第4章 やはり美少年との日常は甘くて危険らしい

第30話 焼肉事件(前編)

 すっかりいつもの日常に戻った朝日家。

 そんなある日の夕方――。



「「「「かんぱーい!!」」」」


 朝日ら四人がバーベキューテーブルを囲み、それぞれグラスやジョッキを掲げて乾杯をしている。

 本日は庭にて、焼肉パーティーが開催されているのだ。


「うーん。すごいなぁ、庭が広いと本格的なバーベキューも簡単にできるよね」

 大型のバーベキューコンロにテーブルセット。さらにはパラソル付きガーデンテーブルと充実した装備に朝日もご満悦。

「トウモロコシ焼かなきゃ」

「くぅー! やっぱ焼肉の時には生だぜ、生!」

 梅はすでに大ジョッキのビールを飲み干し、サーバーに二杯目を注ぎにいく。

「トウモロコシ焼かなきゃ」

「朝日様のお優しいお気遣い。本日は是非とも甘えさせていただきますわ!」

 ウイスキーグラスを片手に五月もご機嫌だ。

「トウモロコシ焼かなきゃ」

 はい、トウモロコシなんですね。


 トウモロコシはともかく、せっかくだからお酒もどうぞ! とはパーティ立案者である朝日の言葉だ。

 しかし、いかにセキュリティがしっかりとしている朝日家であっても、Maps全員が警護対象を囲んで、酒盛りして焼肉を食べていました(キリッ)ではさすがに事件発生である。

 最低限の仕事してる感じポーズは必要。なので、三人の中で一番酒を飲まない深夜子がシラフ要員となった。

 ちなみに、この世界は十八歳で成人扱いとなる。朝日以外は飲酒可能な年齢だ。


「それじゃあ、ご飯がいるひとー。あと、お味噌汁も作ってあるから欲しかったら言ってね」

「朝日君の味噌汁! もち、いただき!」

わたくしも軽くご飯とお味噌汁をいただきますわ」

「俺はご飯がっつりな! 味噌汁もどんぶりで貰うぜ!」

 出てきた大盛りのご飯と味噌汁を、梅は即座に胃袋へとかき込む。

 一息でほぼ半分を平らげると、五月の手元へ視線をむけた。

「おい五月。しっかしお前さ、焼肉にウイスキーのロックってありえねえだろ。普通ハイボールじゃねえか?」

「はいっ? はぁ……何をおっしゃいますやら。このマッカラン二十五年をハイボールにするとかありえませんわね」


 やれやれと言った雰囲気で、十万円クラスの高級ウイスキーの瓶を見せつける五月。

 それを見た梅の表情は「うへえ」とでも言いたげに苦々しく変わる。


「ぶはっ! なんてもん用意してやがんだよ。お前……酒が飲みたいだけじゃねえか?」

「んなっ!? そっ、そんなことはなくてよ。ほら、こちらはわたくしが朝日様のために取り寄せしたお肉ですわ」

 

 五月が自慢げにドン! と床下から木箱を取り出した。

 どれもこれもが、筆文字で産地や牧場名などが書いてある高級牛肉。しかし、梅の表情はさらに苦々しくなる。

 

「おい……五月……その肉、なんできりの箱とかに入ってんだよ? 高けりゃいいってもんじゃねえぞ。それにたけえ肉は脂身も多いから、ちょっとでいいんだよ。そういうのは!」

