第27話 ”不沈戦艦”大和梅

 勝利を確信した万里は満足そうに笑みを浮かべる。

 あの蹴りの感触。気の毒だが、後遺症が残るレベルのダメージだろう。

 乱雑に重ねた積み木のようになったコンテナをながめ、闘いの余韻にひたる。

「さて……と、これで、どうしたもんかねぇ?」

 相手にはもう一人SランクMapsがいる。万里はコンテナに背を向け、今後の思案をしつつ、花美たちの様子を見に向かう。


 ところが――背後から豪快な金属音が響いた!!


「あぁん?」

 何が起きた? 万里は振り向き、そして、ふと上方を見て――自分の目を疑った。

 そこには、梅の上に積み重なっていたはずのコンテナが一台。空中から頭上へと迫っていた。


「は? ――ちいいいっ!」

 すぐさま我に返り、スライディングばりの横っ飛びで回避。

 轟音を響かせ、床にコンテナが激突する。さらに一台、もう一台、次々と万里目掛けて降ってくる。

「くっ! くそっ!」

 二台目、三台目、転がりながらかわして体勢を整え、コンテナが飛んで来た先を睨みつけた。


「ははっ……こりゃ……なんの冗談かねぇ」


 乾いた笑いが漏れる。

 そこにコンテナの山はすでになく。埃が作る煙の中から、梅が姿をあらわす。

 額は血まみれ、右目から頬まで滴り落ちて赤い線を描く。

 しかし、その表情は上機嫌。右手で肩をぐいぐいと揉みながら、ゆっくりと進み出てきた。


「へへっ、思ったよりいい蹴りしてんじゃねぇか? デカ蛇女。ほめてやんよ、俺にこんだけダメージくれたのは深夜子以来だぜ!」

 その口調には歓喜がまじっている。ダメージらしいダメージを受けているようには聞こえない。

「おいおい……頑丈にも限度ってもんがあるじゃない……」


 もう呆れるしかない。ぼやきたくもなるが、ここは冷静に。万里は周りの状況を把握する。

 花美と月美は当然リタイア状態。まともに動けるメンバーは遠山含めて……三人。

 となれば――。


「遠山ぁ!!」

「はいっ!」

「主坊ちゃんを連れて、すぐに本部うちに戻りなぁ。動ける連中全員でだ! 後はあたいが片付けるさぁ」

「りょ、了解しました」

 万里の判断は主の安全最優先。遠山たちに撤退命令を下した。


◇◆◇


 すぐさま遠山たちは主を連れて倉庫をでる。

 駆け足で道路に止めてある車へと急ぐ。が、その途中、どこかで見たことがある黒髪の女性と鉢合わせた。


 服装は厚手のタイトジーンズにカラーTシャツ、ただし、その上には防刃ベスト。

 腰のベルトには特殊警棒がぶら下がり、何よりも、遠山たちに向けられる猛禽類を思わす鋭い目が記憶に新しい。


「な、なんで、なんでコイツがここに!?」

 どうしてここが? 予想外の遭遇。遠山に緊張が走る。

「ん? 梅ちゃんを迎えに来たよ」

 あっけらかんと答える深夜子。緊張感の欠片もない。

「おいっ! 遠山っ、早くその目付きの悪い女を片付けろ! 万里がボクを連れて逃げろって言ってただろ!」

「は、はいっ! わかりました坊ちゃま。おい、こいつをとり囲め!」

「「へいっ!」」


 メンバー二人は深夜子の周りへ散開し、左右から間合いを詰める。遠山は正面に立ち構えをとる。

 ――かかれ! 遠山がそう告げようとした刹那。


「ほわっちゃあ」


 気の抜けたかけ声と同時に遠山の視界が揺れた。意識は遠のき、身体から力が抜けてゆく。

「あ、が……そんな……」

 その目にかろうじて映るのは、蹴りを放ったらしい体勢の深夜子。同じように崩れ落ちる二人のメンバーであった。

「う、そ……三人、の……顎――同時、蹴り――――」

 遠山の意識はそこで暗転した。


「え……は? ひ、ひえっ!? あひいいいいっ!!」


 何が起きたのか理解すらできない主が悲鳴をあげた。

 それも当然。

 突如、自分を守るべき者たちが、電池でも切れたかのように崩れ落ちた。恐怖と混乱は最高潮に達する。

 何より、目の前に一人立っているのは、自分が以前に罵った女・・・・なのだ。


「たっ、たたたた助けて! だっ、誰かっ、マッ、ママッ、ママーーーっ!!」

「えー」


 さあ、ここで困ったのは深夜子である。


 今のはただの正当防衛。攻撃してきた相手を、必殺『あたしでなきゃ見逃しちゃうねキック』で超かっこよく撃退しただけだ。

 これは是非とも動画で朝日に見せた――――ではなく。

 男性である主に危害を加えるつもりなど一切ない。

 なのに、なんだか少し勘違いされているようだが、何分、朝日と男事不介入案件で対立している当人。

 声をかけるにも、どう言ったものか……と、ジッと見つめながら・・・・・・・・・考える。


「あへっ!? ひいいいいやああああっ、や、やめて! 許して! こ、殺さないでええええええっ!!」

「えええー?」


 なんで悪化してるの?

