第26話 激闘!大和梅
――時間は少し巻き戻る。
春日湊のMaps駐在所では、深夜子と五月が何やら相談中である。
「それにしても……大和さんには困ったものですわ。まさか、通信を切ってしまわれるとは……本当に大丈夫ですの?」
どの道、音信不通のまま、梅を放置はできない。
深夜子が単独で現場に急行。梅と合流し、その時の状況で対応は考える。
もちろん朝日は安全最優先、五月と
「んー。怒った梅ちゃんはけっこーヤバいかも。むしろ
「はぁ……、それはともかく時間もありませんし、お願いしますわ。深夜子さん」
大和さんを焚き付けたのは何処の誰でしたでしょうか? とツッコミたい気分の五月ではあるが、時間が惜しい。
「らじゃ、あたしが梅ちゃん迎えに行くから。
深夜子の語尾がだんだんと濁る。何やら考え込んで、動きが止まってしまう。
時間を気にする五月。不思議に思った朝日。停止する深夜子へと声をかける。
「どしたの? 深夜子さん」
「深夜子さん、どうなされまして? 時間がありませんのに――え? な、なんですの?」
深夜子は五月をじろじろと見回しつつ、考える。
この駐在所は事前の使用申請をしており、本日は貸し切りになっている。
つまりは、今から
「二人きり? ……朝日君と
「「なにそのわがまま!?」」
「と、とんでもない理由でごねないでくださいませっ! ……深夜子さん?」
「ねえ、
「こ、今度はどうされましたの? あの……よろしくない目つきが、さらによろしくなくなってますわよ」
詰めよる五月にもおかまい無し、それだけで人を殺せるような視線を向けると――。
「あたしが出ていった後で……」
――深夜子は一人芝居を始めた。
『朝日様。やっと
『ええっ!?』
そう言って動揺させてから、
しかも、手つきがいやらしい。
『朝日様、よく聞いてくださいませ。実は……深夜子さんは戦い行ったのではありませんの。損害賠償金の交渉に行ったのですわ』
『そ、損害賠償? え? お、お金……の話?』
『そうですの……それと、残念ながら最終的には、朝日様が一億円以上をお支払いする必要が出るかと思いますわ』
『一億!? そっ、そんな! 僕、そんな大金持ってないよ……』
ああ、なんて可哀想に!
突然の血も涙もない話に、驚き、怯えてしまう朝日君。
その背後で
もちろん、いやらしい笑みで。
『ふふ、うふふふふ、そうですわね。それでは
しらじらいセリフ!
さらには、肩に置かれてた
あーいやらしい。
『でも……でもっ、僕、そんな大金を……借りたって……返せないよ』
ひどい。絶対にひどい。
ついには絶望のあまり、泣きそうになる哀れで不憫な朝日君。
その耳元では、
まさに外道!!
『あらあら? ご心配なさらずにぃ、そんなことはごさいませんわぁ~。あるではありませんか? 朝日様には、
「……とかしちゃダメ」
「しますかああああああああああああああっ!!」
あまりの馬鹿馬鹿しさに、途中でツッコミを入れることすら出来なかった五月であった。
「深夜子さん。声真似うまい……」
声帯模写、のみに焦点を絞ると中々のクオリティ。実に無駄なスキルですね。
「むっ、むっ、無駄な妄想をしている暇があったら、早く大和さんの元に向かって下さいませーーっ!!」
もちろん、おかんむりの五月。
はよいけ。とばかりに背中を押すも、深夜子はぐちぐちとしつこい。
「
「するわけありませんでしょっ!」
ほんとにこのアホは……。
すると、そこにひょいと朝日が、割り込んでくる。
「あのさ、深夜子さん。五月さんにそうは言うけど、僕と二人でゲームしてる時って、よく――」
