティングのためにって……」

「ミーティングを……バカにすんじゃねぇ…………まわせ……やるなら、きっちり回せ……」

「は?」

「ミーティングすんなら、キッチリPDCAサイクル回せっつてんだよぉぉぉぉぉ!!!!」


決まった!!俺は魂のまま叫んだ。PDCAサイクルをきっちり回せ。社畜時代に上司に嫌ほどいわれた言葉だ。はじめは何言ってんだ、うぜー! 意識高い系か! どうせ先週知った言葉やろ! そんな意味知らんやろ! とおもったが、きっちりプランを立て、行動に起こし、チェックを挟み、アクトによって改善点を明確にする。このサイクルを回す大切さはサラリーマンなら誰しもが経験している重要事項である。

 さんざん能書きを垂れたが、ホントのとこは一回このセリフをかっこよく言ってみたかっただけだ。だってPDCAサイクルってなんか響きがカッコイイじゃん、すごいコンサルとか経営についてわかってる奴っぽい感じするじゃん。


そんな俺の心の叫に最初に反応したのはじゅんであった。


「え……PD……?」

「PDCAサイクル、な」


俺はこの時ドヤ感が漏れないように極めてポーカーフェイスを心がけていた。

え? ごくごく普段から使い慣れてる単語だよ? ひっかかるとこなんかあった? と言わんばかりに。



「え? それ……何に効くサプリ?」

「……はい?」


じゅんにつられ、ゆうゆと美子もざわざわしだした。


「ゆうゆ、どっから出てるか知ってる?」

「……知らない、ググってみる」

「長束それ、痩せる系? そうかおっぱいおっきくなる系? こないだ買ったサプリが全然効果なかったし巨乳になるなら買ってみようかな……」


興味津々なのか、じゅんはぶつぶつ独り言を言い始めた。


「いや、サプリじゃねぇよ! ミーティングの話してただろ!」

「……アマゾンにはないみたい……」


人の話を聞く気がないのか、バッタ並みの理解力しかないのか、俺の話は0.1パーセントも伝わってないようだった。俺が見ているのは夢か現実か。

 夢ならばハーレム展開にでもなって、もう少し俺に癒しをくれてもいいのではないだろうか……。

 そんなことを考えていると、玄関の鍵がガチャッと開き、靴を乱雑に脱ぎ捨てる音がした。


「げっ」

「やば……」


その音を聞いてみんなの表情が一瞬で曇る。

ドカドカと遠慮ない足音が徐々に部屋に近づいてくる。

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