第6章 おいでよ!男性保護省の巻

第53話 梅ちゃんとデートします

 暦は十一月下旬。

 五月雨家への訪問を終えてから、約二ヶ月が経過していた。


 五月雨家に滞在中、新月わかつきが残した影響は大きく。朝日との常識の違いに対する深夜子ら三人の理解もずいぶんと進んだ。

 この二ヶ月で、朝日と深夜子らの距離感は、さらに縮んだと言えよう。

 その分、後戻りできない『美少年と理想の甘い生活』っぷりはより加速。すでに、この警護任務こんかつの成否は三人にとって『生か死か』と呼べるものになっていた。

 うん、頑張れ。


 さて、話を進めよう。

 ここが日本であれば、そろそろ師走――年末年始へ向けてあわただしくなる時期だ。

 十二月の日本と言えば、クルシミ――クリスマスと呼ばれる地球上で最も趣旨を履き違えてしまった性なるイベントがある。

 ……が、無論この世界には存在しない。


 十二月二十四日、二十五日は平日である。大切なことなので二度言うが、ただの平日・・・・・である。


 ……それはともかく。

 この世界における年末年始とは、どんな物なのかを簡単に説明しよう。

 この世界には『国納め、国始め』と呼ばれる日本の大晦日、お正月にあたる行事がある。

 日本よりも、より新年を祝う傾向が強く。十二月中旬から、大晦日にあたる『国納めの日』までは、一年の疲れを癒す意味で学校や会社の大多数が休みに入る。


 そして、年明けの『国始め』。いわゆる正月三が日を盛大に祝う。

 まさに国を上げての祭りが三日間続く一大イベントだ。

 さらにその三が日以降も、一月中はあれこれと精力的な行事が連発となっている。


 ――と、年末年始の違いを話題に、現在朝日家は夕食の真っ最中だ。

 本日のメニューはトンカツにエビフライ、小鉢はキムチとひじきの煮物。それに油あげと豆腐、ネギのみそ汁となっている。

 もちろん、すべて朝日の愛情たっぷりの手作り。

 食事中とは言え、保護男性の警護任務中……のはずだが、傍目はためには美少年に餌付えづけされた社会人女性が三人いるだけにしか見えない。


 そんな中、ふと朝日が何かを思ったらしく話題を変えた。


「あっ、そうだ。あの、来週だけど。僕、梅ちゃんとお泊まり・・・・デートして来まーす!」

「へぶぼはああああああっ!!」


 突発的な朝日の宣言ばくげきに、梅の口から咀嚼そしゃく中のご飯とキムチが豪快に吹き出される。

 もちろん向かい正面は――。

「いやああああっ! ごは――ん? キ、キムチ!? ちょっ、しみっ――め、目があああああああ!!」

 ――五月である。


「うぇっほ! ……げえっほ! ……うおおおおいっ朝日ッ!? てめえ、突然なんてこと言いやがる!」

「えっ? だって、僕と来週デートの約束したでしょ」

「あっ! ……うっ……あれは、その、あれだ」


 何やら身に覚えがあるらしい梅がしどろもどろになる。

 と、そこへ。洗面所で顔を洗い終えた五月が、凄まじい勢いで戻ってきた。


「おっ、おおおおおお泊まりデートぉ!? ちょーーーっと大和さん!? 聞き捨てなりませんわよ。いったいどういうことですの? ――ハッ、まさか……まさか貴女、朝日様に何か!?」

「ちっ、ちげえよ。そうじゃ無くてよ――」

「あはは、ごめんなさい五月さん。冗談ですよ。ちゃんと理由がある――って、あれ? 深夜子さん?」


 朝日は先ほどから不自然に静かな深夜子へと目をやる。

 無反応かと思えば、箸と茶碗を手に持ったまま、猛禽類のような目を大きく見開いて固まっていた。

 その目は恐ろしく虚ろで焦点があっていない。さらに口元から、聞き取れないくらいの小声の呟きとよだれが漏れている。

 ちょっと怖い。


「……な…………君」

「えっ? 深夜子さん何か――――ひいっ!?」


 突如、テーブルの対面に座っていたはずの深夜子が、瞬間移動でもしたかのようなスピードで目の前に。

 しかも、朝日の手を握ってハラハラと涙を流している。

 とても怖い。 


「くうっ……なんて可哀想な朝日君。梅ちゃんに、人に言えないような弱みを握られたんだね? それからお泊りの時にあーんなことや、こーんなことをする約束……させられちゃったんだね。おのれ羨ましい、いや恨めしい」

「は? え? 深夜子さん何を――」

 朝日が話し終わる間もなく。深夜子と梅の視線がぶつかり合い、火花が飛び散る。

「梅ちゃん……ゆ゛る゛せ゛ん゛!!」

「アホかぁ! どんな想像力してやがんだてめえっ!?」


 そう言うや、空中で深夜子と梅の飛び蹴りが激突!