「失礼な、お肉ばかりではありませんわ。ほら、こちらをご覧になって! 国外から取り寄せた生ハムとチーズでしてよ。わたくしのお気に入り――」

「なんで焼かねえもん出してんだよっ!? 完璧に酒のツマミじゃねえかって――あん? どうした深夜子?」

「トウモロコシもおつまみになるよ」

「「………………」」


 どうも、やたらとトウモロコシ推しな深夜子。

 足元には大きなダンボール箱一杯分のそれ・・が置いてある。

 トウモロコシが特産品の北海区から取り寄せた甘くて粒が大きい逸品、とは本人談である。もちろん二人にはスルーされた。


「さっ、ささ朝日様。五月の用意したお肉をご賞味くださいませ」

「おっと……ほらよ朝日、皿出しな。タン塩とロースが焼けたから置くぞ」

「ん。ありがと梅ちゃん」


 アレやコレやとうるさい梅は焼肉奉行のポジションらしく、色々な肉を焼いては取り分けしている。

 そこにするりと深夜子が割り込んできた。


「朝日君。あたしのトウモロコシあげる! 焼肉のタレで食べるとおいしいよ」

 ネバーギブアップトウモロコシ。

「あ、ありがと……深夜子さんのトウモロコシって……丸ごと一本なんだ。あはは」

 ちまちまとカットするなど論外。女は黙って丸ごとである。

「くぉら、深夜子! 網の上をトウモロコシで占拠してんじゃねえよ。ここは祭りの出店かっつーの」

「ふっ、梅ちゃん。焼肉のタレとトウモロコシのコンビネーションは正義ジャスティス!」

 キラーンと目を輝かせる深夜子。相手してもらえて嬉しかったんですね。

「知るかあああっ! 今日は焼肉だっつってんだろうが!」


 とまあ、いつものノリで掛け合いが飛びかう。

 にぎやかに、楽しく、四人それぞれの時間は進んでいった。


◇◆◇


 さてしばらく。

 そんな中で五月はやたらと酒が進んでおり、ウイスキーの瓶はあっという間に半分近くになっていた。


「はああぁ……朝日様美少年を肴に呑むお酒。たまりませんわぁ……」

五月さっきーなかなかの上級者っぷり」

 

 頬を桜色に染め、五月は一人離れてガーデンテーブルに座る。朝日の姿をながめながら、ひたすら酒とつまみを楽しんでいた。

 そんな姿が独り寂しく酒を飲んでいる様子に見えたのか、朝日が何やら皿を手にしてやってきた。


「五月さん。お漬物を持ってきたんでおつまみにどうぞ」

「んまあ!? まあっ、まあまあっ、朝日様はなっんってっ、おやさしい! ささ、それでは五月のそばへどうぞ」

 

 上機嫌で漬物の入った皿を受けとり、そのまま朝日を隣に座るように促す。いや、絡みついて座らせる。


「あはは、五月さん上機嫌ですね……。あっ、じゃあ、お酒は僕がつぎますね」

「ん゛まあっ! 朝日様にお酒をついでいただけるなんてっ、五月は幸せ者ですわっ」


 オーバーに感激する五月。その手はするりと朝日の肩に巻きついていく。

「ちょっ、さ、五月さん?」

「さあ、朝日様。五月のそばでごゆっくりしてくださいませ……ふふふ」

 とか言いながら、朝日をぐいっと胸元に抱きよせて五月はご機嫌でウイスキーをあおる。キャバクラなどで良く見る光景である。


「酔っぱらい五月さっきー、それ完璧にセクハラ行為。」

「だまらっしゃい! そんなことはぁありませんわよねぇ~。あ、さ、ひ、さ、まぁ」

「え!? あ、は、はい。そう……ですね」


 とろんとした流し目を送りながら朝日に同意を求める。もちろん抱き寄せついでのスキンシップも忘れない。

 見本のような酔っぱらいセクハラマシーンと化している五月であった。


「もう! 五月さっきーあんま朝日君にベタベタしない」

「んまあ、お酒の席で不粋ぶすいですこと。今は朝日様五月そばに居てくださってるんですの! 深夜子さんはどうぞトウモロコシをお好きなだけついばみ遊ばせ」

「ぐぬぬ、おのれ酔っぱらいめ……じゃあ、あたしも!」

 

