第36話 寝待深夜子頑張る!
花火大会の会場。その男性福祉対応区画は、人が多く雑然としている一般区画と違ってにぎわいは少ない。
一定距離ごとに警備員が配置され、たまにすれ違う男性に、警護官と家族の女性たちが同行している程度だ。
五月たちと別れ、少し緊張気味の深夜子。
朝日と二人、カラカラと鳴る下駄の音が優しく響く。
花火の打ち上げが始まる時間までは、屋台をまわる予定になっている。
さあ、デート本番。しっかりと朝日をリードせねば! 深夜子は静かに
「うわー、やっぱり夏祭りの雰囲気っていいね! 深夜子さんいこっ!」
「はうッ」
さっそく、左腕に朝日がからみついてきた。やったね。
……これは、五月のときにも見せた例のアレ――ここから恋人つなぎへ変化する必殺コンボ、実に腰にきちゃう素敵な一撃だ。
ありがとうございます。
しかしッ!
対策は万全。
深夜子は、その猛禽類のような目をキラリと輝かせる。
ふふふ。さあ、そのやわらかくて愛らしい手を、華麗に、そして優しく受け止め――。
『そ、そんな!? 僕の
『フッ! あたしに一度見せた技は二度通じぬ。今やこれは常識!!(キリッ)』
『やだ、深夜子さん素敵……(ぽっ)』
『(壁ドン)ふふっ、いたずらっ子さんな朝日君には……お、し、お、き(ちゅっ)』
『結婚しよ』
『いいですとも!』
――などとバッチリ決めて、オスの顔にしてくれよう。
……で、現実は。
「あふわあああっ!? あっ、朝日君! そんなギュッて? ちょっ、む、胸が左腕に、あたっ、当たって、あた……あたたたたぷっしゅー」
がっつり腕を組まれました。
余談ではあるが、心理学上『手をつなぐ』よりも『腕を組む』方が親密度高めなのである。
当然ながら、
結果、左腕に絡みつく朝日の感触に集中しすぎて、ほぼイキかけました状態へと突入した深夜子。
一晩かけたデートシミュレートはどこへやら、朝日に言われるがままに、あちらこちらの屋台を共にまわり歩く。
無論、道ですれ違う
(くそっ! 見せつけやがって!)
(くっ、うやらま爆発しろ!)
(あんな美少年と腕を組むとか犯罪だろ? はやく法整備しろよ)
(アイエエエエ! 美少年!? 美少年ナンデ!?)
(う゛う゛う゛朝日様ぁ……五月のときは、五月のときはぁ)
羨望と怨嗟渦巻くそんな中、インカムから女の亡霊がすすり泣くような声も聞こえてきた。
これがちょうど深夜子の気付けとなる。
「……はっ!? 不覚ッ」
自我を取り戻し、深夜子は急ぎ脳内の整理を開始した。
とりあえず、出だしの予定外なつまづきは忘れよう。
計画では、この屋台ロードで朝日にカッコイイところを見せる予定なのだ。
花火の打ち上げが始まるまでに、しっかり好感度を上げる。
それから、いいムードで花火観賞をして、より親密な関係にステップアップするのが最終目的。
深夜子は両手で頬を叩いて、自分に
よし! まずは得意分野のフル活用からだ。
Maps養成学校卒業時に、軍からも推薦採用の声がかかったレベルの射撃術!
昔からあちこちの夜店で、射的あらしとして名をはせた腕を見せようではないか。
「ふふふ、朝日君。まずは射的から! あたしのテクニックを見せる」
宣言してから、意気揚々と朝日の手を引く。いざ、射的の屋台へと突入!
「ん? お断りだよ――」
「え? 冗談じゃない――」
「アンタ、業界のブラックリストにのってるよ――」
過去、どれだけあらしまわってたの?
