第83話 きっと、待ってるよね
――気を失っている者以外は逃げ出し、宴会場にはもう深夜子以外に動く人影はない。その深夜子は床にしゃがみ込んで、何かぼそぼそと呟きながら手を動かしている。
「うっ、ひぐっ……ごめんね。朝日君ごめんね。……腕時計……壊れちゃった。これ、全部集めなきゃ、全部集めたら……
その腹部には、いまだに鉄棍が突き刺さっている。ポタリ、ポタリ、と少しづつ血がしたたり落ちていた。すでに深夜子の足元には血だまりが広がりつつある。
しかし、深夜子はそれを気にも止めない。黙々と、腕時計の破片と部品をかき集め、時おり朝日への謝罪の言葉を呟き、涙を流す。ひとしきり集め終わった朝日の腕時計だった物たちを、大切そうにズボンのポケットへと詰めると、そのまま座り込んでため息をついた。
「はぁ、お腹……空いたな。朝日君とデザート、いっしょに……食べた……かったな……」
時折ふらりと、床に座って遊んだまま寝落ちする子供ように、かくんと頭が揺れる。
「……ん。眠いや。今、何時かな? ……あ、そだ。帰らないと、朝日君、きっと、待ってるよね」
愛する朝日の笑顔を思い浮かべ、深夜子は少し微笑む。それから、そっと、そのまぶたが閉じられた……。
――しばらく後。別館『
「――という訳で
「ひいいいいいいいっ!? みっ、みやっ、深夜子さんっっっっっっっ!? あ、貴女、その姿は、ちょっ!? 何があっ――ではなくて、きゅ、救急車をっ? びょ、病院をっ?」
ボロボロを通り越し、むしろなんで生きてるの? とまで思える深夜子の姿に、悲鳴を上げて混乱気味の五月。ところが、当の本人は両手のひらに壊れた腕時計の部品らしきものを乗せ、あっけらかんと、よくわからないお願いをしてくる。
「あたし、平気。だから
「あ、ああ貴女? そ、それの、ど、どどどどこが平気なんですのっ!? そ、そそそそそそそんなことよりも――――」
「
「ひいいっ!?」
それどころでは無い。と言いかけたら深夜子の目つきが死ぬほど怖くなった。超怖い。
「わ、わかりました。あ、朝日様の腕時計ですわね? なんとか、なんとかしますから」
「ほんと? 朝日君が起きるまでに。はよはよ」
「ちょ!? ええっ!? あ、いや、わ、わかりましたわ。なんとか……してみせますわ」
深夜子の目が『断ったら殺す! できなくても殺す!』と言っているように見えた。
「じゃあこれ。よろ――――ぷっしゅうー」
五月に腕時計の破片たちを渡した瞬間。深夜子は電池が切れたかのように床にぶっ倒れた。
「み、深夜子さあああああああんっ!?」
焦る五月に、床で転がっている深夜子が右手でサムズアップを決める。どこにそんな余裕があるのか?
「……ところで
「当たり前ですわあああああああっ!!」
ですよね。
それにしても、大丈夫なのか、大丈夫で無いのか。いやいや、廊下をのぞけば、深夜子の血痕は点々と見渡す限り繋がっている。やっぱり大丈夫なわけが無い。五月は救急対応可能で、かつ、優秀な外科医がいる受入先を必死に頭で検索する。
――そこに。
『ほら、やっぱり、ねえ!? 深夜子さん、帰ってきてるの?』
「「ふあっ!?」」
五月の動きが止まる。深夜子は危うく本当の意味で心臓が止まりそうになる。不意に部屋の奥から、朝日の声と足音が響いてきた。それを追って梅の声も聞こえてくる。
『お、おい、こら! 朝日。ちょ、ちょっと待てって言ってんだろ?』
現在の時刻は深夜二時を回ったところ。深夜子の戻りに不安を感じた五月が、朝日が起きてきたら引き留めるよう梅に伝えていた。読みはばっちりだったのだが、どうやら梅が失敗したらしい。
五月は床に転がる深夜子の状態を見る。……アウトである。これは絶対に優しい朝日は心を痛める。どころか、パニックになる可能性も大。なんせ同じMapsである自分から見ても、余裕で事件発生と呼べる有り様だ。
しかし、五月の頭脳を持ってしても、この場を無難におさめる手段は思いつかない。脳内ではすでに白旗が振られている。と言うか、すでに朝日は五月の背後に到着してしまった。その後ろにはあたふたするだけの梅。この
「お帰りなさい深夜子さん! お仕事大変だったね。えへへ。僕、声が聞こえて目が覚めちゃ――――ひっ!?」
深夜子の姿を見た瞬間に朝日は凝固する。――終わった。五月は現場から目をそらす。この後、どう言い訳をすべきか。いやいや、その前に、深夜子を病院に連れて行かないと本格的にマズい気もする。
「ただいま朝日君。ちょっと仕事、遅くなっちゃったかな? ふひっ」
なん……だと……!? 五月はあり得ないものを見た。なんと廊下の壁に手をついて、さらっと立ち上がり、深夜子が無駄に凛々しげな表情でしゃべっている。
先ほどまで、どう見ても死にそうな状態。余裕ありげなポーズで立ってますけど、今もお腹から鉄棍生えてますよね? オマケに血もしっかり流れ出てますよね? 五月は心の中でツッコミを入れた。
「あ、朝日君。あの、これ、おっ、お仕事中に流れ鉄棍に当たっちゃった。か、かすり傷! かすり傷だから――」
「あ……み、みや、みや……こさ――――ふうっ」
もちろんこれで
「ひいいいいいいっ!? 朝日様っ!? お、お気を、お気をたしかにいいいいいいっ!!」
「うおおおおおっ!? し、しっかりしろ朝日っ! み、深夜子!? なにいいいっ、お前もかあああああ!?」
「ぷっしゅうううう」
続けざまに五月と梅が慌てふためき、深夜子は再び床にぶっ倒れる。どう見てもやせ我慢の反動である。
「さっ、
「「ひえええええええっ!?」」
大丈夫じゃない。大問題だ。
――結果。パニック状態の五月が、男性総合医療センターに『男性が腹を刺されて意識不明』と言う。歴史に残る痛恨の緊急コールをかけるに至る。
不幸中の幸いか、ヘリ数台で現地に来たのは看護十三隊の隊長格。まあ、来ちゃったものはしょうがないと、深夜子も仲良く武蔵区男性総合医療センターへ搬送。男性医療の最先端、腕利きの外科医による緊急手術で無事、命に別状なしであった。
そしてお察しの通り、五月は五月でこれから約四十八時間。不眠不休のぶっ通しで、この
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