「ふおわああああ! ストップ朝日君。じゃ、行ってくる。すぐ行ってくるから!」
朝日の言葉に、深夜子が電気でも走ったかのような反応を示しした。
見本のようなあたふたぶりだ。
「深夜子さん? 貴女……」
「ナンデモナイヨー。スグニイッテクルヨー。ミヤコダヨー」
ひきつった笑みに、大量の顔面脂汗。
つい今しがたまでのごねっぷりは何処へやら。深夜子は逃げるように、梅の元へと出発していった。
――深夜子を見送ったところで、昼食にしようと五月が提案する。
気がつけば、すでに時間は午後一時を回っていた。
「はああぁ……これだけのことに、どうしてこの疲労感……」
ため息まじりながら、五月は手際よく弁当をテーブルに準備する。
「あはは。五月さんお疲れ様です」
朝日が慰めの言葉をかけると、すっと真面目な表情へと変わった。
「あ、朝日様……
いっしょに食事かと思えば、五月にしては珍しい申し出。
しかも、なんとなく深夜子による精神疲労とは別の、思い詰めたようなものを朝日は感じた。
「えっ? それなら待ちますよ。あと、何か僕に手伝えることが――」
「いえいえ。たいっ、へんっ、嬉しいお言葉ですが、それには及びませんわ。何より朝日様の為でしたら、この五月。たとえ火の中、水の中ですの! どうぞお気になさらずに、おほほほほほ」
「は、はぁ……」
やたら古典的な例えを口に出し、ごまかし気味に五月はそそくさと別の部屋へ行ってしまった。
「五月さん。どうしたんだろ……」
気にはなるが、実際に自分が手助けできることなどあまりに少ない。朝日はそれを自覚している。
とりあえずは、弁当に手をつけることにした。
◇◆◇
一方、こちらは別室の五月。
デスクの上で、祈るように両手でスマホを掲げ、突っ伏していた。
「はああぁ……。ほんっ、とうっ、に気が進みませんわっ!」
つい、口から本音が漏れる。
どうにも、相当、できれば、やりたくない。とは言え……そうもいかないのが現実だ。
目を閉じる。
気持ちを整理するため、五月は深夜子と梅にすら話していない矢地との会話を思い出す――。
『えっ? 男権が……ですの!?』
『ああ、そうだ。知っての通り、海土路造船は毎年男権にかなりの額を寄付している。そちら側からの圧力は必然とも言える』
『そうなりますと……』
『うむ。仮に、深夜子か梅がタクティクスを潰したとしても、
『いいえ、矢地課長。
『なんだと? 五月雨、お前何をするつもりだ?』
『ですから、
『おっ、おいっ、まさか? 待て! 別に私はお前にそんな――』
すでに
何よりも愛する朝日のため! 五月はこれ以上ない位に肺に空気を吸い込み、意を決してスマホを操作した。
その連絡先は……。
『はい、こちら五月雨ホールディングス社長秘書室。
「お久しぶりですわね、
『――っ!? お、お嬢様!? こ、これは、お久しゅうございます。突然このようなお電話に何を――』
「お母様はいらっしゃいますの? ……五月の、五月の一生に一度のお願いがある――と伝えて下さいませ」
五月の実家が経営する。国内でも有数の大企業『五月雨ホールディングス』であった。
◇◆◇
現在、海土路造船倉庫F号倉庫では、梅と万里たちが激突の真っ最中である。
「うらぁっ!」
万里がその巨躯を活かし、梅のリーチ外から左回し蹴りを仕掛ける。
さすがの梅も、ノーガードで受けれるレベルを超えている一撃だ。
「んなろぉ!」
ならば、と蹴り足にあわせて左拳で迎撃をする。
その腕力ならではの常識外の対応。
まさに、力と力のぶつかり合い!
