第52話 遊園地と親心
時間は午後六時。改装時間中はディナータイムとなっている。
朝日たちのいるVIPルームには、座敷と呼ぶにはおしゃれなリビング風のスペースもある。
クッションやソファーにテーブルセット。壁面には大型モニターが設置されており、くつろぎなから観戦も可能となっている。
豪華な料理が置かれたテーブルで、朝日を囲んで深夜子たちは和気あいあいと食事中だ。
「はい、深夜子さん。あーん」
「ふへっ、おひょ、うへへ。い、いいの? 朝日君。ぬへへへへ。あ、あーーん」
さっそく深夜子が奇声――ではなく、照れ笑いらしき声を発している。
くねくねと身体をよじらせながら、朝日がフォークに刺して運んでくれるお肉をパクリ。
まさかの幸運。
本日、ディナーコースはステーキメイン。色々な部位が選べたことから「違う部位を頼んで交換しよう」と朝日が持ちかけてきた。
その時はなんとなく「いいよ」と受けたのだが、これが大正解。
数分前の自分にグッジョブしなくてはなるまい。
「ふはぁ、おっ、おいひい……と、とろけるっふぅ」
本当に上質で、とろけるように柔らかいお肉だ。でも、それ以上に表情筋がとろけちゃう深夜子であった。
なるほど、これがメシの顔!!
「ちょっと、深夜子さん! Mapsともあろう者がそんなはしたないマネを――って、なんですの? その何か言いたげなお顔は」
お肉を咀嚼しつつ、深夜子はジトっとした視線を五月に送る。
……自分だって、朝日の隣をしっかり確保してべったりのクセに。
「ふぁっふぃふぁって、ふぁふぁふぃ――」
「あっ、五月さんもどうぞ。はい、あーん」
ツッコミを入れようとしたところで、朝日が五月にもスッとお肉を差し出した。
「ふぇ? ……はひぇええええ!? わ、わわわわわ
最初は顔を真っ赤にして、あたふたとしていた五月だったが、ピキーンと天啓が走ったかのような表情に変わった。
あっ、これは――。
(そうっ、そうですわ! 本日ここに
――とか考えてるに違いない。
「は、はわわわわわわ。あ、あああ朝日様。んあ、あああぁ――」
ふにゃふにゃでれでれの顔で、五月が口をだらしなく広げて……。
――パクッ!
「ううーん、朝日ちゃーん。とーってもおいしいわー、ママ感激よー」
「お母様あああああっ!?」
ちゃっかり割り込んできた新月が、朝日の
「
「んなっ!? くっ……ひ、非番。そう、やっぱり今日は非番ですわ。非番にしましたわ。なので朝日様! さあ、五月に朝日様の愛をもう一度」
「ちょっと待って、今度はあたしが朝日君にあーんしてもらう」
「深夜子さん、何をおっしゃっておられますの! 順番から言えば
「ねえ、朝日ちゃーん。もっかいママにー、あーんしてー」
「え、あ、はい。あーん」
「「うおおおおいっ(ですわっ)」」
結局この後しばらく。
親鳥に餌を与えられるヒナ鳥のように、朝日のあーんを堪能した五月と深夜子、プラス四十四歳人妻である。
――少し時間は進んで、現在二十一時五十分。
「おう! 深夜子と五月も来てたのか?」
「お疲れ梅ちゃん。さすが!」
「大和さん……色々と言いたいことはありますが、まずはお疲れ様でしたわ」
「うっ……まあそういうなよ五月。面白かっただろ?」
「面白ければ良いってものではありませんわっ!」
五月のツッコミが響き渡るロビー。
すでに賭けプロレスは無事全試合終了。戻ってきた梅と合流して、宿泊予定のホテルへ移動中の朝日ご一行。
「梅ちゃん! 試合すごかったね。僕は最初やられるかと思ってドキドキしちゃったよ」
「何言ってんだよ朝日。俺が負けるわけねーだろ」
ご機嫌で朝日とハイタッチを交わす梅。
メインイベント決勝。運営本部は梅の対戦相手に切り札レスラー”
その目論見通り、当初は女帝優勢で進んでいた。かのように見えた決勝戦。
実際は梅が『ピンチを演出してから逆転する』エンターテイメントっぷりを発揮しただけで、結果は察していただきたい。
「大和ちゃーん。ほんと強いわねーびっくりしちゃったわー。まさか女帝に圧勝なんてー」
決して”
「
「んー、プロレスルールで梅ちゃんと戦うこと自体が自殺行為」
「まあ、あれだ。逆転はプロレスの美学ってやつだぜ! ……それによ。へへへ、ファイトマネーがまさか五百万とかよ。こりゃあうはうはじゃ――」
「や、ま、と、さ、ん」
懐から分厚い封筒を取りだして、したり顔な梅。――の前に、五月が引きつった笑顔で立ちはだかる。
「な、なんだよ五月?」
「あらあら、それは聞き捨てなりませんわね。ま、さ、か! 名誉あるSランク
「ぐうっ……そ、それは」
まあ、バレたら色々とやばい。
「それに、お母様から聞きましてよ。貧しい孤児院のお子様たちへ寄付なさるために参加されたのですわよね? 正義のお面”マスク・ド・ピカテュー”様は」
「ちょっ!? おい、そりゃ設定だ――」
「えっ!? そうだったの……? すごい! 梅ちゃん……かっこいい……」
「え?」
日頃あまりお目にかかれない、朝日の尊敬の眼差しが梅に突き刺さる。
「あ、え、うえっ? ……えーと――そ、そうだな。俺は、さ、さささ最初っからその予定だったぜ朝日。そんなの当たり前だろ! この大和梅様をなめんなってんだ。ご、ごひゃくまんくらいなんだってんだよ……へへ……ふへ」
(大和さん。意外と見栄っ張りですわね?)