「バッ、バカナァーーーッ!?」
計画は即座に頓挫した。
「み、深夜子さん……大丈夫?」
なんてこったい! 深夜子はがっくりと崩れ落ちる。
朝日が色々と慰めの言葉をかけてくれているが、ショックで耳に入ってこない。
待望のデートが、朝日とのデートが、……これもう、完全な逆風スタートになってますがな。
しばし、その場でうずまって頭を抱える深夜子であった。
◇◆◇
「うう……しゃ、射的が……射的だったのに……うああああ」
「深夜子さん。……えと、お店の人の反応で深夜子さんが上手なのはさ、うん。すごくわかるよ?」
「そう? うう……でも……うああああ」
やたらめったら落ち込んでいる深夜子を見かねた朝日。
あれこれと慰めの言葉をかけてみるが、思ったよりダメージが大きいらしく、深夜子からは生返事が続く。
これは――あっ! いいことを思いついた。朝日はイタズラっぽい笑みを浮かべ、スッと深夜子の背後にまわった。
「もう、しょうがないな深夜子さんは……元気だして! ほらっ――つぅーーっ!」
うなだれて、背中を丸める深夜子の首根っこ――襟元にトンっと人差し指をのせてやる。
それを浴衣の上から、背骨のラインにそって下へと這わせた。
「ッ!? うわひゃあーーーっ!!」
まさに、うぞぞぞぞっ! と言った反応。
深夜子は、名状しがたい何かが背中を駆け抜けていったとばかりに、飛び跳ねながら立ち上がった。
「んなあっ!? 朝日君、何っ!? つうーって、うぞぞーって、うえええ!?」
あたふたと、両手で空気をかき混ぜつつ、口をパクパクさせている深夜子。
朝日はその姿に吹き出しそうになる。
「えへへ、深夜子さん。元気……出た?」
「ふへ? えっ、まあ、いまの……、その……うん」
どうやら、
「ほら、デートなんでしょ。楽しく行こうよ!」
再び朝日は、深夜子の左腕に絡みついて顔を見合わせる。
「ふぇ? あっ……うん、楽しく? そっか……楽しく……だ、だよねー、うへ、ぐへへへ」
表情筋全てをだらしなく緩め、絡みつかれた腕と、朝日の顔を交互に見てはにやけて、されるがままの深夜子であった。
――魅了され、骨抜きにされる。まさに、この時のためにある言葉である。
さて、もちろん。
周囲からは『見せつけやがって爆発しろよ!』的な視線が集中している。
それを知ってか知らずや、深夜子と朝日のデートは遠慮なく超甘口で続く。
――深夜子が好物の焼きトウモロコシを食べていれば。
「ん。朝日君どうかした?」
「深夜子さん。口のそばにトウモロコシの粒がついてるよ」
「あれ? ほんと――」
深夜子が口をぬぐおうとするも、一瞬早く朝日の指がくっついていた粒を摘まみとる。
そして、そのまま
「へへ、ごちそうさまー」
「あ、朝日君? 今、あたしの……口の……食べ……ファーーーッ!?」
――二人してかき氷を食べれば。
「深夜子さんの練乳ミゾレだったよね? あー、僕も練乳かけてもらえば良かった」
「ん。じゃあ、練乳かけてもらいに――」
「それよりも深夜子さんの一口ちょうだい。はいっ」
朝日が深夜子へ口を向けて、あーんとおねだりをする。
「はひぃ!? え、えーと……あっ、ああああ、あーん?」
「ありがと、おいひー。じゃあ、僕のイチゴだからお返し。はい、あーん」
「うぇああっ? あったっしっもっ!? あ……あ、あ、あー――ぷしゅー」
まさに、やりたい放題の朝日。
魅了状態が悪化して、なすがままになった深夜子を、あちこちひっぱりまわして、やっぱりやりたい放題。
そんなものを、ひたすら見せつけられた現場は……。
(萌えた……萌え尽きちまったわ……)
(あんなの、漫画やアニメだけの妄想じゃなかったのぉオオオっ!?)