互いの蹴りと拳が重なった瞬間に、弾けるように反発した。
「いっ
「ちっ! 足をへし折ってやるつもりだったんだが……よっ、と――」
そう言い放つ梅の右手に、鉄製の
花美が攻防の隙を狙い。万里の股下から、突きだしたものだ。
「こっ、これを止めでござるかっ!?」
絶妙のタイミングだったはず。その凄まじい反射神経に、花美は目を白黒とさせる。
「へっ、たりめぇだ。おらぁっ!」
梅がつかむ右手に力をこめた。
「ぬおわっ!?」
凄まじい腕力。抵抗もままならず、間合いへと一気に引きずり込まれる。
「貰ったぜ!」
梅の力を込めた左拳が唸りをあげ、体勢を崩した花美の胴体へと吸い込まれていく。
「くうっ!」
これはまずい! 危機を察知して、花美は瞬時に右腕の鉤爪をはずす。
すばやく離脱。――だけで終わらず、ここは腕の見せ所。
拳をギリギリで見切りつつ、懐から吹き矢を取り出す。
「うおらあっ!」「プッ」
乱暴に振りぬかれた左拳は、花美のわき腹にわずかに
それと同時に、梅の肩へ吹き矢が突き刺さる。
命中。花美はニヤリと笑みをうかべ、バックステップで間合いを取る。
「ふっ、これで――――ぐはあああああっ!?」
突然、脇腹から全身へ走る衝撃に膝から崩れ落ちる。
かすっただけで、内臓が飛び出るかと思えるバカげた威力。
「あ、姉者!?」
「いや、
「ちっ、吹き矢のせいで狙いがずれちまったぜ」
愚痴りながら梅は肩の吹き矢を抜く。
手に残された鉤爪は、タオルでもしぼるかの如く軽くひん曲げ、床に投げ捨てた。
「チビ猫氏。すまぬが、これで勝負ありにござる」
「あん?」
すでに
「先程、お主へ放った吹き矢には、熊用の麻酔薬が塗ってある。悪いが、もう三十秒程度で夢の中でござるよ……万里氏、楽しみが減ってすまぬの」
「はっ! まあ、面白くないけど、しょうがないじゃない。これで再度予定通りと行くかねぇ」
「てめえら! 訳わかんねぇこと言って、なに余裕ぶっこいてやがる! 熊の麻酔だあ? 知ったこっちゃねえぞ、この野郎!」
梅が吠えた。よほど気に食わなかったのか、すぐさま万里たちへと突撃する。
怒りに任せた悪あがき。そう思って花美、月美は悠々と迎撃体勢をとった。
――そして、しばらく四人の攻防は続く。
三十秒経過……。
一分経過……?
二分経過……!? いまだに梅はピンピンとしている。
「バ、バカな……ありえぬ。大型の
「どうなってるですよ?」
困惑する花美たち。すると、梅が攻撃をやめて立ち止まり、ビシリと指さす。
「ふん! バカはてめえらだろ。そんな
「なにぃ!? どういうことじゃ。お主、何か特別な――」
「熊用が人間に効くワケねえだろうがっ!!」
「「「効くわあああああああっ!!」」」
その通り。梅が
――それからしばらく。一進一退が続く。
梅のパワーとタフネスに、万里ら三人がかりでも攻略の糸口すら見えなかった。
「あっははは、参った参った。やってらんないんねぇ~、こりゃあ」
「理屈はともかく、とんでもない奴でござるのう……」
「あ、ありえないですよ……なんで素手で鋼鉄製の武器を破壊できるですよ……それに殴ったこっちの
「んで……メガネチビに狐ノッポ。てめえらの
梅の足元には、鉤爪を始めとして、苦無、鎖分銅、手裏剣、短刀などなど、多数の武器が破壊され散乱していた。
手甲を使った近接格闘を得意する月美とは違い、花美は
そんな二人がぼやいている通り、そろそろ手詰まりだ。
「つーかよ。いちいち
「チビ猫みたいな馬鹿力相手に、冗談じゃないですよっ!!」
「やれやれ……万里氏。こりゃあ、どうしたものでござろうか?」
花美と月美は、すでに息も荒い。かわしきれずに受けた攻撃で、それなりにダメージも負っている。
残る万里は今のところほぼ無傷だが、スタミナの消耗は否めない。
「オチビちゃん、ちょっと聞きたいんだけどさぁ~。Mapsのチーム構成から考えると、ありえないんだよねぇ……その強さ。オタク、何者だぁい?」
万里が唐突に質問をぶつける。梅がのってくる来ないは別として、スタミナ回復の時間稼ぎだ。
「へっ、五月の言った通りだな。人質だの、脅迫だの、そんなせこいことばっか考えてっからこうなんだよ。後悔しても、もう遅いぜ。最強のSランクMaps、大和梅様たぁ俺のことよ! それから――」
最強かどうかはともかく。ノリノリで時間稼ぎに付き合ってくれる
ベラベラと、聞いてもないことまでしゃべり続けている。
そして、
残るもう一人までもがSランク。もし、ここに合流されると厄介ではすまない。
