第6話「おっさんキャラって新しいね……」



「おつかれさまー」


 美子という名の金髪ロングヘアの美少女に連れられて向かった先は、渋谷駅から徒歩10分ほどの場所にある古めの鉄筋マンションの一室だった。

 灰色のドアを引くと、ギィっと使い込まれたドア音が廊下に響く。ドアの先には茶色いフローリングの廊下があり、広めのワンルームに続いていた。部屋の中には、量販店で手に入るであろう白いシンプルなデスクが端っこに2つ並んでおり、その上にデスクトップPCが置かれている。


 シンプルなデスクとPCの他に、小さなリビングテーブルと革がひび割れた茶色いローソファーも部屋の隅に置かれていた。

 ソファーには白いオーバーサイズのスウェットを着た、黒髪ボブの少女が体育すわりでスマホをいじっている。スウェットの下から覗く真っ白な足は、全体的に華奢な体型のわりにふくよかであり、アンバランスな色気に思わず息を飲む。


「おつかれ……」


黒髪ボブの少女は、そう呟くものの忙しそうにスマホをいじっており、こちらに目もくれない。


「ゆうゆ、じゅんは?」


美子は、肩にかけたピンク色の大きなナイロン製のトートバックを床におくと、黒髪ボブの少女に尋ねた。


「……わかんない、スタバじゃん?」


黒髪ボブの少女は淡々と答える。


「もう、4時からミーティングするって言ってたのに!」

「長束、じゅんに連絡して!」

「ええっ!俺っすか!? ちょ、ちょっと待ってください!」


俺は慌ててポケットからスマホを取り出し、画面に付着した脂を拭おうと、スカートにごしごし擦り付けた瞬間に、じゅんって誰やねん。俺連絡先とか知らねーよ!と我にかえる。

 そんな俺の慌てふためいた様子を、美子がじっーと冷たい目で見ている。


「長束、今日変……。何? キャラ変? てか今日からオレっ娘?」


 美子の表情からは、こいつ今日、おかしいぞ。なんなんだよ一体。という心の声が漏れていた。うん、美子さん正解。当ってるよ。今日俺おかしいんだ。けどいま「俺は本当はおっさんなんだ!」って打ち明けても、もっと混乱させちゃうから、いまは耐えてくれ。すまん。


「……くすくす、おっさんキャラって新しいね……長束、いつもは自分のこと名前で呼ぶのに……ぶりっこキャラやめたんだ……」


黒髪ボブの、ゆうゆという名の少女が小さく肩を震わせ笑った。ソファーに座りながら上目づかいでこっちを見たゆうゆの、憂いを帯びた瞳に俺は一瞬ドキッとしてしまう。

 黒目がちな瞳と長い睫毛……少し寂しそうというか、生気が薄くしか漂っていないミステリアスな表情をする女に俺は昔から弱い。

 なんというか、じっとこちらを見つめられ、自分のことを見透かされてしまうかもしれないという一種の緊張感が、マゾめいた期待を沸き立たせるからだ。


 海外では、長身美麗な女王様風ではなく、ゆうゆのような幼さのこる少女に虐げられたい……!と焦がれるマゾ男性が増えているらしい。

 どれくらい需要があるのかは知らないが、ネット記事でネタになっていたのだ。いま俺のハートはまさに海外のマゾ男性とシンクロしかけていた。

 400%……とまではいかないが、起動には支障がない程度にはシンクロしていた。

 けれどもいまは海外のマゾ男性に想いを馳せている場合ではない、いつもと変わらない可愛い長束であるというアピールをせねば。


「あっ、いやそんなつもりじゃないけど! なつか、今日はちょびっとおじさん気分なだけだよっ。」


俺は両頬に手を添え、軽く弾んでみせた。郷に入れば郷に従えー。 社畜時代に学んだ処世術である。自分のボキャブラリーの中で、一番アイドルっぽいかわいいリアクションを全力で考えた結果、このポーズが思い浮かんだので、実行したのだ。