 そのまま交差してから着地をする。

 お互いが向かいあった瞬間に、深夜子はジャージ、梅は綿パンの蹴り足側がちぎれ飛ぶ。


「ふっ……庭へ行こう。久しぶりに……キレてしまった」

 ピキピキと深夜子のこめかみに血管が浮かぶ。

「へっ、ちょうどいいじゃねえか……養成学校がっこー時代の決着けり――つけてやんぜ!!」

「ちょっと!? 深夜子さん! 梅ちゃん!」

 そろって庭へと出て行く二人を止めようと、あわてて席を立った朝日の肩に、そっと五月の手が添えられた。

「えっ、五月さん?」

「はいはい朝日様。お二人おばかさんは放っておいて、わたくしに理由をご説明いただけますか?」

「えええ? さ、五月さん? ちょっと、二人を止めないと!」

「大丈夫ですわ。食事も途中ですから、お腹が減ったら戻ってきますわよ。放っておいてくださいませ」

 と、五月はにっこり。

「そ、そうなんだ……」


 半信半疑ながら、五月に促された朝日はテーブルへと戻る。

 が、庭からは深夜子と梅の口喧嘩の声と激しい激突音が響いてくる。

 本当に大丈夫かと心配していたが、五月の言った通りしばらくすると、何事も無かったかのように二人が戻ってきた。

 もくもくと食事を再開するお互いボロボロの深夜子と梅に。朝日、苦笑いである。


◇◆◇


「「社会見学ぅ!?」」


 食事の後、リビングルームで朝日が説明を終えたところ、深夜子と五月が口を揃えて聞き返す。


「うん。深夜子さんたちってさ、月に一回本部に行ってるでしょ? 僕、一度ついて行って見たかったんだよね」

「朝日君。なんで梅ちゃんと?」

「そうですわ。それに、わざわざMapsの本部などを見学されるなんて……」

「えーと、それに僕さ。朝のジョギング以外で、梅ちゃんと二人で出かけたことって無いでしょ。だから、ちょうどいいと思って……」

「ま、まあ、そう言うこった」


 多少ギクシャクしながらも、正統性を主張する梅。理由はこうだ。


 深夜子と五月。この二人は以前のデート以来、非番の時に誘ったり、誘われたりで朝日とのデートを目ざとくゲットしていた。

 しかし、梅は奥手な性格が災いして、恥ずかしさから朝日を誘うことができなかった。

 その上、朝日からの誘いも変な強がりで断ってしまい、ことごとくチャンスを潰している。

 そもそも、毎朝の二人でジョギングと言う圧倒的アドバンテージを活かせていない時点でお察しではあるが……。

 もちろん梅だって、内心は朝日とデートしたい。したくてしょうがない。


 そんなわけで最近、ある日のジョギング中にやっと話を切り出したのだ。


『あのよ、朝日』

『ん? 梅ちゃんどうかしたの?』

『いや、その……あ、あれだ。今度、暇だったらよ。たまには深夜子ら抜きつーか、あいつらも最近はたまに非番の時につーかよ……その……』

『んー、えっと……梅ちゃん。もしかしてデートに行きたいの?』

『ばっ!? そ、そそそそんなんじゃねえよ。俺はよ……そ、その、お前が良ければ、いっしょに遊びに行ってやっても……いい、なんだけどよ……』


 とまあ、本人なりには精一杯のアピールなのだが、とにかく遠回しな上、変な強がりが入るので話が進まない。

 最終的には空気を読んだ朝日が、自分から梅をデートに誘う流れで決着。その結論が『社会見学デート』なのである。

 