万里は心の中で舌打ちをする。
「いやはや。さすがはお嬢様だねぇ、こりゃ一本取られたじゃな~い。超特急でオチビちゃんを潰さないとヤバいかもねぇ」
「万里
「お、おいっ、万里!」
悩む万里たちの様子に焦ったのか、コンテナの影に隠れていた主が顔を出して声を張りあげる。
「いつまでそんなチビに苦戦してるんだよ? は、はやくなんとかしろよっ! もし、オマエたちがやられたら……きっと、ソイツは―――ボクに乱暴する気だぞ! エロ同人みたいに! エロ同人みたいに!」
「するかああああっ!!」
さすがにそれは心外の梅である。
「ふむ……主殿もああ言っておるし、仕方あるまい。
「む、わかったですよ」
花美と月美が頷きあい、万里へ目配せする。
「あとは任せたでござるぞ、万里氏」
「ああ、下ごしらえは頼んだよぉ。あたいがきっちりぶっ潰すさぁ!」
時間稼ぎは完了。
万里は爬虫類を思わせる瞳をギロリと梅に向け、静かに歩をすすめて間合いをはかる。
「へっ、そうこなくっちゃな! おらっ、かかってきやがれ!」
「ならばゆくぞ、
「了解ですよ。姉者!」
「「
迎え撃たんとする梅に対して、万里の背後から花美と月美が同時に飛び出した。
『流石寺
花美による大量の飛び道具投下にあわせ、死角に潜んだ月美が隙をついて渾身の一撃を加える。必殺のコンビネーション攻撃である。
「けっ! 数が多けりゃいいと思うなよっ!」
大量に飛んでくる手裏剣や苦無。だが、銃弾すら見切る梅の目にはスローモーションに等しい。
防刃グローブをはめた両手を振るって、軽々と叩き落とす。
が、しかし。
「――あん?」
手裏剣の死角に重なって飛んできた一本の苦無。
それにぶら下がる超小型の火薬玉。
反射的に苦無を弾いた途端、梅の眼前で火薬玉が炸裂した。
光と音が、わずかの間だが視覚と聴覚を奪う。
「ちぃっ!」
梅の視界は光にふさがれ、炸裂音が鼓膜に響き渡った。
「貰ったですよ!」
ここで花美の影から月美が飛び出し攻撃を繰りだす。
「奥義・
回転を加えた特殊な踏み込みが床を鳴らした。
普段は出が遅く使えない。コンビネーション専用の必殺技だ。
ずどんっ!!
鈍い音が響き渡り、梅の左脇腹に月美の両手甲拳が突き刺さる。
手応え充分、内臓が破裂してもおかしくない。――だが!
「ちっ、
「なあっ!?」
そこには必殺の打撃を、無防備な状態で受けながら「少しだけ痛かった」と言わんばかりに口元を歪めた梅。
さらに、その左手は
ありえない! あの手応えで無傷などありえない!!
驚愕に凍りつく月美に対して、梅から無慈悲な宣告がなされる。
「まあまあ、だったなメガネチビ。三十点ってトコか」
「ひいいいいっ!? そんな、う、うそ、嘘なのですよ……」
梅の真の恐ろしさは、その常軌を逸した
過去、
最終的には防御を捨て、驚異的な身体能力の全てを攻撃に集中し、ことごとくを葬り去っている。
「
梅の眼光が鋭さをます。鋼鉄製の手甲がメキメキと音を立て、月美の腕を圧迫しはじめた。
「ひっ……ぎゃっ!」
「くっ、
「
飛びかかろうとした花美に向け、野球の投手を思わせる挙動で踏み込んだ足が床にめり込む!
「うきゃあああっ!!」
「うぐわあああっ!!」
まるで投げ槍にでもなったかと思える月美が、花美へと激突!
その凄まじい勢いはまったく衰えず、もろともコンテナの山へと突っ込む。
さらには衝撃で積まれたコンテナが崩れ落ち、二人はその下へ埋まってしまった。
「へっ、一丁あがりってか! ――なにっ?」
なんと梅の頭上に、数個の火薬玉が現れた。
そう、花美は月美と衝突した瞬間。梅に向かって火薬玉を投げていたのだ。
最後の意地ともいうべき、絶妙なタイミングの投擲。梅は再び視覚と聴覚を奪われる。
「はっはぁっ! よくやったよ花美。おらあっ、
ここまでがワンセット。
隙を逃さず控えていた万里が襲いかかった。
その巨躯に似合わぬ素早さ。まるで、三段跳びでもするかの走りで加速する。
弓のように全身をしならせ、スピード、体重を蹴り足へと集約。無防備になっている梅の腹へと叩き込む!
「ぐふうっ!」
初めて苦痛らしい声をあげた梅が、ゴールに突き刺さるサッカーボールのようにコンテナの山へ激突する!
凄まじい衝撃音と共に積まれていたコンテナが次々と崩れ落ち、月美たち同様その下敷きとなった。
万里はその光景をながめ、勝利を確信するのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます