第2話 特殊保護男性は美少年

「着任? ……いや……まだ面接が……あっ!」

 突然の通達に深夜子は困惑する。が、腐ってもSランク、ハッと気づく。

「もしや特殊保護案件?」

「ご明察、そのとおりだ。とにかく資料に目を通してくれ」


 ドサッ、と目の前に分厚いA4サイズの資料が置かれた。深夜子は早速、手にとって読み始める。


「今回は保護男性の特殊性から、上の判断でX案件・・・となった。Sランクのお前を含め、他メンバーもAランク以上の計三名でチームを編成する。――と言っても、私の管轄でAランク以上は人手不足だ……お前以外はな! お前以外はな! 良かったな色んな意味で!」

「むう、言い方……」


 おのれ、大事なことでも無いのに二回も言われた! 深夜子はジトッとした視線を矢地に送る。


「ふっ、まあ良かったじゃないか」


 それだけで人を殺せそうな深夜子の目力だが、矢地には慣れたものだ。軽く受け流し、率直な気持ちを口に出して背をたたいてやる。なんだかんだと深夜子の能力は買っているし、配属直後から手間がかかりっぱなしの可愛い部下なのだ。


◇◆◇


『特殊保護事例X案件』

 男性保護法の中でも最重要設定事例。保護対象が出身地不明、かつ国際規定文化圏外国人であることが前提条件となっている。

 他にも色々と細かい条件や設定があるのだが、今は割愛させていただこう。

 簡単に説明すると『この男性。別の星からでも来たんじゃないですか? ヤバくないですかね? あ、でも男性ですから! 我が国で保護しますとも。ええ、超保護しますとも!』案件である。


「それにしてもX案件とは驚いた」

「そうだな。私もこの仕事に就いて十年以上になるが、初めてだよ。知ってはいたが、実際にお目にかかることになるとは思わなかった……たしか、二十年以上前に一件だけ事例があったはずだが……」

「人員配置がS込みのAで三名構成……これも驚き」

 資料に目を通す事わずか数ページ。その条件に深夜子は驚きを隠せない。


「上からのお達しだ。理由は資料を読み進めればわかる……にわかには信じれん内容だがな」


 本来MapsのS、Aランクと言えば、Bランク以下を率いて男性警護を行うチームリーダーの役割を担う立場だ。他ではいわゆる社会的地位の高い要人男性、国際的来賓男性客など、非常に重要な案件での身辺警護を任される。


 国の上層部判断とは言え。人数も少なく優秀なS、AランクMapsを一人の保護男性に三人も配備するのだから、その特殊さが伺えた。さらに対象である保護男性の情報ページに入ったところで、深夜子は自分の目を疑う。


矢地やっちー課長。これ意味がわからない。男女比率がほぼ一対一の国から来たとか、どこのラノベ?」

「そうだろうな。実際、相当に物議をかもしたそうだが、ウチの調査課連中が出してきた資料だ。少なくともデタラメではないさ」


 あり得ない……そう思いながらも、深夜子は再び資料を読み進めた。そして、その情報量に圧倒される。


 日本にっぽんという国名。その人口や地理、地形。大量の聞いたこともない地名や固有名詞。国や社会の構造、科学技術、生活水準や文化レベルにそう大差はないが、男女についての常識は決定的に違っていた。


 その内容の濃密さは、深夜子が愛してやまない『男女比率逆転・あべこべ小説』の設定魔に部類される作家が、仮に男女比一対一の世界観で作ったとしても足元に及ばない完成度と思われる。


 これは、この資料は本当にとんでもない。深夜子は真剣な表情を矢地へと向ける。


「……ヤバい。この資料があれば『小説家をやろう』で一作書ける。書籍化間違いなし!」

「ほう……どうやったらその感想に行きつくのか――お前の顔面に詳しく聞かせて貰おうか!!」

 矢地の右手が光って唸る。

「ふおわあああああっ! しっ、失言。ややや矢地やっちー課長様。か、勘弁。マジ勘弁! こ、これ以上は、もう顔の形変わるからダメえええええ!」  

 いちいち明後日の方向で飛んでくる回答に、矢地はこめかみを押さえる。

「……まあいい、証明できない情報はさほど重要ではない。世間にこの資料の内容が公表されるわけでもないからな。彼が仮に異世界の住人であろうと、宇宙人であろうと、我々のすることは変わらない。いつもどおりに男性保護・・・・を最優先だ」

「ら、らじゃ! 最優先! それはもう最優先!」


 アイアンクローの恐怖から反射的にオウム返しをしてしまう深夜子。

 そんな中、ふと頭をよぎるのは保護男性自身の情報。異世界人? 宇宙人? 穏やかでない単語に、つい変な想像をしてしまう。いそいそと資料に目を通しなおすこと数ページ。本日最大の衝撃に襲われた!