「「……なるほど」」

 深夜子と五月から、恐ろしくジトッとした目線が梅に送られた。

「おいちょっと待て! なんだよ、その目は!?」


 ――それは最後のセリフが『ま、まあ朝日がそうしたいんならしょうがねえな! い、いいぜ。どっか行きたいとこあんなら、お、俺が連れてってやんぜ』でしたからね。


「それで……経緯いきさつはわかりましたが、大和さん。貴女、本部の許可は取っておられますの?」

「あん? なんだそれ? 別に朝日を連れてくだけじゃねぇか」

「なわけありませんわよね!? 定例業務の調整! 事前申請に同行理由! 男性の宿泊手続きと提出書類! 普通に大変ですわっ!!」

「そうかよ。じゃ、頼むわ五月」

 ザ・マルナゲドン。

「はぁ……やれやれ、仕方ありませんわね。もう大和さんったら――とでも言うと思いましたかーーっ!!」


 怒り狂って梅に掴みかかる五月だが、ふと服の裾が引っ張られるのに気付き、そちらへ振り返る。

 そこには、上目遣いで五月を見つめる朝日の姿。


「ご……ごめんなさい五月さん……僕、書類書くの手伝いますから」

「ふあああぁっ!? 朝日様っ!? そそそそそんな必要ありませんわ。朝日様は何もっ、何もする必要はありませんのよ!!」

「でも、大変なんでしょ?」

 ここでちょっと目を潤ませるのがポイント。あざとい。

「あ゛あ゛あ゛あ゛……あっ! そ、そうですわ。この脳筋おばかさんに、手続きなど任せては大変と言う意味ですの」

「おいこら、だれが脳筋ばかだ!? だれ――がふっ」

 間髪入れずに、梅の頭に五月の肘鉄が決まる。

「朝日様ご安心を、わたくしにとっては『HBの鉛筆をぺきっと二つに折る程度』の簡単なことですわ。すぐに完了させてきますの。オホホホ――」


 お上品な笑いと共に、梅を引きずり自室へと風のように駆けて行く五月であった。


「うーん。五月さっきー、見事なチョロさ……ところで朝日君」

「え? うん。どうしたの」

それ・・五月さっきーママでしょ?」

「あー、やっぱわかっちゃう?」

 イタズラっぽい笑みを浮かべる朝日。だが、すぐに真面目な表情に切り替えて深夜子を見つめ返す。

「でもね、深夜子さん。……確かに五月さんのお母さんに勧められたのもあるんだけれども、僕なりに考えて梅ちゃんには頼んだんだ。あのさ、この世界のこと……みんなの仕事とかもだけど、本当に色々知りたいと思ってるんだ」


 朝日は真剣に語る。

 実は五月雨家を訪れてから、新月とちょこちょこ連絡を取り合うようになっていた。


 ほとんどは他愛もない内容のメールだが、梅とのデートの件を話題にしたとき、新月から提案があった。

 買い物や遊びばかりでなく、社会を見るのも良いのでは? そう勧められた。

 Maps本部である男性保護省。確かに安全面に関して完璧な上、朝日にとっては新鮮味ある社会見学となる。


「朝日君……」

 朝日の思いを感じとり、深夜子も納得したかのように軽く微笑む。

「あっ、それに仕事の場所だけじゃなくて……(Mapsとしての)深夜子さんのことも、もっと知りたいと思ってるよ」

「ふへえええっ!? あ、ああああああたしのこと???」

 朝日の思いを感じとれず、すぐさま深夜子の脳内に妄想が展開された――。


『ふふ、朝日君。君はあたしの何が知りたいのかな?』

『そ、そんな……僕の口から言わせないでよ……(ぽっ)』

『ふふん。仕方ないなあ……じゃあ、ベッドの中であたしの個人情報。じっくり開示しちゃおうかな♪』

『本当? やったあ! じゃ、じゃあ、ここから(もそもそ)』

『やん! もう、朝日君ったら……だ、い、た、ん』

『み、深夜子さん! 好きッ!!』

『あん! ダメだよ、朝日君。最初はゆ、び、で、指紋認証から(はぁと)』


 ――ちょうどそこへ五月と梅が戻ってくる。


「朝日様。お待たせしましたわ――――って、深夜子さん?」

「むへっ、むへへ、むへへへへ……」

「うおおっ? なんか完全に妄想にひたってやがるな……おい? 深夜子」


 梅が深夜子の目の前で手を振るも反応無し、どうやら素敵なお花畑に旅立っている模様だ。

 いつもの事なので、とりあえず放っておくで満場一致。

 それでは、と五月がMaps本部への、正式には男性保護省特務部への訪問について説明を始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る