第28話 解決へ向けて
その出入口から、梅がテクテクと歩いて出てくる。
パーカートレーナーのポケットに両手をつっこみ、口笛を吹きならしてご機嫌な様子。
「ありゃ?」
少し進んだ先で立ち止まる。見慣れたミディアムストレートの黒髪を揺らす後ろ姿を見つけた。
何やらしゃがみ込んで、ごそごそとやっているようだ。
「おい、深夜子じゃねえか。なんだ、迎えに来てくれたのかよ?」
「はうっ!?」
呼びかけに反応した深夜子の肩が、びくりとはねあがる。
しばし動きが止まると、今度はその体勢ままぎこちなく振り向いた。
「あっ……う、梅ちゃん……」
「ん? お前、何やってんだ――――って、おい!? そこの坊ちゃん大丈夫なのかよ?」
なんと、そこには気絶している遠山以下三人のメンバー。
特に問題なのは、ピクピクと
「ちっ、ちがっ! 違うよ! あたし何もしてないから!」
あたふたと焦りながら、手をパタパタとさせ、深夜子は身の潔白を主張する。
どうした? と理由を聞くも、なんとも要領を得ない説明が帰ってくる。
が、まあそこは学生時代からの付き合い。この状況と深夜子の反応から、梅はおよその事態を把握する。
「んだよ、深夜子。お前また勘違いされて怖がられたのか? はぁ……それなら――ってか、その耳のインカムはなんのためについてんだよ? とりあえず五月に連絡すりゃいいだろ」
――ピピッ、ピピッ、ピピッ。
噂をすればなんとやら。まさにベストタイミングで、インカムに五月からの呼びだしが入った。
「あわわわわ! さ、
右往左往しつつ現状を伝えようとする深夜子。
だが、そこはさすがの五月。すぐに事情を察し、梅に交代をさせて現状確認となる。
その後の五月の指示と対応は、実に正確で素早い。
病院と救急班の手配。タクティクス本部の壊滅を見越し、海土路造船へ直接事情通達を行う。
男性保護省から主の保護チームを派遣。
あとは事後処理の依頼を済ませて現場交代、深夜子と梅は撤収。これで万事完了である。
――帰り道。
深夜子が運転するバイクの後部座席に梅が乗っている。
「ねえ、そういえば梅ちゃん。誰も殺してない?」
「人聞き
「そっか、うん。なら、無問題。でも、あたし全然やることなかった……怖がられただけだし……」
「あー、そりゃまあよ。今回の作戦は二分の一で運だったしな。そうだな、じゃあ、今度ラーメンでもおごってやんよ」
「むう、煮たまごと餃子も希望」
「へいへい……おっ、つかよ。それ、朝日も誘おうぜ! 俺の行き付けの店なら個室もあっからよ」
「おおっ、梅ちゃんグッジョブ! なんたるナイスアイデア」
「だろ? へへへ」
屈指の武闘派と呼ばれる『民間男性警護会社タクティクス』。
その主力メンバーを、たった一人でもれなく
かたや活躍の場はなかったが、結果的にトドメのだめ押しとなった深夜子。
そんな大立ち回り直後の割には、なんともお気楽な会話をしながら、帰路につく肉体労働派たちであった。
◇◆◇
――春日湊の朝日家。
すでに五月と朝日は一足先に帰宅済み。深夜子と梅は少し遅れての到着だ。
「梅ちゃん、お疲れ」
「ああ、俺は顔洗ってからいくかんよ」
「らじゃ」
実は、いまだ顔半分が血塗れ状態の梅。
普通に見れば重症に感じられるが、当の本人は『適当に洗ってから、軟骨塗っときゃ問題ないだろ』と、気にも止めていない。
しかし、実際はコンテナへの激突によって、額から右頭部にかけて数センチの裂傷ができている。
他にも軽度の裂傷、打ち身と捻挫に至っては数知れず。
なのだが、恐ろしいことに額の傷はもう軽く塞がり始めていた。
もし五月が見たなら、全身全霊でツッコミを入れたい場面。――ではあるが、こちらも梅と学生時代からの付き合いがある深夜子。
いつもの事とばかりに完全スルー。
風呂場へ向かう梅と別れ、朝日と五月が待つリビングへと向かうのであった。
「――うっし、こんなもんか?」
さっそく梅は風呂場でシャワーを済ませる。
洗面所で鏡を見ながら、額の傷に軟膏を塗りこみ、雑に切ったガーゼを傷にあて、これまた雑に包帯を巻く。
そこに、パタパタと小走りの足音が近づいて来た。
――バァン!
