夏祭り(怖い話)
それはある男が想い人と夏祭りに行ったときのことだった。
ヒュ~…ドンッ…「たーまやー!」
色鮮やかな花火が上がる度にそこかしこから歓声が響く。
男は夏祭りのフィナーレを彼女と共に楽しんでいた。
花火の光に照らされた彼女の横顔が美しい。
やっとの思いで漕ぎ着けたデートだった。
普段とは違う浴衣姿に始終ドキドキしながらも、上手くエスコートできたと思う。あとは、帰り道で告白をするのみ。
「……はあ、綺麗だった~」
最後の花火が終わり彼女がこちらを向いた。
「本当に綺麗だったね」
男は目を細めながら、彼女の手をとった。
「もしよかったら、この後、河原で休まない?」
「うん!」
段々と疎らになる夏祭りの会場を後にして、他愛ない会話をしながら二人で川沿いを歩いていく。
「ここら辺で休もうか。飲み物買ってくるから待ってて」
男は近くにある自販機まで走り、二本のお茶を買った。
しゃがんでペットボトルを手に取る。
そこで、ふと、先ほどまで響いていた虫や人の声が止んだ気がした。
「……あれ、こんなに暗かったっけ」
男は電灯の心もとない光の他に明かりがないことに、なぜか酷く恐怖を覚えた。
早く彼女の所に戻ろうとしても、暗闇で前が見えず中々足が進まない。
しばらく進んでいくと後ろからヒタヒタ……と足音が聞こえてきた。
「……カエシテ……カエシテ」
不気味な女の声も聞こえてくる。
男は怖くなって早足に彼女の元へ駆けた。
「早く早く早く!」
いくら走っても彼女の元へ戻れず、息が切れ始めた時だった。
男が前を見ると河原に座っている女の背が見えた。
「……戻ってこれた!」
安堵した男は後ろを振り返ると、さっきまで追って来ていたと思った女も声も聞こえず、自販機があるのみだった。
「な……んだ。幻聴か……くそっなんだってんだよ!……おーい!買ってきたよ」
彼女の背に声をかけながら隣に座る。
「あれ?髪飾りとっちゃったんだね。髪上げてる姿も可愛かったけど、下ろしてる姿も可愛いな」
「……」
「どうしたの?」
「……」
遅くなってしまったからへそを曲げてしまったのだろうか。
何事かをボソボソと喋り続ける彼女。
「かのちゃん?」
男が彼女の名前を呼んだ瞬間、彼女の動きが止まった。
ゆっくりと男の方へ向けた顔は青白く、瞳は真っ赤に充血していた。
「…カエシテ!!!」
男に言われて河原に座っていた彼女は待ちくたびれていた。
「遅いなぁ。どこまで買いに行ってるんだろう」
後ろにある自販機を見ても男の姿は見えない。
「もう帰ろうかな。……ん?」
腰を上げようとした彼女の耳に男の悲鳴が聞こえた気がした。
しかし、周りを見回しても何もない。
「まあ、いっか」
彼女は家路についた。
それから男の姿を見かけることは一度もなかった。
後から聞いた話しでは、男は彼女と出会う前に一人の女と交際していたという。
付き合うなかで子供ができ、それを疎んだ男は女に中絶を強いた。女はショックで自殺。
男は示談交渉で高い慰謝料を払い、女の家族との関係を断っていたという。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます