第35話 寝待深夜子の不満

 寝待ねまち深夜子みやこは不満なのだ。


 いったい何が? それは、ここ最近の朝日に関する出来事である。


 男性健康診断に端を発した男事不介入案件。

 結果は梅の独壇場だった。ご褒美と称して、美少年のマッサージサービスという、非合法な快楽をゲット。

 身体中のあちらこちらを、朝日にもみもみしてもらう喜びを知りやがって――くっ、このメス犬め! ちがったメス猫か。


 さらには朝日が勘違い、いや知らなかったから。

 ただそれだけで、五月は半日デートをゲット。

 微妙な内容ではあったが、何やらその夜、朝日から濃厚で素敵な夜の挨拶をされたらしい。

 翌日、丸一日にやにやヘラヘラしたつらをしおって――おのれ、淫乱メガネめ!


 そう、自分だけ、自分だけ役得らしい役得がないではないか!?


 この世界に朝日が来てから、はや四ヶ月が過ぎようとしている。

 趣味も年齢も自分が一番近い。何より、朝日のことを一番わかって、一番想っている自負がある。


 だのに、だのになんなのだ、この敗北感は!



 ――そんな、深刻なお悩みを抱え中の寝待深夜子さん。


 現在、ご自分の部屋で、朝日と協力プレイが売りの携帯ゲーム『クリーチャーハンターZ』を楽しんでいる真っ最中。

 先週発売されたばかり、二人して発売を心待ちにしていた新製品だ。

 ここのところ毎日プレイしている。


「深夜子さん! 罠設置できる?」

「もちおまかせ。余分に持ち込んでる」


 座布団をしいてベッドを背もたれに、二人仲良く隣あわせで座りこみ、声を掛けあいながらお楽しみ中だ。


「よし、捕獲できたー。さっすが!」

「ふふん!」


 ちなみに、朝日と深夜子が二人でゲームをしている時間は、一日平均にして三時間はくだらない。

 世の女性からすれば、嫉妬の炎で焼き尽くしたくなるであろう美少年との時間共有。

 あげく、格闘ゲームの通信対戦で連勝記録を決めたりしたら、勢いでボディタッチもしばしば、どこをどうみても毎日がフェスティバル。

 これを役得と呼ばずして、いったい何を役得と呼ぶのだろうか?


 灯台もと暗し。隣の花は赤い。

 よく言ったものである。


 ――それでも、寝待ねまち深夜子みやこは不満なのだ!


◇◆◇


「あのさ、深夜子さん」

「ん。なに?」

 ゲームがひと段落したところで、朝日が微妙そうな口調で質問を投げかけてきた。

「なんか、部屋中にさ。すごく露骨に……この……花火大会? のチラシが貼られたり、置いたりしてるのはどうしてかな?」


 ん? 深夜子は首をかしげる。

 別に、ほんのちょっぴり朝日にアピールするため、扉から壁、窓と、花火大会のビラを貼りまくっただけだ。

 あ、それとせっかくなので、机や床に『ご自由にお取りください』のメモをつけて設置してあるだけですが、何か?

 目をあわせると、朝日がものすごく微妙そうな顔をしていた。

 ははーん、なるほど。

 ここは気をきかせて、さりげない説明で話題をふってあげよう。

 深夜子はしれっとビラを一枚手に取る。


「ああっと!? これはなんたる偶然! 曙港あけぼのこう花火大会――あのね、今週末にあるんだって……あっ、それとあたし、その日偶然にも非番!」


 い゛よ゛し! 完璧なアッピールやで。

 深夜子の脳内に、妄想の花が咲き乱れる――。


『わー! 花火大会? すごーい! いきたいなーいきたいなー』

『ふふん! もう、朝日君ってばしょうがないなー。あたし、たまたま・・・・非番だから、案内してあげてもいいよ(キラーン)』

『ふわあああ、ほんと? やったー! 深夜子さん大好きー(ぎゅ)』

『ん゛、もう! 朝日きゅんは、甘えんぼうしゃんだなぁ(ナデナデ)』

『結婚しよ』

『いいですとも!』


 ――しかし、現実は。


「ふーん」

「!?」


 塩対応であった。


「あれ? ……え、えーと。その……この辺りでは夏で一番大きいお祭り! あたしその日非番」


 まだだ、まだ終わらんよ。

 ここは情報を小出しにして、興味を引く作戦に変更だ。


 「へー」

 「!?」


 塩対応であった。


「……もっ、ももももちろん。その、あの、男性福祉対応もばっちり! 男性無料の屋台ロードとか、専用の花火観賞用の土手も完備! あたしその日非番!」


 ならば、一気に売りをアピールするしかない。男性でも安心して楽しめますよ。これだ!


