第64話 きちゃった

 ――心停止状態から目覚めた寧々音ねねね。その変化は劇的であった。

 吸い寄せられるように朝日の元へふらふらと向かい。自らその手を握りしめる。


「ああ……愛しい朝日お兄様! 私たちは今日から兄妹なのね」

「えええっ!?」


 先ほどまでとは完全に別人。朝日も驚きで言葉に詰まる。

 こんな妹が欲しいとは言ったが……。


「だから、私は今日からお兄様といっしょに暮らすことに決め――――あうっ」

 濃紅こいくれないのジト目をキラキラと輝かせ。飛躍した理論を語り始めた寧々音。

 梅がすっ飛んできて後頭部をはたく。

「ば、か、か、てめえ! どんだけぶっ飛んでんだよ? んなことが許されるわきゃねーだろ」

「痛いわね。私とお兄様の愛の語らいを邪魔しないで貰えるかしら? 脳筋平面体やまと先輩」


 や、ま、と、三文字へ含みたっぷり。梅がひくついた笑顔のあちこちに血管を浮き立たせる。


「てめえ……どうやら病院送りでここから退場したいらしいな?」

「ちょ、ちょっと、梅ちゃん。ケンカは駄目だよ」


 寧々音の胸ぐらを掴もうとする梅を、朝日が止めようしたところで――にゅっと後ろから手が伸びてきた。


「そこまでだ」

「「ふぎゃっ!?」」

 矢地の両手が、二人の頭をがっちりとホールドする。

「もう時間が無いと言っているだろう。大人しくして貰おうか」

「おい! ちょっと待て矢地!? このガキがうるさいだけで俺まで――」

「えっ? や、矢地教官。何をされ――」


「「ふんぎゃああああああっ!!」」


 梅と寧々音。二人を仲良くしたところで、矢地は依頼主にして男性保護大臣『六宝堂りくほうどう弥生やよい』へ手早く報告をすませる。

 朝日には、電話口で弥生から直々にお礼の言葉が贈られる。

 さらに――。

『ほんにありがとうよ坊や。お礼にこのババにできることなら、どんなわがままでも一つだけ聞いてあげるからね。いつでも言っておいで』

 ――と、謎のご褒美も進呈された。

 矢地いわく。冗談抜きで国の法律すら変えかねないので、ご利用は計画的にとのことだ。


 これにて特別訓練は見事成功? 任務完了となった。

 ……のだが、別れ際になっても、寧々音は朝日への妹アピールを欠かさない。

 引き離すのにも一苦労する有り様であった。

 まさにトラウマの鎖から解き放たれた妹属性肉食系女子。

 そんな寧々音に、朝日があれこれと言い聞かせている。


「――なので、ごめんね。いっしょに生活とかは無理だけど。メールくらいなら、ね?」

「む……それなら仕方ないわね……わかったわ。お兄様がそう言うなら」

 とりあえずメアド交換で納得させる。

「あっ、そうだ! それに僕の妹(認定)一人目は梅ちゃんだから。これからは二人とも仲良くしてね」

「おまっ!? 何言ってんだああああああ!!」


 梅、流れ弾直撃。この設定は朝日の中でまだ有効な模様だ。


「なああっ!? や、大和先輩……貴女、お兄様より年上よね? ま、まさかっ! 見た目がロリで中身がショタ? 悪夢。悪夢だわ。こんな変態がお兄様の側にッ!!」

「あっ、あねさん? …………ハッ!? まさか、朝日さんと兄妹プレイを……それはもう、人として許されるラインを踏み越えてるっスよ?」

「くおらああああっ、朝日がそう言ってるだけだっつーの! てめえら本気にしてんじゃねええええええ!!」

「やれやれ、賑やかなことだな。さあ笠霧、時間だ。行くぞ」

 

