第51話 闘え!正義のお面レスラー
午後二時三十分、館内にアナウンスが流れた。
『本日のご来場、誠にありがとうございます。当会場のイベント案内をさせていただきます。四階特設イベント会場にて、プロレスショーを午後三時三十分より開催致します。なお、メインイベントからご観戦希望のお客様は――』
そんな中、こちらは六階のゲームセンターで、何故か対戦格闘ゲームにハマっている朝日。
日頃、深夜子としている練習の成果を――いや、アーケード筐体でする通信対戦は久々で新鮮だったのだ。
朝日はゲームを続けながら、アナウンスされている賭けプロレスの案内を聞く。
まずは前座扱いで予選が実施され、賭けの対象となる本選は、夕方からディナー形式であるとの説明だ。
「ん? 梅ちゃんどうかしたの?」
隣の椅子に座っている梅。放送が流れてから少しそわそわしている。
不思議に思い、ゲームをプレイしながら確認する。
「ん? ああ、ちょっとな――おっ、五月の母ちゃんが戻ってきたみたいだぜ」
微妙な反応の梅だったが、ちょうど新月たちが六階に到着したことに気づく。
「ほんとだ。じゃあ梅ちゃん行こっか」
ゲームを終了して、朝日たちは新月の待つロビーへと向かった。
「朝日ちゃーん。どーですかー、楽しめてるかしらー?」
「そうですね。ここは春日湊よりも色々あって……と言うか、向こうは行ってもあんまり人がいなくて――はは」
一度、深夜子らに連れていって貰った遊興施設。
あまりに閑散たる状況で、全く楽しめなかった記憶に朝日は苦笑いする。
それだけに、今日はとても楽しめていた。
パッと笑顔を輝かせて、新月に喜びを伝える。
「だから、ここには本当にびっくりしました! 男性でも遊べる場所なのに、女の人もずいぶん多いから……その、やっぱり賑やかなのって凄くいいですよね!」
朝日にとって、男性保護省の関係者以外の女性と交流するのは実に久々であった。
何分ここは財界人関係者限定の社交場だ。
しっかりと男性の安全確保がなされた上で、健全な男女交流ができる機能を合わせ持っている。
ここに来ることができるのは、財界人の家族や関係者など、身元の確かな女性ばかり。
そうは言っても、女性たちの最終的な狙いは一つだけ。
朝日への粉かけ具合は半端でなく、梅と黒服たちは終始大忙しであった。
まあ、最終的には一人でゲーム筐体の通信対戦に没頭してくれたので、一息付けた梅たちである。
「そうなのよねー。男の子がのびのびできる場所ってー、お
「はい、五月さんのお母さん。僕のために気を使ってくださってありがとうございます」
「あらあらーまあまあー、朝日ちゃんはいい子ねー礼儀正しい男の子ってそそる……いや、素敵だわー。いいのよー、よそよそしくしなくてもー。ママのことはママって呼んでくれれば――」
目を輝かせた新月が、朝日の手を握ってスリスリし始めたところで……。
「呼ばせねーよ!」
梅が首根っこを掴んで引き剥がした。
「んもー、大和ちゃんたらーわかってますよー」
ぷーっ、と少し不満そうなふくれ顔を見せた新月。四十代ですけどね。
「はーい。それじゃあ、みんなー、これからプロレスのイベント会場に行きますよー。観戦席にディナーも予約してありますからねー、五月ちゃんたちもー、その頃には到着すると思いまーす」
ふにゃりと顔を和らげ、新月はやたら気の抜ける号令をかける。
かくして、朝日御一行はイベント会場へ向けて出発となった。
◇◆◇
少し時間は経過して、午後四時を回った頃。
イベント会場のある四階へ向かうべく、バタバタと階段を駆け上がる影が三つ。
五月、深夜子、蘭子の三名である。
「ハァ……ハァ……。やっと……やっと着きましたわ」
「大丈夫ですか? お嬢様。ずいぶんお疲れのご様子」
「てか
「しっ、仕方ありませんでしょっ! ここには五月雨家の者として来ているわけですから、ご挨拶をいただいて無下には――」
肩で息をしながら、困り顔の五月。
なんとか少し早めに到着はできたものの、何分場所が場所。
道中、新月の顔見知りに蘭子が呼び止められて挨拶をする。
すると、相手の『そちらの方は?』に始まり『なんと五月雨のご息女でいらっしゃる!?』の流れが発生する。
必然会話は長引き、それを繰り返すこと数回。この時間になってしまった。
ともあれ、新月たちがいるイベント会場になんとか到着。
四階はワンフロア丸々が、円形コロシアム風のプロレス観戦場になっている。
中央にあるリングを観戦席がぐるりと囲む形で、二階席、一階席、それとリング近くにVIP席としてガラス張りの個室が設置されていた。
新月たちがいるのは、もちろんそのVIP席の一部屋だ。
「おまたせしまたわっ、朝日様! 貴方の、貴方の五月が参りましたわーーっ!」
「やっほー、朝日君おまた。どう楽しかった?」
「あっ、五月さん、深夜子さん。二人も到着したんだね」
五月と深夜子。入室と同時に朝日の元へとすっ飛んでいった。
一方で蘭子は黒服たちを労いつつ、新月の前で一礼。
「社長。お待たせしました……が、お嬢様のお世話ならば、事前にお申し付けいただければよろしかったかと……」
「まあ、そう言うなや。五月のヤツが事前に知ったらうるさいじゃろうと思うて――」
「お、か、あ、さ、ま」
「う゛っ」
五月は新月の背後に立ち、腰に手を当てて威圧感たっぷりに声をかける。
額の血管がぴくぴくして、おのずと引きつった笑みが浮かぶ。
なんだか眼鏡も、嫌な感じにキラーンと輝いている気がする。
その気配を感じとったのか、ふり返った新月は、両人差し指を両頬び当てして……。
「あれー、五月ちゃーん。遅かったわねーママさみしかったわー。きゃぴっ♪」
「何がっ!? 何が『きゃぴっ♪』ですのおおおお!?」
このバカ親! 思わず新月の襟をつかみ、ガクガクと揺さぶってしまう。
「ぬわああっ!? こっ、こら五月、着物が崩れるがなっ。そう興奮すなや」
「これが興奮せずにいられますかっ、お母様っ! そもそも、朝日様を連れ出すどころか、
ここで、ふと梅の姿が無いことに気づいた五月。ぐるりと部屋を見渡す。
奥側の席では朝日と深夜子がプロレス観戦。部屋のあちらこちらに黒服たち、自分の近くには蘭子と新月。
あれ? ……やはり梅の姿が見当たらない。
「なんじゃい五月。ほれ、大和ちゃんならあそこじゃ」
「はっ?」
思わず五月は、新月が指差した先を見て目をこする。
そこは現在プロレスの予選が行われているリングの一つ。
ちょうど試合開始直前だったらしく、各コーナーにレスラーが登場している最中だった。
一人は顔にペイントを施した、身長185センチほどの筋肉質なダイナマイトボディ。
これぞ女子プロレスラー、と言える体格の持ち主だ。
もう一人は、どこかで見た記憶のある150センチ以下の小柄で中学生並みなお子様ボディ。
雷模様の入った黄色のレスリングスーツに身を包み、同じ柄をしたマスクで、鼻と口元以外は隠れている。
さらにそのマスクの上には、夜店で売っている子供に大人気のモンスター、黄色いネズミのお面が装着されていた。
えーと、……なんですかね。これ?
そのなんとも言えない姿に、思考停止する五月。
そこへ、アナウンサーによるレスラー紹介コールが流れる。
『さあ、予選二回戦。もちろん注目は衝撃のデビューを飾った謎の覆面レスラー。――身長149センチ、体重49キロ! 小さなボディからは想像もつかない脅威のパワー。一回戦を秒殺KO勝利……お面の戦士ぃぃぃっ! マスク・ド・ピカテューーーーッ!!』
………………。
「あっ、あああああの
ダメだ……あらゆる意味でダメだ。あまりの脱力感に五月はその場でがっくりと膝をつく。
対象的に、朝日と深夜子は対戦相手のコールが流れる中、ご機嫌で『マスク・ド・ピカテュー』に声援を送っている。
そんな朝日たちに複雑な視線を送っていると、肩に誰かの手がそえられた。
「あらあらー、だめよー五月ちゃーん? あれは大和ちゃんでなくてー、恵まれない孤児院の子供たちにーファイトマネーでプレゼントをするー正義のおめ――」
――ぶちんっ、五月の脳内で何か切れた音が響いた。
「誰がっ……誰が設定の話をしてますかぁーーっ!!」
「うおあっ? こらっ、五月!?」
「「「お、お嬢様ああああああっ!?」」」
マスク・ド・ピカテューたちと同じく、こちらでも試合開始のゴングが鳴り響く。
開幕と同時に、ネック・ハンギング・ツリーを新月に仕掛ける五月であった。
――怒れる五月VS新月による場外乱闘の決着がついた頃。
梅はあっという間にニ回戦も勝ち進み、決勝戦へと進出していた。
今、朝日たちがいる個室型VIP席。ここは奥一面がガラス張りのカウンター席となっている。
しかも、リングを近くで見下ろせる場所に設置されているので、非常に迫力ある観戦ができる。
そのカウンター席に隣り合わせで、座る朝日と深夜子。もちろん梅の出番待ちだ。
――ガシャン。
突如、予選決勝のリングがライトアップされ、同時に機械音が鳴り響いた。
「うわっ、深夜子さん。あれ!?」
「おおっ! これは金網デスマッチ」
驚く朝日が指さす先を見て、深夜子も声をあげる。
なんと天井から、吊り下げられたスチールゲージがリングを囲むように降りてきた。
設置完了にあわせてアナウンスが始まる。
『さあ、お待たせしました。これより予選決勝戦。このリングではピックアップマッチとして、注目のレスラー、マスク・ド・ピカテューが金網デスマッチへと挑戦します! では、選手入場ーーーっ!!』
会場の観客たちも盛り上がりはじめた。声援と口笛が飛び交う花道。
アナウンサーの紹介コールにあわせて、マスク・ド・ピカテューこと梅がリングへと進む。
颯爽とした足取りで金網の扉とロープをくぐりぬけ、リング中央へ到着。
――バチンッ!
と、ここで照明が落とされて会場がざわめく。
もちろんこれは演出。続けて、派手なカラーライトが対戦相手の花道を照らし出す。
爆音でテーマ曲と思われるBGMが鳴り響き。ドライアイスの煙の中から、赤いフードに身を包んだ巨体が姿を現した。
「うわっ、深夜子さん見て! 梅ちゃんの対戦相手の人……あんなに大きいの?」
「朝日君、心配しなくても大丈夫。梅ちゃんだし」
深夜子の謎な大丈夫理論はともかく。梅が心配な朝日、リングから目が離せない。
観客の反応から察するに、巨体の対戦相手は人気があるレスラーなのだろう。
アナウンサーがよりテンション高く、紹介コールをはじめた。
『――注目の金網デスマッチ。その牢獄に囚われた149センチ、49キロ”小さなチャレンジャー”マスク・ド・ピカテューに対するは――この夏、不慮の事故で右手首を骨折して暫しの休場。しかし、ファン待望の復帰を果たした”打撃殺しの肉体”身長203センチ、体重218キロ! ボンレス
大きな観客の歓声。熱気に包まれた花道の上で、ボンレス公子はフードを投げ捨て、巨体をさらす。
丸々とした肉体を包むピンク色のレスリングスーツ。スキンヘッドながら、人の良さそうな恵比寿顔。その両目にはハートマークのペイントが施されている。
飛び交う声援に応え、にこやかな笑顔で『困ったことがあったら、な~んでも言ってくださ~い』とマイクパフォーマンスをしながらリングへと向かう。
アサウンサーの説明によると、ボンレス公子は巨体を駆使した豪快なレスリングとは真逆に、優しさあふれるおだやかな物腰が人気のレスラーなのだそうだ。
ちなみに本業は男性警護業と噂されている。
『おおーーーっと! ここでボンレス公子がパフォーマンス。なんと、セコンドに指示をして、ゲージの扉に大きな錠前を付けたあーーーっ! さらにっ、外から鍵を掛けさせてせているぞーーっ!! まるでお前は私の獲物だ。もう逃がさないぞ、とでも言わんばかりだーーっ!? あーーーっと、さらにっ、扉の鍵がセコンドからボンレス公子に手渡される。これはーーーっ!?』
にやり、と笑みを浮かべ。公子は指でつまんで鍵を吊り上げる。
それをまざまざと梅に見せつけてから、マイクを使って煽りを入れる。
「ふぉ~ほっほっほ、オチビちゃん。なかなかの強さのようですが、私と当たったのが運のツキですね~。さぁ~、逃がしませんよぉ~!」
つまんだ鍵を、公子は口の上へと持って行く。
かばっと口をあけ、ベロンと出した舌の上へ鍵を乗せると――。
『飲み込んだぁーーーっ!! これは強烈な意思表示! 絶対に獲物は逃がさない! 自分を倒さない限り逃げ場はないぞ! その決意とも言える行為! まさに、まさに金網デスマッチ! そして、ここで運命のゴーーーーングッ! ボンレス公子VSマスク・ド・ピカテューのガチンコ対決スターーートだぁ!!』
朝日たちと観客の声援入り交じる中、試合は公子の先制攻撃からスタートした。
「ふぉ~ほっほっほ! まずは小手調べですよ~オチビちゃん。この私の張り手を受け止められますか~~? ぬううんっ!!」
ドカドカと巨体をゆらして、公子が助走をつける。
リング中央。がばっと左腕を振りかぶり、体重218キロを乗せた張り手を梅へと叩きつけた!
「へっ!」
もちろんプロレスルール。相手の攻撃は受け止めるのが基本だ。
が、公子は違和感を感じる。今、奴は鼻で笑った?
しかも、微動だにしない。完全なノーガード状態。
豪快な張り手が、梅の無防備な顔面に直撃する。鈍い激突音が響き渡り、観客席から悲鳴や歓声が巻き起こった。
そして――!
「いっ、いてえよぉ~~~っ!!」
自分は鋼鉄の塊でも殴ったのか?
そんな錯覚に襲われるほどの衝撃と激痛が、公子の左手に返ってきた。
そして驚愕。
気がつけば、目の前にはノーダメージだと言わんばかりに、肩をぐいぐいと回しながら距離を詰めてくる梅の姿!
「んだよ。どっかで見たことあると思ったら、チャーシューじゃねえか? 右手治ったのかよ」
「なぁっ!? ちょちょちょちょちょ、そそそそその声は!?」
まさかの一言。公子の脳裏に恐怖がよみがえる。
右手、右手首を開放骨折した夏。自分どころか圧倒的強者である
「おいおい、せっかくの予選決勝だってのによぉ。チャーシューが相手とかテンション下がんな」
「きいいいやああああああああーーーっ!!」
『あーーーっと! どうしたボンレス公子!? 突然走り出して金網にすがりつき、狂ったように泣き叫んでいる! これは新しいパフォーマンスなのかぁ! おっと? そして、扉に向かって……開けようとしたーーーっ!? 自分が鍵を閉めさせたんじゃないのかぁーーー!? 当然開かない。すると、今度は、しゃがんで? なんとーーっ! 吐いたぁーーっ!! 嘔吐だぁーー!! ストレスか? ストレスなのか? まるで毎週の月曜日。出勤前のサラリーウーマンのようだあーーーっ!!』
「どうしたよ? ああ、鍵を吐き出したいのか。いいぜ顔見知りのよしみだ……しっかり吐き出させてやんぜっ!!」
ニヤリと口元をゆがめ、ボキボキと拳を鳴らしながら、怪物が近づいてくる。
その姿に、ただ絶望をする公子であった。
――さて、一方でこちらは会場の裏側。
丸だ――ボンレス公子が、非常に気の毒な目にあっている頃。大会運営本部は騒然となっていた。
「なんだ……なんなんだ、あの化け物は?」
「ちょっと……一回戦。パイルドライバーで、相手がマットにめり込んでるんだけど? 漫画でしか見たことないわよ。こんなの」
「あの……二回戦の決まり技。ラリアートした方が骨折TKOって、どういうこと?」
「誰が連れてきたんだよ? 強いとかそんなレベルじゃないぞ」
「そ、それが五月雨ホールディングス関連企業の推薦枠で参加らしく……」
「さっ、五月雨だぁ!? と、とにかく……アレの戦いを見たレスラーたちが次々対戦拒否を。このままではメインイベントが組めません」
「くっ……仕方あるまい……奴を使うぞ」
「なっ!?
「……かまわん。マッチが組めなかったらそれこそ大事だ。やむを得ない。化け物には化け物だ」
などと、そんな相談が行われている間に金網デスマッチの(主に衛生面の)惨劇は幕をおろす。
その他のリングでも、予選決勝は次々と終了。
ここで
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