「んなああああああああっ!? やっ、ややややっちー!!」

「なんだ。今度はどうした?」

「こっ、こここここれ、保護対象の写真がCG。絶対CG」


 深夜子が絶叫してしまった理由。それは保護男性の写真。そこに、この世のものとは思えない美少年が映っていたのだ。


「これはフォトショさん過労死案件。盛りすぎにも程がある」

「いや、実物だ。……まあ、私も事前に面会してなければお前と同意見だったろう。とんでもない美形だよ。結婚・・していなければ、私も警護担当に立候補していたところだな」

「くっ、その地味な勝ち組アピール」


 これは悔しい。深夜子は思わず苦々しい顔を向けてしまう。

 なんせ自分の上司である矢地亮子、彼女はすでにMaps現役時代に警護任務こんかつを成功させている。さらには、その実績から三十代にして課長へ昇進している正真正銘の勝ち組なのだ。


「ははは、まあそう言うな。正直一生かかってもお目にかかれないレベルの男性だ。私も素直な感想だよ」

「まあ……それは……確かに……ふへっ」


 だが、ネガティブな思考も美少年の写真の前には消え去るのみ。気がつけば目が釘付けになってしまい、生返事になっていた深夜子だった。


 そのまま視線は特殊保護対象男性のプロフィールへ。


 彼の名前は『神崎かんざき朝日あさひ』、年齢は自分より一つ年下で十七歳。身長164センチ、体重52.5キロと、多少やせ形でバランスのとれた体型だ。素晴らしい。

 何より、顔のパーツ全てが奇跡と呼べるレベルで整っている。セミロングウルフヘアの黒髪、パッチリとした二重の瞳に、左目の泣きぼくろ。あらやだ素敵。

 年齢よりも幼げに見え、やたらと庇護欲をそそる中性的な顔立ち。やばい、これもう尊すぎじゃないですかね。


 そして、特に印象深いのは健康的な肌つやとしっかりした体格。深夜子にとって男性とは、細くて筋肉も少なく弱々しい存在だ。しかし、写真のラブリーマイエンジェル朝日たんは違う。別の世界から来た、と言われても納得せざるを得ない。正真正銘、規格外。絶世の美少年である。


「これはテンションストップ高」

 写真を凝視していると、ついゴクリと唾を飲みこんでしまう。そんな深夜子に、不安そうな矢地の視線が突きさってくる。

「おい、頼むから顔あわせでやらかすなよ」

「ふへっ、かわいい……むふっ……うひっ」


 最高の美少年を無条件で身辺警護こうりゃくできるという最上級の幸運。不安は吹き飛ぶ。自分はこの時のために男性警護業の頂点と言われるMapsになったといっても過言ではない。ついつい夢がふくらむ妄想をしてしまい、深夜子の精神はいつの間にか現実から旅立っていた。


「おいこら深夜子!」

「はっ!? ……ら、らじゃ、がんばる。これは人生で一番がんばる!」

「……まあよし、すでに一通りの処理は完了している。保護対象と面談して、問題がなければそのまま任務に移行だ。追加メンバーの着任は明後日以降の予定となっている。お前がチームリーダーになるので、合流と着任後の指揮は頼んだぞ」


 深夜子と矢地。それぞれ期待と不安を抱え、美少年との面談室へと向うのであった。



 ――面談室。


「神崎君、紹介しよう。君の身辺警護と生活補助のチームリーダーを担当することになるSランクMaps、寝待ねまち深夜子みやこだ」

「はじめまして、神崎かんざき朝日あさひです。よろしくお願いしま……あれ?」

 

 朝日の前には、だらしなく口元を緩め、あやしげな吐息をらしている女性がいた。猛禽類を思わせる鋭い目つきなのだが、それも口元同様のだらしなさ。とろけるような表情で自分を見つめている。


「……おい、深夜子」

 矢地が呼ぶも返事がない。どうやらメロメロ状態のようだ。

「おいこら深夜子!!」

 今度は呼び声と共に拳が頭上に落ちた。

「ぐへえっ? ハッ! ……しっ、失礼。精神が別世界に」

 やっと帰還したらしい。


 ――寝待深夜子の緊張は極限に達していた。


 実物はまさに別格。移動中に穴があくほど凝視した写真の美少年が目の前にいる。


 しかも、自分と目を合わせてもまったく物怖ものおじしないのだ。さらには穏やかな笑みを浮かべ、挨拶もしてくれている。普通の男性なら、初対面の女性に対して警戒的な反応を示して当然だ。

 過去、自分の見た目目付きなら尚更であった。ところが、彼はこの想定外な素敵反応。緊張に動揺が上乗せされる深夜子だが、ここは大事なファーストコンタクト。気を引き締めて挨拶を返す。


「ねまひみひゃこれす。よろひく」

 噛みまくった。

「おい……深夜子。大丈夫か?」


 まさに失態――あたしは処女か? いや、処女だ。深夜子自身も驚いてしまうほどのグダグダぶり。

 もちろん職業柄、男性との面接経験めんしきは一般女性とは比べものにならない。Maps養成学校時代には、男性学の一環として男性への対応、自制心強化の訓練もきっちりとこなしている。はずなのに、これはまずい。非常にまずい。


 ――絶対に負けられない戦いがここにあった。

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