洗面所の扉がノックもなく唐突に開かれる。
「う、梅ちゃんっ!?」
「なにっ、あ、朝日!?」
そこには心配気な表情をした朝日。
つい先ほど、深夜子から梅が怪我をしたと聞いてすっ飛んできたのである。
「そんな……梅ちゃん。ああ……ひどい」
乱雑に巻かれた包帯姿の梅を見て、朝日の表情は
「へ? ……は? ぬわあああああっっ!? ちょっ、ちょっ、ちょっと待てえええええ!!」
梅、絶叫。
なんせ
痴女呼ばわりされてもおかしくない薄着状態。これはまずい。
「おい、朝日。待て、俺はまだ服を着てねえ――――ぷあっ!?」
が、止める間もなく朝日に抱きつかれた。
包帯の巻き方が非常に雑だったため、大怪我っぽく見えてしまったのが災いしてしまった。(実際、梅でなければ大怪我だが……)
「梅ちゃん、大丈夫!? ごめんね、僕のせいで……こんなに大怪我を……可哀想……」
自分のために、いや、自分のせいで梅が怪我をした。
その思いに、今、朝日の目には
梅を抱きしめ、肩に手をまわす。もう一方の手を頬に優しく添え、頭の包帯を、傷の具合を確かめる。
「んなあっ!? あ、あ、あ…………」
もちろん梅の心拍数は急上昇。
抱きしめられた上に、吐息が感じれる間近さで朝日の顔が目の前にある。
「だ、だだだ、だ、か、ら、抱きつくなってーの! 別に怪我も全然たいした……ことない……って…………あれ?」
日頃なら嬉しくても恥ずかしさから、つい遠ざけてしまう。
だが、今日は何かが違った。梅は身体の奥底からふつふつと湧きあがる感情に困惑する。
実のところ、梅は深夜子たち三人の中で一番奥手だ。
しかし、今日は少々事情が違う。
なんせあれだけの戦いの後であり、精神的に昂ぶった状態が完全に治まっていないのだ。
この世界の女性にとって『戦いの後に男を抱く』のは、本能に刻まれた原始的欲求の一つである。
……ああ、目の前にある朝日の顔はなんて
その、柔らかそうな頬にそっと手をそえて数センチずらし、艶やかな唇を自分の唇でふさいでやりたい!
そのまま舌を滑りこませて朝日の舌を絡めとり、
ついでにその勢いで押し倒し、衣服を
――そこから、朝日が
本日最大の(社会的)ピンチを迎えた梅であった。
◇◆◇
翌日。
武蔵区の高級ホテルの会議室を貸し切って、とある会合がおこなわれていた。
実際には、その
通路の所々にサングラスをかけた黒服女性が立っており、常に警戒を怠らない。
室内では二人の女性が革張りの椅子に座っている。
大きめな会議用の黒テーブルを挟み、会話を交わす。
お互いの背後には、SPと思われる屈強な女性が数人。
「……それじゃあ、これで手打ちってことでいいかね?」
タバコに火をつけながら、気だるそうに切りだしたのは、見た目四十代後半と思われる女性。
ダークブラウンの高級スーツに身を包み、椅子にどっしりと座っている。
海土路造船代表取締役にして主の母、『
浅黒く日焼けした血色の良い肌、ショートカットストレートの黒髪。
身長は180センチ程度、スーツの上からでも、はっかりとわかる筋肉質な体格だ。
下がり眉に鋭い目で端正な顔立ち、いかにも場数を踏んだビジネスウーマンといった雰囲気を
「うふふ。そうねー、とりあえずはこれでー、いいんじゃないかしらー」
対称的に、なんとも力の抜ける可愛らしい声と口調で返すのは、五月雨ホールディングス代表取締役CEOにして五月の母、『
彼女の年齢は四十代半ばなのだが、見た目は三十代前半でも通用する若々しさだ。
身長は160センチに届かない。この世界の女性にしては小柄な体格。
顔立ちは五月とよく似ているが、娘とは違うおっとりタイプの美人。少したれ目で、右目に泣き
こちらの服装は、スーツにしてはベタなピンク系で、かつ少々ドレスチックなヒラヒラ感ある加工が襟元や袖のすそなどに施されている。
ロングウェーブで明るめ茶髪。それをかわいい赤色の大きめなリボンでサイドアップに結んである。
確かに似合ってはいるが、なんとも実年齢とギャップを感じさせるファッション。
そんな可愛い系ママの五月雨新月。
彼女は五月から、朝日の後見人として海土路造船との交渉――つまりは
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