(梅ちゃんは昔っから)
急に寂しくなった懐具合にしょんぼりとしながらも、朝日の賞賛を受けて、まんざらでもなさそうな梅。
賞金は五月雨ホールディングスを通じて、しかるべき場所に寄付されることになった。
しばらくして、ホテルのフロントに到着。
チェックインの書類を書いている梅に、こそっと新月が近寄ってきた。
(大丈夫やがな、大和ちゃん。例の手持ち金は、全額自分に賭けたったからな。明日にゃあ、きっちり振り込まれとるわ。しかも、倍率十倍超えとったけえの。二百万は固いで、安心せえ)
(マジかよ!? 助かったぜ五月の母ちゃん。へへ、それなら十分か……何より楽しめたしよ)
「ちょっとお二人とも……何をこそこそ話を、またぞろ悪巧みでも――」
「「してない、してない」」
「さ、さあ、今日は疲れたしよ。もう部屋で寝ようぜ!!」
◇◆◇
ホテルで一晩を過ごした朝日たち、翌日の朝食時間のこと。
突然、新月が帰り道での予定を発表した。
「はーい。今日はーおウチに帰る前にー、朝日ちゃんを遊園地に連れて行ってあげまーす」
「「「はいいっ!?」」」
あまりに脈絡の無い新月の宣言に、そろって声をあげる五月らMaps三人。
「えっ? 遊園地ですか?」
「そー、ここでーす」
新月から遊園地のパンフレットを手渡された朝日。
最初は何気なく目を通していたが、だんだんと表情が明るくなっていく。
「あっ、この遊園地すごい! ジェットコースター系がめちゃくちゃ充実してる」
「武蔵エクストリームランド。多彩な絶叫マシンがあるので有名」
前触れもなく、深夜子がひょいと朝日の後ろから顔を出す。
相変わらずこういった無駄な情報には強い。聞かれてもない説明までツラツラとはじめている。
「――で、朝日君。ここの目玉マシン”ヴァルハラ”はヤバい。フロアレス型な上に高さ、落差とも100メートル越えで、最高速度158キロの怪物」
「やたら詳しいな、おい?」
「そうなんだ……でも、ほんと面白そうだね」
梅も加わって、鼻息あらい深夜子にちょっと引き気味ながら盛り上がる朝日たち。
逆に難しそうな顔を見せる五月が、ツカツカと新月の側へ駆け寄る。
「ちょっとお待ちくださいお母様。遊園地ですって!? 少々こちらへ――」
「うおっ、なんじゃい五月?」
強引に新月の手を引いて、テーブルから少し離れたところで、五月がひそひそと話をはじめる。
(お母様……まさか、遊園地を貸し切るおつもりでも?)
(はあ? それじゃあボンが楽しめんじゃろうが。なんのために
(ちょっとお母様! この遊園地は男性福祉対応では無い施設ですわ。朝日様が一般の女性に混じって遊ばれるなど……何かあったらどうされるおつもりですの!?)
(おい、まだわからんのか? じゃからええんじゃ。五月? ……お前もボンの資料は頭に入っとるじゃろう。心配ならうちの連中も使え。そうすりゃ頭数に問題はなかろうが。ともかく、ボンが自然に楽しめる場所へ連れて行ってやれっちゅうことやがな)
(それは……それは、確かにわかりますが……)
(いつもこうせえとは言わん。できる時にはしてやれや。このままワシらのルールでボンを縛り続けりゃ、いつか破綻するで)
(――――っ!?)
新月の言葉。五月も心当たりがないわけでは無い。
元々、深夜子などは新月の考え方に近く、五月と意見が別れることが多々あった。
例えば朝日とのデート。自分の時でも、朝日と二人の行動に制限を設けなかったのは深夜子の意見だ。
その深夜子自身も、花火大会での神社の一件などは最たるものだろう。
(のう、五月……少しは頭を柔らこうせえ。このままじゃあ朝焼子の娘に先こされるぞ)
(うぐっ……で、でも
(ふーん、そうかい……ほれ、見てみい。あがいに嬉しそうに喜んどるボンに、お前は今さら連れてかんちゅうんか? あーあー、情けないのお……ワシの娘は男一人も喜ばせれん甲斐性なしじゃったちゅうわけか)
(んなぁ!? しっ、心外な! 朝日様のことを一番に想っているのは五月ですわっ! わかりましたわ。やってみせますわよっ! 朝日様を安全に、かつ、最っ高に楽しませて満足させて差し上げますわ!!)
(おう、ほうか! それでこそワシの娘じゃ)
◇◆◇
と言うワケで――こちらは『武蔵エクストリームランド』。
国内最大級の百万平米超の敷地面積を持ち、乗り物系を中心とした、九十八種類の豊富なアトラクション数が売りのテーマパークである。
平日だけにOL層を中心とした若い女性客メインだが、客入りは少ない。
休日なら必ず行列が発生するアトラクションも、待ち時間なしなので非常に快適。
そんな中、朝日が最初に選んだのは通称『バイキング』と呼ばれる海賊船を模した超大型ブランコ。
約20メートルにまで到達する高さと、急な角度からのフリーフォール感を味わえる絶叫系アトラクションだ。
「ちょ……向かいの席にいるのって男の子?」
「めちゃくちゃな美形……てか本物? なんで……普通に遊びに来てるの?」
「え? マスコットキャラ……とかでも無いよね?」
早くも朝日の存在に気づいた乗客たちに動揺が走しりまくる。
このような男性福祉対応では無い施設。実は男性が
よって、朝日が遊ぶになんの問題もないのだが……。
「ヤバッ、だ、だだだだだ男性が乗るとか、あ、ああああ安全確認」
「確か、どっかに、どっかに男性対応運用ガイドがががががが」
係員たちはみなパニックになっていた――その位のレア度なのだ。
「ねえ……それよりも……あんな可愛い子がこれからキャーとかワーとか言うの?」
「「「「「…………ごくり」」」」」
――アトラクション終了後。
「朝日君。次はなんに乗る?」
「そうだね。こんどはジェットコースター系にしよっか?」
「じゃあよ。もうちっと激しい奴にしようぜ!」
「あの……
ご機嫌な朝日と深夜子たち、それぞれの感想を話しながら、次のアトラクションへと向かう。
「だ、誰かーーっ、医療班をーーーーっ!!」
その背後では、係員からヘルプが飛ぶ。
「ひゃーって、うふふ、男の子が、ひゃーって……」
「可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い」
「声も……表情も……うへえへへはへへへ」
死屍累々。朝日たち以外の乗客は、全員が気絶ないしは放心状態となっていた。
当然ながら、この後も朝日が乗ったアトラクションは、ことごとくが一旦使用停止に追い込まれる。
しかし、乗客たちからのクレームは一切なく。むしろ感謝のアンケートが殺到したのは後日の話。
そんなこんなで、めぼしいアトラクションを終えた朝日たち。
残るは――。
このテーマパーク最大の目玉と言われるジェットコースター”ヴァルハラ”。こちらはそのコース下。
ベンチやテーブルが設置されているちょっとした休憩場所。
遊び疲れた女性たちが、ジュースなどを飲んで一息をいれている最中だ。
彼女らのはるか頭上では、ヴァルハラが高速で通過して、乗客の悲鳴やら歓声が響いている。
「ん……雨?」
「え? 嘘でしょ。こんな全然晴れてるのに……ん? あっ、ほんとに――」
空は雲もほとんどない晴天。
なのに、パラパラとベンチや周りに水滴の落ちる音がする。