「……なにそれ」

「……えっ、きも」



さっきよりも一層凍てついた空気に場に妙な空気が漂う。きまづい。

俺の描くアイドル像がひと昔古かったのか、二人にはこのかわいいポーズは全く刺さらなかった。すまん、そんな冷たい目で見んといてくれ。おいちゃんもまだ探り探りなんや……。


 その時、玄関のほうからギィっとドアが開く音がした。


「ごめーん⭐︎スタバ今日から新商品発売みたいで、激混みで遅れちゃった⭐︎」


口では謝罪しているものの、悪びれた様子が微塵もないハイテンションでやってきたのは、黒髪ツインテールのザ・王道アイドルといった風貌の少女だった。


「……じゅん、遅いよ。もう時間すぎてるじゃん」


美子は呆れた様子でじゅんに歩み寄る。


「ごめんごめん、じゃあさっさとやっちゃおっか!てか今日なにやるんだっけ?」

「今日のライブの反省と、来週の対バンにむけてのミーティングでしょ」

「ああ、そうだったね!じゃあ始めますか!えーとじゃあ私から!今日は、新曲いい感じだった! じゃあ次、ゆうゆ!」

「……じゅんと一緒。いい感じだった。じゃあ、美子」

「うん、私も同じ。初披露だったけど盛り上がったと思う。じゃあ長束は?」

「え、ああ、いい感じだったんじゃないですか……」


「じゃあ反省会はこれにて終了〜!次は来週にむけてのミーティングね!私はー元気いっぱい頑張る! はい、じゃあ順番はさっきと一緒で!」

「私も……精一杯がんばる」

「そうだね、私も振り付け間違えないようにする、はい。最後長束」

「え? な、なつかも頑張りますけど……」

「はーい!ではこれにてミーティング終了〜!じゃあ解散で〜!おつー!!」


じゅんが大声で場を締める。ゆうゆも美子も、やりきった。という達成感に満ちた表情を浮かべている。


「え? 待ってください、その本題は?」

「だから、いまやったじゃん!」


じゅんは何言ってんの? と眉をひそめて強めの口調で答える。


「いや、ミーティングやるんじゃないんですか?」

「うん。いまのがそうだけど、どうしたの?」


美子まで不思議そうに、首を傾げる。美子さん、あなた常識人的な人じゃないんですか、そんな俺がおかしいみたいな目でこっちをみないで。


「あ、いや言っちゃなんですけど、これただの意気込みじゃないっすか。アイドルのミーティングとかなにするのかよくわかってないですけど……」

「?」

「……?」

「いや、みんなそんな不思議そうな表情しないでくださいよ。ミーティングってもっとこう……今回の具体的な反省点とか、次回まで改善点とかをみんなで出すもんじゃないっすかね……」


俺の発言が間違っていたのか、美少女というのはー、アイドルというのはー、何も知らない無垢な生き物なのだろうか? みんな、要点をよくつかめていないといった表情でこっち見ている。


「ハハハッ⭐︎長束、今日どうしたの〜」


 じゅんが沈黙を打ち破るように、大声で笑いだした。じゅんにつられ美子とゆうゆも、くすくすと笑いだす。


「そうなのっ……今日なんか長束変なんだよ。あーおかしいー」

「……長束、やばみ」


俺はなぜ彼女らがこんな大ウケしてるのかわからなかった。それ、ミーティングじゃなくて意気込みじゃねぇか!と社会に出れば絶対に言われるであろう、ごくごく普通の指摘をしているだけなのだが。彼女たちにすると、おかしい主張をしているのは俺の方らしい。


 なぜかこっちが間違っているかのように、大笑いされるのは気分のいいものではない。自分が正論を言っているときは特にそうだ。俺はだんたんと彼女たちの舐めた態度に腹が立ってきた俺は…立ち上がる。

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