 梅への熱い風評被害はともかく。

 寧々音は朝日たちに向け、ビシリと指差しポーズを決める。

「私、決めたわ! 必ず一番で卒業してSランクになる。そして、朝日お兄様の担当になるわ!」

 と……矢地に引きずられながら宣言し。

「きっと迎えに行くわ。私の・・朝日お兄様あああああ――――」

 の……声を響かせつつ、訓練室から消えていったのだった。


◇◆◇


 午後四時三十分。ちょうど矢地が寧々音をM校へと送りかえした頃。

 朝日、梅、餡子の三人はエレベーターで移動中であった。


「あ、そうだ餡子ちゃん。今日って、この後の予定はどうなってたっけ?」

「あれ? 聞いてないっスか? 夕食を兼ねて、朝日さんの歓迎会があるっスよ」

 本日、午後五時よりもよおされる予定となっている。

「えっ、僕の歓迎会? そうなの?」

「歓迎会と一口に言ってもあれっスよ。ここのみんなは基本的にお祭り好きっスからね」

「へっ、どうせ上の連中が宴会したい口実だろ?」

「まあ、そんな感じっス」


 そう、男性保護省は警護課を中心に超体育会系女子の集まりである。この世界の・・・・・体育会系女子である。

 お察しいただきたい。


「へへん、おかげで俺らは堂々とタダ飯とタダ酒にありつけるってワケだ。朝日様々って奴だな」

 胃袋的にやる気満々の梅が笑顔を朝日に向ける。

「あはは。そうだね、梅ちゃんたちも楽しめるんなら僕も嬉しいし。いいんじゃないかな」

「うっし、じゃあよ。さっそく着替えてから会場に向かおうぜ。朝日を盾に飯と酒を確保すんぞ餡子!」

あねさん……それ絶対ひんしゅくものっスよ……」


 それぞれ思うことは違えど行動は同じ、着替えを終えた三人はすぐさま会場へ向かう。

 朝礼で使われた大講堂だ。


「うわっ、すごい。ここって朝に使ったとこだよね……?」

「おっ、なかなか本格的じゃねえか」


 学校の体育館を豪華にした場所。それが朝日のイメージだったのだが。

 今はまるで、ホテルのパーティー会場と見紛みまがわんばかりに改装されていた。


「うっし、始まる前につまみ食いに行くぞ」

「うえっ? マジでやるんスかあねさん……」


 しばらくの間。朝日に頼んではあれこれと食材を確保する梅だった。

 そうしているうちに、会場にはどんどん人が集まってきた。

 大講堂はかなりの広さがあるのだが、最終的には朝日たちと役職者など、一部の者以外は立食となる人数となった。

 会場内に男性保護省の全職員が集まってるのでは? と思えるほどだ。


 そして、朝日の歓迎会と称したパーティーがスタートする。


 会の責任者である矢地のスピーチから始まり、乾杯の音頭は流れで朝日が振られてしまう。

 ここで、照れと緊張から『きゃんぴゃいッ!』と可愛く噛んでしまった朝日。

 萌え尽きて卒倒するもの、鼻血を吹き散らすものが続出。

 ――が、そこはさすがの超体育会系。それすらもノリと勢いに変えて、宴会はとどこおりなく盛り上がっていった。


 食事も終わり、およそ酒の席に場が変わってきた頃合い。

 矢地が朝日に声をかける。


「えっ!? かくし芸大会……ですか?」

 朝日訪問が決まって、連日行われた課長会議。

 そこで検討されていたかくし芸大会。冗談抜きでまさかの実施。

「ああ、神崎君の前で披露できるとあって、各課の連中もはりきっていてな。色々と趣向も凝らしてあるので、是非楽しんで欲しい」

 会場が一気に盛り上がり、出場者たちへ声援が送られている。

 こいつら本気マジである。

「へ、へえ! それは楽しみですね。かくし芸かあ……」

 