「そーなんだー」

「あっ、はい」


 なんだか実にしょっぱい。


「あ……朝日君は……あの……花火大会……とか……その」


 だんだんと枯れ果てゆく脳内のお花たち。

 植物はね、塩分に弱いんですよ。枯れちゃうんですよ……。

 もはや、自らもしょんぼりしおしおな深夜子であった。


 ――もちろん、朝日のこの塩対応。

 これ以上ないくらいわかりやすい深夜子の思考に対しての軽いイタズラであり、その反応を楽しんでいるだけだったりする。

 もうっ、小悪魔ですね!


「ねえねえ、深夜子さん?」


 朝日のターン。

 おもしろそうなので、ずいっと笑顔の上目遣いで深夜子へとにじり寄ってみた。

「はうあっ!? なっ、なにかな?」

 めっちゃ動揺してるし。

「あれ? 深夜子さん。もしかして、僕と二人で花火大会に行きたいの?」


 あさひのカウンターこうげき!


「はべっ!? べべべ別に、も、もももしかしない! あたし、朝日君とデートしたっ――ちが、い、いや、そう、たまたま? そう、たまたま非番大会が花火!」


 こうかはばつぐんだ!


 深夜子は顔と耳を真っ赤にして、気の毒なまでの取り乱しっぷりを見せている。

 日頃はセクハラまがいの冗談ならおまかせの割に、こういった正統派なケースにはめっぽう弱いらしい。

 そんな深夜子の反応がとても面白い。ついつい朝日は調子にのって、追い討ちをかけてしまう。


「あっ、そうだ深夜子さん。知ってた? こういうのってさ、僕の世界では恋人同士・・・・で行くものなんだよ」

「こっ? こ、ここここいっ……びとっ!?」

「あっれー? もしかして深夜子さんってば、僕のことをそんな目で見ちゃってたのかな?」

「あわっ、あわわわわ……あ、あたし、そそそそそんなつもりじゃ!」


 朝日としてはからかい半分、軽い冗談のつもりで口にした言葉。

 ところがどっこい。

 この世界において『恋人』とは、非常に重たい意味を持つ、スーパーウルトラグレートデリシャスワンダフルパワーワードである。

 深夜子は顔面蒼白で、顔中から変な汗を吹き出している。


 なんせ一定年齢で即結婚という、義務の鎖でからめとられている男性たち。

 男性警護、男性看護、そういった職種の女性たちを中心に、脈あり男性はそうなる前に・・・・・・即結婚に持っていくのがセオリーとなっている。


 たとえ短期間でも、女性と恋人関係となる男性のレア度はスマホゲーの凶悪ガチャすら可愛く見えるレベル。

 つまりは男性と義務でなく、強引にいただいたのでもなく、自然と恋に落ち、愛しあったという証左。真の意味で夢のまた夢。

 夫婦の昔話で『実は私たち恋人だったんだよね』など、勝ち組中の勝ち組。

 伝説級、いやまさに神話級なのだ。


 よって、男性を軽々しく『恋人』扱いするなど、精神的凌辱に等しい行為。

 しかも、身辺警護をまかされているMapsが、それを行ったともなれば――週刊誌の表紙を『警護対象男性に恋人関係を強要! ”Mapsの闇” 【実録】従順な美少年(十七歳)が性的玩具として扱われた地獄の百二十日間』くらいのタイトルで、飾ったとしてもおかしくない。


 そんなわけで、鬼のようなプレッシャーに、息もえな寝待深夜子さん。

 絶命寸前の猪がごとく床に横たわり、ピクピクと痙攣している。


 ここで朝日も、少々やりすぎてしまったことに気づき、あわててフォローにはいる。


「なっ、なーんてね。じょ、冗談だよ深夜子さん! 冗談だからね!」

「……朝日君。あたし、もう疲れたんだ。なんだか、とても眠いんだ……朝日君……」

「ちょおっ!? き、気を確かにっ。え、えと…………はっ、花火大会行きたいなー。深夜子さんと行きたいなー。あっ、五月さんと梅ちゃんには、僕から頼んでおくからねっ、ねっ!」


 ピキーーーン。


「ほへっ!? ほっ、ほんとにっ!」


 まるで、天からラッパを吹き鳴らし、天使が舞い降りてくる回復魔法をかけられたかの如く。

 深夜子は復活をとげた。


 ――朝日が部屋を出ていったあと、深夜子は床に座り込んで、しばらくぼっーと天井を見上げる。

 一時は天に召されるかと思ったが、終わって見れば要望通りの結果。

 じわじわと喜びがこみ上げてくる。


「ふへ、ふへへへ。やった……やったあ!! 朝日君とデート……屋台まわって、花火をいっしょに見て、へへ、うへへ……はっ!? 練習! 練習しとかないと!」 


 深夜子は喜びのあまり、よくわからない思考に突入してしまった。

 その日の深夜、いや早朝まで、渾身の一人芝居という名の花火大会デートシミュレートが続く。


 ――その途中。

 突然扉を乱暴に開け放ち、部屋に駆けこんできた影が一つ。


「うるっさいっですわぁぁーーっ! 深夜子さん、貴女今何時だとお思いですのっ!? 不気味な独り言をひたすらと……儀式? 何かの儀式ですの? いい加減にしてくださいませーーっ!!」