一人の女性が、ふと湿ったその手を確認した途端に悲鳴を上げた。
「きゃあああああっ!! いやあっ、何これぇーーっ!?」
「ひいっ!? こ、こここここれ、血っ、血ぃーーっ!!」
あまりのことにパニックになりながらも、上空を見上げる女性客たち。
そこにはジェットコースターヴァルハラが縦横無尽に駆け巡る姿。
それと楽しげに歓声をあげている朝日たち、そして――。
「おっふ、美少年の悲鳴で耳が妊娠すりゅうううううう!!」
「あ゛あ゛ー美少年の悲鳴超やっヴェエエエエエエ!!」
朝日たちの座席より、前後方数名の女性客の鼻から流れでる歓喜の血が雨となって注いでいた。
フロアレス型ジェットコースターゆえの悲劇である。
――とまあ、女性たちのリアクションの豊富さはともかく。
そこは朝日にとって、忘れかけていた賑やかさ、楽しさがあった。
もちろん奮い立った五月たちと黒服らのサポートもあって、特にトラブルもなく、楽しい時間を過ごして遊園地を後にした。
余談だが、以降しばらくの間。
武蔵エクストリームランドには奇妙な噂が飛び交い、平日の入場者数が過去最高記録を叩き出したと言う。
◇◆◇
五月雨家に戻ってからもう一晩を過ごして、三泊四日『朝日の五月雨家お泊まり会』は終わりを告げる。
翌朝。新月に蘭子と黒服、メイドたちが集まった屋敷の玄関前で朝日たちが帰宅前の挨拶をしていた。
深夜子と梅は、せっせと車へ荷物を積んでいる。
帰り道は送迎ではなく、新月から五月に『乗って帰れ』と、高級ミニバンの新車が一台用意してあった。
その新月はと言うと……。
「う゛……う゛……う゛え゛え゛え゛え゛ん! 朝日ちゃーん。ママさみしいわー、帰らないでー、お家にいてー、ここで暮らしましょー、もしくはー五月ちゃんのお婿さんになってーーーっ!」
白色を基調としたお姫様ドレス姿で号泣しながら、朝日にしがみついていた。
「お母様ああああッ! 本当に、本当に恥ずかしいですから、これ以上はお止めくださいませええええっ!」
「もー! さみしいものはー、さみしいんですー」
五月に引き剥がされると、ブスッと不満げな表情を見せる新月。
だが――。
「あの……五月さんのお母さん」
「あら、どうかした――――ふえっ!?」
新月が目を丸くする。朝日が突然、深々と頭を下げたからだ。
「……あ、朝日ちゃん?」
「あの……あらためて海土路君との件。それから、色々と楽しいところに連れて行ってもらって、ありがとうございました。あと、僕は子供だから……その、あんまりわかってないですけど……。見えない部分でたくさん助けてもらっているのはなんとなく理解できます……」
そして、朝日はきゅっと新月を抱きしめる。
「本当にありがとう――
「なっ!? ……ボ、ボン?」
「……先のことは、まだすぐに答えを出せそうに無いですけど……。もし、深夜子さん、五月さん、梅ちゃんがいなかったら、今の僕は笑っていられなかったと思います。だから――しっかり考えますね!」
笑顔でそう言った朝日は、五月を連れて深夜子たちの待つ車へと小走りで去っていく。
しばらく目を見開いて固まっていた新月だったが、ふっと微笑み、それから軽くため息をつく。
「そっかー、ありがとねー朝日ちゃーん。ママも楽しかったわー。これからはー、ここを自分のお家だと思ってーまた遊びに着てねー」
満面の笑顔浮かべ、朝日たちが乗る車へと向けて手を振る。
「はーい、ありがとうございます! それじゃあ、皆さんお元気でーー!」
「「「「「坊ちゃーーーん、また来てくださいねーーーっ!!!」」」」」
それから朝日たちの車が見えなくなるまで、新月と蘭子、黒服にメイドたちは手を振り続けた。
「ふう……
「ところで社長」
「ん? なんじゃい」
「この四日間。経推同盟の会合以外、全ての商談アポをキャンセル、かつ業務放棄いただきましたので――」
「なにいっ!? ちょっ、ちょっと待てえや。少しくらいボンとの別れの
「はっはっは、社長! 心配ご無用にございます。
蘭子に引きずられて、新月は車の後部座席に乱雑に放り込まれる。
即座に両脇を黒服がガッチリガードして準備万端。
「ちょっ!? ――おい? ――こら?」
あわれ新月。悲しそうな瞳で、五月雨ホールディングス本社ビルへと運ばれてゆく晴天の昼下がりだった。
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