 ならばと、深夜子は朝日を挟んで五月の逆側に陣取る。

 二人による朝日の取り合いが勃発した。と言っても、シラフと酔っぱらいではさすがに分が悪い。

 結局らちが明かないと業を煮やした深夜子がスマホを取り出し、ゴソゴソと何かを始めた。

 チラッと朝日がのぞいて見ていると……。


「ふっふっふ。このセクハラ写真をトゥイッターで拡散すれば…………五月さっきー、社会的に死ぬがよい」

「あのー深夜子チームリーダーさん。それをしたらさ、結果的にMapsチームごと全員死んじゃうんじゃないかな?」

「ふえ? ……………………ああっと!!」

 危うく全員道連れの自爆行為寸前であった。


 ――それから、時間が経過することさらに一時間。


「はへ? 氷が切れてしまひましたわね」

「五月さん……もしかしなくても、かなり酔っぱらってますよね? あの、冷蔵庫の氷ならあると思いますけど……大丈夫ですか?」


 朝日も心配する程度に五月が出来上がっていた。


「あらあ、あは日様っ。おやさしひですわねっ。ふぁ月はぜんれんだひ丈夫れすわよ……それはら、水道すひの氷はお酒のロッふには使ひませんの、ですわっ」

 まだ飲みたりないらしく、五月はウイスキー用の氷を欲しがっている。

「あっ、そうなんですね……えと」

「いいよ、あたし買って来る。ついでに買いたいものあるから……んと、片道十分くらいだから少し待ってて」


 そこにシラフの深夜子が自分の買い物ついで、とお使いを買って出るのであった。


◇◆◇


 バイクで出発した深夜子を見送って、朝日は片づけを進めておくことにした。

 空いた皿や大量のトウモロコシがらをゴミ袋にまとめる。

 いつもなら率先して手伝ってくれる五月だが、すでにただの酔っぱらいと化している。

 一方で焼肉奉行を終えた梅は、ご飯、肉にビールとひたすら飲み食いに徹していた。

 しかし、あの小さな身体のどこに入って行くのだろうか? ……凄まじい量を胃におさめるその姿に、多少疑問を感じる朝日であった。


「ふうっ、ちょっと喉が渇いちゃったな……えと……」

 ゴミを処分して庭へ戻ってきた朝日の目に、ちょうどテーブルに置いてあるコーラが映った。

「あっ、ちょうどいいや」

 新しい氷も入れてあり、まだほとんど溶けていない。

 きっと梅が用意してくれたものだろう、朝日はグラスを手に取った。


 ――しばらくして、梅がテーブル前でキョロキョロとしている。トイレに行って戻ってきたのだ。


「んあれ? ここに置いてた俺のコークハイ・・・・・どこいった?」


 梅はビールに飽き、トイレに行く前にコークハイを作っていた。

 それが無くなっている? 深夜子は買い物に出ているし、五月は飲む酒の系統が違う……嫌な予感が頭をよぎる。


「まさか……」

「あはっ、このコーラちょっと苦いけどおいしー!」


 嫌な予感がする先から、非常によろしくない内容の声が聞こえてきた。

 すぐさまそこに視線を向けると、コークハイを飲み干している朝日の姿があった。


「うわちゃー! 朝日。そりゃ酒入ってるからお前が飲んだらまずいっての」

「えー、そうなの? あははっ、全部飲んじゃった。それにーおいしかったよ。おかわりー」


 すでに顔が赤くなっている朝日。

 言葉使いがいつもより軽い。どうやら酔いが回り始めているようだ。これはいかん。


「うげっ……お前もしかして、もうアルコール回っちまってんのか? って、おかわりじゃねえよ。ほら水飲め、水! ……おい、朝日?」

 梅は水を差しだしてみるが、朝日は完全スルー。

「んー、なんか身体熱くなってきたなー」

「は?」


 なんと、おもむろに上着を脱ぎ始めた。

 その下はタンクトップなのだが、支給品なので少しサイズが大きい。

 なので、左肩部分がずり落ちている艶姿が披露される。あざとい。さすが朝日あざとい。


「うおおおおいっ!? な、なななななんちゅうかっこしてんだよ! こらっ、う、上を、上着を着ろって」


 実に目の得、いや、目の毒な光景。梅はできるだけ見ないようにして注意する。

 だが、本能がそれを許さない。ついつい目を覆う指の隙間すきまから、ちらちらとのぞいてしまう。


「えへへ。もー梅ちゃんは可愛いなー」


 どうもその仕草が朝日のツボに入ったらしい。

 突如、かばっと両手をひろげ抱きつこうとしてきた。


「こっ、こここここらっ、朝日、抱きつくなっての。わかった! わかったから! 水飲んで部屋戻って休め、な?」

「んー? やだー」

 甘ったるい声とともに、朝日が背中から羽交い締めをするようにしてまとわりついてくる。

 伝わる体温と感触がなんとも――じゃねえ!

「うおおおおおおおっ!? だ、か、ら、抱きしめてくるなぁ! 朝日、お前、酒にめちゃくちゃよえぇんじゃねえのか?」

「んー? お酒? 飲んだの初めてだよー。にへへ、梅ちゃんから焼肉のにおいー」

 右肩にとん、と朝日の顔がのってきた。そして首筋に鼻と唇の感触。さらにはすんすんと鼻息がかかる。

 梅の背筋に電気を流されたような衝撃が走った!


「うっきゃあああああああ!? お、おおおまえ、く、首筋をクンクンするなぁ! や、ヤバい。それはヤバいっての!」

「えー、けちー。梅ちゃんお風呂入ろって言ってもいつも逃げるしー」

「なんで! ここで! その話が出てくんだよっ!? はっ……そ、そうだっ、五月。おい五月! 朝日を引き剥がして――」

「はぁ、あらひはまぁ……もう、さふきはほめまふぇん……れすわ……はわ……くぅ…………すやぁ」

「てめえ飲み過ぎだあああっ! ウイスキー丸々一本空けてんじゃねえぞおおおおおおっ!」


 どうにも酒の肴あさひが良かったらしく、すでに酔いつぶれて夢の中の五月であった。


 梅、超ピンチ。

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