(あ、あれが、あれがラノベ主人公なのね……うらやま死のう、死んで転生しよう……)
屋台を守る
さらに、近くにある木の影から朝日を見守り
「ふぐうううっ……朝日様! どうしてっ、どうしてっ、あの場にいるのが五月でなくて深夜子さんですの? ……ふぐうううっ」
「ほんろおもへえひ、ふぇほふへへほんははな(ほんと重てえし、めんどくせえ女だな)」
「くっ! だっかっらっ、余計なお世話ですわよっ! 食べ物にしか興味のない貴女に言われたくはありませんわっ!!」
ハンカチを噛みしめる五月に、およそ屋台で売っているであろう食べ物をコンプリートして頬ばる梅。
以降、定期的に五月から深夜子のインカムへ、呪詛の言葉が届いたが、完全魅了状態の深夜子にまったく効果はなかった。
このあたりはお互い様と言えよう。
一方、お腹を満たした朝日と深夜子。
それからは水ヨーヨー、金魚すくいなど、屋台の定番遊戯を楽しんでいた。
ここで、ふと喉が乾いたと朝日がサイダーを買ってくる。
「あれっ? ……このサイダー、
縁日らしく、売られていたサイダーは、日本でも珍しくなった金属製の栓(王冠)がされているビンタイプであった。
飲み物はキャップと思って、朝日は屋台に置いてあった栓抜きを見落としていた。
「ん! 朝日君。ちょっと待って」
栓を抜くために屋台へ戻ろうとする朝日を、深夜子が呼びとめる。
「えっ、深夜子さん。どうしたの?」
「朝日君。大丈夫」
そう、これは深夜子にとってのチャンス到来。
自分の腕力を持ってすれば、ビンの栓などキャップと大差ない。
かっこよく素手で栓を開け放ち。『やだ素敵っ!』と、朝日の好感度をアップできちゃう場面であることに気づいた。
「ええっ!? ほんとにコレを栓抜きなしで開けれるの?」
「ふふん! 余裕」
やはり提案に興味津々の朝日。これは間違いなくチャンス!
深夜子は思案する。
例えば、歯で栓をこじ開ける。親指で栓を弾いて開ける。
この程度は、ちょっとヤンチャな体育会系女子には定番芸。
それでは序盤の失点は取り戻せないだろう……ならば、
「んじゃ朝日君。少し離れて」
「えっ?」
サイダービンの胴部分を左手でしっかりと握る。
右手の手刀は脱力気味に……両手をゆっくりと広げて振りかぶり――。
「寝待流格闘術――『
キンッ!!
ビンの首部分と手刀を、左右から交差させる。
――甲高い音を鳴らすと同時に、ビンの首部分が鋭利な刃物で切られたかのようにずれ落ちていく。ふふふ。
「えええええっ!?」
「ふふん! ……どうかな? 朝日君!」
切り口もバッチリ! さすがあたし。
どやっ、惚れてまうやろーっ!
「はい。どぞ」
さりげなく前髪をかき上げつつ、涼しげな笑みをつくって、深夜子は感動しているであろう朝日にビンを差しだす。
「ひいいっ!?」
ドン引かれました。
「ちょっ!? 朝日君? そ、そのっ、これは、えーと……その……あわわわわ」
いつ以来か……朝日を怯えさせてしまった。
やべえよやべえよ。深夜子は焦りに焦りまくる。
これは、とにかく、なんでもいいから言い訳をせねば。
「あっ、そう! 実はコツがある。誰でもコツさえ掴めばできるから!」
「えっ、そうなの……!?」
「んと、ひ、左手で加速させるから、こっちの手刀速度にそれが加わる。だから楽勝! 誰でも簡単!」
「えぇ……あっ、はい」
――それはコツとは言わない。
木陰からのぞく女の怨りょ――いや、暗くかげった五月のにやけ顔。
あたふたと言い訳を続ける深夜子の姿。
それを嬉しそうにながめる五月を、梅が冷たい目つきでながめていた。
深夜子。五分後に、なんとか朝日を和ませることに成功。
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