 深夜子困惑。今、「うーん。どうしよっかな? どうすれば――大丈夫! 深夜子さんは超優しくて、超素敵な淑女レディだよ(キラッ!)」と、理解して貰えるか、考えながら見つめていただけなのだ。


 しかし、残念ながら男性である主にすればたまったものではない。

 猛禽類を思わす目付き、とまで評される深夜子の目力。

『さあて、この獲物ぼうや。これからじっくりたっぷりと、どうやって苦しめながら殺してやろうかね? ヒィーッヒッヒッヒ!』

 そんな感じで、舌なめずりしている姿にしか見えなかった。


「あっ!」

「ひいいっ!?」


 対する深夜子。ここでふとある事を思い出す。

 出がけに五月から、万が一にも可能性があればと『示談要望書』を渡されていたのだ。

 おおっ! もしや今って、これを渡す最高のチャンスでない?

 なんだか勘違いが悪化して、ちょっと怖がられているけど、きっと誤解を解く会話のきっかけにもなる。

 まさに一石二鳥! あたしってば冴えているな、完璧だな――。


『ふっ、朝日君。深夜子さんの活躍により、男事不介入案件。完!(キリッ)』

『や、やぁん。もう、深夜子さん素敵すぎですぅ』

『そんなことない。世界で一番素敵なのは、朝日君――キ・ミ・さ(顎クイ)』

『結婚しよ』

『いいですとも!』


 ――思わず顔がにやける・・・・深夜子。

 さてさてそれでは、とばかりに怯える主へ視線を合わせる。

 にっこりと微笑んで・・・・、要望書を取り出すべくベストの内ポケットに手を差しこんだ。


「あばばばばばばばばば」


 ところが、またしても残念なことに主の視点では……。

『さあて……まずは逃げれなくするために、手足でも撃ち抜いておこうかね。ウェーヒヒヒ!』

 獲物を料理する喜びに、おぞましい笑みを漏らす魔物みやこが、胸のポケットから銃を取り出そうとする姿にしか映らなかった。


「……はふん――――――」


 あまりの恐怖と絶望に、泡を吹き、失禁つきで気絶する主だった。


「えええええー!?」


 これは、なんだか心が痛い。がっくりと落ちこむ深夜子。

 考えれば、朝日と出会ってから、自分の見た目めつきを気にすることもなくなっていた。

「あしゃひくん……」

 そう言えば、あたしってそうだったな。ちょっと涙が出ちゃいそうになる深夜子あった。

 合掌。


◇◆◇


 そんな気の毒さんはさておき――ついに、梅と万里の闘いは決着を迎えようとしていた。

 お互いが足を止め、攻撃の応酬が始まっている。


「おらぁっ!」

「つあっ!」

 蹴りと拳が、ゼロ距離で乱れ飛ぶ。

 そんな中、万里の蹴りが梅の横腹にヒットする。

 すぐさま反撃するも、梅の豪快な拳は空を切った。


 二発、三発、四発、万里の攻撃は次々と当たる。

 右ひざ蹴り、左掌底打ち、右肘打ち、右正拳突き、などなど……恐ろしいまでの反射速度でかわされることもあるが、梅の攻撃を丁寧にさばき、的確に反撃カウンターを食らわせていく。


 攻撃の応酬を続け、万里は確信する。

 二人を比較した場合、格闘技術は間違いなくこちらが上であると。

 空手を中心に、複数の格闘術を修めている自分に対し、梅は全てが自己流。ただ、身体能力にモノをいわせた喧嘩拳法でしかない。

 そこには技術も駆け引きも存在しない。野生の獣が攻撃をしているのとなんら変わらない。

 負ける要素はないはずだ。だが、何かがおかしい。

 いくら攻撃しても、梅は一向に怯まない。まるでお構い無しと攻撃を返してくる。


 ――さらに十合、二十合、と打ち合いは進んでいく。


 やはり、何かがおかしい。万里は戸惑いを覚える。

 攻撃は入っているのに、ダメージは蓄積しているはずなのに、梅にそんな気配が毛頭感じられないのだ。

 気がつけば、恐ろしく消耗している万里の体力と精神であった。


 そして、万里にとって最悪の偶然が訪れる。

 たまたま・・・・万里の右振り打ちフックに対し、梅の乱暴に振られた左拳が交差する形・・・・・となった。

 万里の右腕の下に、ちょうど死角となって梅の左拳が打ちこまれる。

 梅は左頬に、万里は右わき腹に、ほぼ同時にお互いの拳がめりこんだ。

 

 ――結果!