 深夜子の部屋から、ちょうど壁一つ隔てた隣りは五月の部屋である。


◇◆◇


 八月最後の日曜日。

 今日は深夜子待望の花火大会当日の朝。なのだが……玄関先で、心配そうに深夜子へ声をかける朝日がいた。


「ちょっと、深夜子さん? 昨日……もしかして、本部勤務でまた徹夜したの……大丈夫?」

「よゆー。実質睡眠ゼロだけど、よゆー」


 右手でサムズアップしているが、目の下には立派なクマができている。

 どうも、深夜子は何やら仕事があるらしく。

 非番前にMaps本部へ赴いて、完徹で帰ってる日が多々あった。


「うーん、全然ダメそうだね……でも夕方まで時間はあるから、寝てた方がいいよ?」

「らじゃ……そ、ふする……ふぁ」


 朝日が仮眠をすすめると、深夜子は眠そうな口調であくびをしながら、ふらふらと自分の部屋に消えていった。


 ――数時間爆睡して、無事深夜子は回復。時間は出発三十分前となる。


 本日は朝日の希望で、深夜子は浴衣。朝日自身は甚平を選択。

 やたら高級生地感あふれる、ダークグリーンカラーの甚平。もちろん、五月によるお取り寄せの逸品なのは言うまでもない。


「まあ、朝日様っ! やはりわたくし選んだだけ・・・・・ありまして、よくお似合いですわっ!(でもわたくしとデートした時のお洋服には敵いませんけど)」

 誉めながらも、五月の口からボソッと本音が漏れる。

「え? 五月さん。どうかしました?」

「いえいえ! なんでもありませんわ。本当によくお似合いですことよ。素敵ですわ、朝日様。おほほほほ……今日は楽しんでくださいませ」

「おい、五月……悔しいなら、悔しいって言えよ。めんどくせえな」


 五月の背後から、しっかり小声をキャッチしていた梅がツッコミをいれる。


「んなあっ!? よ、余計なお世話ですわっ!」

「いてっ、なにしやがんだ五月!」


 朝日に気づかれないように、わき腹を小突きあう二人。そこへ、深夜子が着付けを終えてリビングにやってきた。


「お待たせ、朝日君。どっ、どうかな……?」


 少し緊張した面持ちで、深夜子は自信なさげに浴衣姿を披露する。


 黒地に赤系色で、蝶と紫陽花紋様の生地。少し古風でスタンダードな柄に、帯はグラデーションが入った紫色。

 髪は夜会巻きにして、かんざしを挿している。

 朝日の目に写る純和風な組み合わせが、深夜子を年齢より少し大人びて艶やかな印象に魅せる。


「うわー! うん、すごい似合ってる。あっ、かんざしは三日月のデザイン! ピアスとおそろいなんだね。すごくかわいい!」

「んへっ、ふへっ、へへへへへ」


 頬を桃色に染め、身体をくねらせ「しょうかな? しょうかな?」と、早くもデレデレでメロメロな深夜子である。


(ふぬぬっ……ぐぬぬっ……五月だって、五月だって浴衣を着れば――)

(んだよ。だから、うらやましいんなら、うらやましいって言えよ。めんどくせえな)

(うるさいですわねっ!!)


 当然と言えば当然だが、朝日の警護担当である以上、五月たちは浴衣姿というわけにはいかない。

 警護任務に支障がでない私服が限度だ。

 深夜子と朝日のいい感じな空気を目の当たりにして、梅とわき腹の小突きあいを継続しつつ、嫉妬の炎を燃やす五月――はともかく。


 目的地はいつもの市街地ではない。

 花火大会の会場は、春日湊の南側――海岸線沿いにある曙港でおこなわれる。

 朝日たちがやってきた港の一区画。夏祭りらしく装飾され、ところ狭しと屋台が並んでいた。

 来場者もかなりの人数で、会場はとてもにぎわっている。


「それでは朝日様、わたくしたちはここで。ごゆっくりとお楽しみくださいませ。さ、大和さん、我々は――」

 男性福祉対応の別区画に入ったところで、警護任務開始。五月が梅に声をかけようとするが……。

「ほう、わはっへんへ(おう、わかってんぜ)」

 そこには焼き鳥を頬ばりながら、ビールを流し込むロリ猫娘(成人女性)の姿。五月の表情が凍りつく。

「貴女は何を考えていますのおおおおおっ!?」

「いや……朝日がいいって言ってたからよ。それにビール一杯くらい――ではっ」

「いいわけありますかあーーーっ!」


 会場到着と同時に、ひと悶着な朝日家ご一行であった。

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