 場の雰囲気に呑まれつつも、朝日は高校の文化祭的なノリを想像する。

 手品だったり、ちょっとした曲芸だったり、歌とか踊りもあるのかな? と…………。


 当然、そんなわけが無い。

 参加する連中は、選りすぐりの体育会系脳筋女子ども。

 目の前で行われたのは、朝日の想像を超越した"かくし芸"と呼ぶのもはばかられるものだった。


『――続きましては、有志五名による瓦斬かわらぎり競争です』

「えっ? か、瓦……斬り・・……? 割り・・じゃなくて?」

 朝日困惑。

「そうっスね。素手で瓦を斬って、切り口の鮮やかさを競うっス」

「えええええ!?」

「ま、かず割るのは誰でもできっからな」

「そ、そうなんだ……」


 ――他には。

「あっ、梅ちゃん。あれは僕でも知ってるよ。弓で頭にのせたリンゴを打ち抜くんでしょ? ……あれ? でも、あの弓なんか凄く危なそう……。それに距離も近いし……大丈夫なの?」

 見れば、射手からの距離は十メートルも無い。

 その上、手に握られているのはクロスボウである。露骨にわかる危険度に、朝日もドキドキだ。

「ん、何言ってんだ朝日? そんなんでかくし芸になるかよ」

「えっ!?」

「頭のリンゴを落とさずに矢を受け止めるに決まってんだろ」

「うええええええええっ!?」

「矢を受け止めるのは簡単なんだけどよ。頭のリンゴ落とさないのが難しいんだよな。あれ」

「……ちょっと何言ってるかわからないかな」

 

 以降も『含み五寸釘ごすんくぎ』他、世界のびっくり超人大集合的な『かくし芸』は続く。

 色々とドン引きしていた朝日であったが、途中からは開き直って楽しむことにした。

 こうして、歓迎会の夜は更けて行くのであった。


◇◆◇


 翌朝。

 本日は移動日に設定されており、朝日の男性保護省訪問は実質終了となる。

 混乱を避けるため、これまた開庁時間前の出発予定となっている。

 朝日は少し早めに朝食を取ってから、部屋で荷物をまとめていた。


「――――ん?」


 するとスマホが呼び出し音を鳴らす。

 梅からかと思って画面に目をやると、表示はなんと『愛LOVE深夜子たん』――もちろん、登録名称は深夜子のリクエスト。

 ひどいセンスだ。

 こんなタイミングで電話とは、何かあったのだろうか? と思い。急ぎ朝日は通話に出る。


「もしもし、深夜子さん。何かあったの?」

『ん゛あああああああああ! 朝日君の声ぇ。癒されりゅううううう!』

 開幕からご挨拶である。

「うえっ!? え、えと……み、深夜子さん?」

『ハッ!? あっ、ご、 ごめん。んと、朝日君。そっち何時に出発?』

「えっ、出発? 八時の予定だけど……」

『おおっ! もう一時間無い。らじゃ! ありがと。んじゃ切るね』

「あっ、うん。……変なの? 深夜子さんどうしたんだろ」


 深夜子からの謎な電話を終えて、疑問に思いながらも、朝日は再び荷物の準備を進めた。


 ――少し時間は経過して、ただいま午前七時四十分。

 帰宅準備もしっかりと完了。一息ついた頃合いで、部屋の呼び出しインターホンが鳴った。

 帰り支度がすんだ梅が迎えに来たようだ。朝日は荷物を手に持って扉を開ける。


「はいはーい。梅ちゃん僕も準備できて――」

「やっほー、朝日君」

「――えっ!?」


 ん? 幻覚かな? 朝日は今、自分に起こっていることが理解できなかった。

 たしか、電話を切ってから三十分くらいしか経過していないはず。

 それなのに、自分の目の前には、見慣れた黒髪セミロングの女性が見える。

 脳内に"?マーク"が渦巻く。

 しかし、間違いなく。猛禽類を思わす鋭い瞳を輝かせ、寝待ねまち深夜子みやこが、満面の笑みを浮かべて立っていた。


「ふひひっ、きちゃった」

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