「ぐっはああああぁっ!!」

 うめき声といっしょに万里の191センチ、83.5キロの巨躯が数メートル宙に浮き上がった!


 ショベルカーにでもかちあげられたかの衝撃。

 なす術もなく床に落ちるが、辛うじて受身を取る。

 万里は痛むわき腹を押さえながら、すぐに間合い取って起き上がった。――が!


「はっ! やっと捕まえたぜぇ」


 そんな好機を見逃されるはずもない。

 梅がドンっと床を蹴り、すぐさま万里の足元まで間合いを詰めてくる。


「うらあっ!!」

「くうっ」


 かわそうにもダメージで身体が動かない。

 今度は左わき腹に梅の拳が突き刺さる。身体に火薬でも詰めて爆破されたが如き破壊力!

「ぐはああああああっ! ばっ、ばっ、馬鹿なぁ? プロテクターが全く役に立たな――」

「おらぁっ!!」

 驚くことすら許されない。梅はそのまま、身体ごと跳ねるように飛び上がり、身長差を埋めて右アッパーを繰り出していた。

 ――顎がはねあがり、意識が飛びかける。


 万里は梅の追い討ちをもろに受け、再び宙を舞うことになった。


「ごふっ……そ、そんな。あたいが……たった三発でこんなダメージを……?」


 地面に這いつくばって確認する。

 口内の出血が尋常でない。身体の動きも悪い。どうやら先の一撃で肋骨を数本、そして今のアッパーで顎を砕かれてしまったようだ。


 万里は耐久力タフネス腕力パワーには自信を持っていた。だが、梅のそれはあまりにも次元が違い過ぎた。

 もう次に追い討ちを食らえば、確実に仕留められる状態になってしまった。


「ぐう…………?」


 なぜか、梅は追撃をしてくる気配が無い。

 ぐるぐると肩を回して、何かを考えているようだ。

 近くまで来て立ち止まる。するとビシッと万里を指差してから口を開いた。


「うっし、じゃあラストチャンスをやんよ! 今から狙うとこを宣言すんぜ。てめぇの左胸、心臓だ!」


 こいつは一体何を言い始めた!? 理解に苦しむ万里、かたや梅はお構い無しにテンション高く続ける。


心臓打ちハートブレイクショットって奴だな。それと、ぶっぱなすのは右のストレートだぜ。俺のとっておきの一撃、受けてみるか?」


 どうやら必殺技、その攻撃宣言のつもりらしい。


「おいおい……馬鹿かよオチビちゃん……心臓を狙う? 右? はっ……面白いじゃない!? そんなの……カウンターの餌食に決まってんじゃない!!」

「そうかよ? まあ、そうこなくっちゃな。んじゃあ行くぜ、準備しなっ!」


 今、二人の距離は約1.5メートル。梅はその場で少し腰を落とし、右拳を作り攻撃準備を始めた。


 馬鹿だ。本物の馬鹿だ! 野生の獣以下の知能。

 それが万里の頭をよぎった感想である。ブラフかと思えば冗談抜きに準備を始めている。

 さらにありがたいことに、この広い間合いを開けてだ。


 いかに脅威の身体能力といえど、この距離で突っこんで来る右ストレートに、カウンターが取れない理由が無い!

 完全に慢心としか思えない暴挙に、万里はニヤリと笑みを浮かべ、最後の力を振り絞り迎撃体勢を取った。


 一方の梅は――。


「狙いは心臓……」

 メキメキと音を立てながら右拳を握りしめる。

 さらに全身という全身に力をこめ、捻切ねじきれんばかりに身体中の筋を引き絞る!

 それはまさに獲物を仕留めるために、全身をバネと化して襲いかかる寸前の猛獣を思わす姿である。


「結果は必中!!」

 ギリッと歯を食いしばると、牙を思わす八重歯がギラリと輝く。

 そして心臓に狙いを定めた獰猛な瞳の淵に、ビキビキと血管が浮かび上がる!!


「おらあああああっ! くらいやがれえええええええええっ!!」


 その時。万里は間違いなく梅が地面を蹴り、飛びかかる寸前のところまではハッキリと視界に捉えていた。

 貰った! 飛び出たタイミングにあわせて、出会い頭に左正拳突きクロスカウンターだ!


 ――次の瞬間!! 指一本動かす間もなく、万里の意識は消し飛んだのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る