第5話「わー長束ちゃん私服もかわいい〜」
表面がつるつるとした白いブラジャーがそこにあった。
ブラジャーの膨らみに、生乳はすっぽり隠れており、近所の中華料理屋でよく読んでいたヤンマガのグラビアアイドル……よりはだいぶと遠慮深い膨らみがそこにはある。
物足りなさはあるが、女体が手に入ったことには変わりない。
俺が女体化してしまったのであれば、この夢が終わる前に、存分に堪能しなければもったいないのではないだろうか……?
自慢ではないが、俺は例え腹一杯になってもラーメンの汁は飲み干すタイプである。完飲したドンブリを逆さまに天地返し、「ごっそさん」をする、ということはないがスープは飲み干すタイプだ。
つまり、何が言いたいかというと手の前に出されたものは、ひとつ残さず堪能しきるという美学の持ち主なのだ!
俺はさっきよりも激し目に胸を揉みしだいた。なんなら乳首も触った。そしてひとしきり満足すると、そっと腰まで手を下ろした。
……細い。内臓が本当に入っているのか? と疑いたくなる細さだ。折れそうな腰、とはまさにこういうことをいうのだろう。
さらに下に手を下げる。お尻は、ほどよいふくらみと弾力があって触り心地もある。
俺はどちらかといえば尻フェチである。20代前半までは巨乳が好きであったが、20代も後半にさしかかったあたりから尻の良さがわかってきた。
好きな尻の形は豊満ですこしだらしなく垂れだした感じの尻なので、俺の好みドンピシャではないが、これはこれはいいものだ。
尻はあとでまたじっくり触ることにしよう。いまは全身くまなくチェックする方が先である。
さて尻の次は……いや、ここで下着を脱ぐのはさすがにはばかられるからトイレにでも行って……。
と思った瞬間、先ほどの金髪の巻き髪の美少女にグイッと腕を引っ張られた。
「もう、長束!ふざけてないで行くよ。この後ミーティングもあんだし」
「え? いくってどこに?」
「事務所だよ」
「え? 事務所!? それってなんの事務所?」
「いや……普通に事務所だよ。てか、今日マスクわすれた感じ? 余ってるの一個あげるよ」
「え? 別に風邪ひいてないよ?」
「じゃなくて……アキバ歩くんだからいるでしょ」
俺はいわれるがまま、マスクをつけ、金髪の美少女と一緒に部屋を出た。重たいドアを開けると、薄暗いフロアにさまざまなTシャツを着た男性が、うろうろしたり、いたるところに列をつくっている。
「なんだこれ?」
「ほら、うちらは平行物販だったけど、みんな最終物販やってるんでしょ」
金髪の美少女は平然と答えながら、足早に歩く。
「最後尾こちらでーす!」
「ラミキス、これより物販開始しまーす!」
フロアには甲高い声の少女達がいたるところで、大声でなにかを告知している。
少女たちを取り囲むように、俺と同期くらいの年から、大学生くらいまでのさまざまな世代の男たちがうろうろとフロアに佇み、みんなちらっとこちらを見ている。
その時、黄色いTシャツを着た短髪のガタイがいい30代くらいの男が声をかけてきた。
「美子ちゃん、新曲よかったよ」
「ええ? タムさんホント? 来週の対バンもまたきてね」
金髪の美少女は立ち止まって笑顔でそう返す。
「長束ちゃんも、ダンスだいぶ慣れてきたね」
男は笑顔でこちらに話しかけてきた。
この人だれだっけ……取引先にこんな人いたっけ?
「え? あははは」
俺はとりあえず得意の愛想笑いでやり過ごした。
「じゃあ、またね!」
金髪の美少女は胸元で大げさにバイバイと手を振ると、俺に目配せをした。俺は金髪の美少女のあとをついていく。
「お疲れさまー」
「また来週ね!」
「美子さま美人〜」
「わー長束ちゃん私服もかわいい〜」
フロアにいる大勢の人たちから、好意的な視線が全力でこちらに注がれているのがわかった。どこか恥ずかしそうだったり、嬉しそうだったりしながらみんなこちらを俺の人生で一度も経験したことのない、怖いくらいの注目を集めていることが、全身でわかる。
フロアを抜けると、そこは大勢の人でひしめく真昼間の秋葉原であった。一見見慣れた風景ではあったが、いつもより視界が低い。そしてやたらと人と目が合う。
俺は本当に、美少女になってしまったのかもしれない。
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