クラスメイトが百合援交の相手だった件について


 夜の街に憧れていた。

 平凡なクラスメイト達にヘラヘラ顔を合わせて、つまらない話にもケラケラ笑って、他人の不幸に同調して神妙な顔を作ったりして、無駄に金を捨てて、そんなことをしても簡単にひっくり返るような薄氷の上を歩く日々。そんはなモノからかけ離れた夜に惹かれてた。


 高校を卒業したら夜の街を生きるんだって、想っていた。

 分かりやすく、シンプルに、欲望に染まった爛れた世界。そんな世界はこんなクソみたいな光の世界よりも私には魅力的だった。そうするしかなかった人達の事なんて知らない。

 私の夢は、理想は、誰かにとってクソみたいな現実だ。

 きっと私の生きている現実は誰かにとって理想的な世界なのだとも思う。

 結局、誰もが自分とは違う世界に憧れるってだけだ。


 私はイマに満足なんて出来やしない。

 なまじ今まで幸せだったから。欲望に、理想に制限が無い。

 それだけの話。


 では、ここで一つの設問。

 ここまで下らない私の語りにつきあってくれた誰かに問おう。

 そんな人間が「自分の現実側に居る人が理想の世界に住んでいた場合、どのような行動に出るのか?」

 分かるかな?まあ、分からなくても大丈夫。

 どうせすぐに分かるから。

 これはそう言うお話だ。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 その日は雨が降っている日だった。降り注ぐ水の雫が汚く光るネオンを滲ませている。滲んだ光が美しい夜の黒さを穢しているけれどそんな感傷すらも洗い流すように激しい雨音が傘から奏でられる。


 その五月蠅さは少しだけ気持ち良いものかもしれない。なんて風に言って。

 雨は靴が濡れるし不快なだけだ。

 物語で見ると風情が有って良いけれど、現実では煩わしくて、そのズレが気持ち悪い。

 憧れも、理想も遠くから眺めているのが一番幸せだ。どんなに綺麗なモノでも手の内に入ってしまえばきっとそれは下らないモノに

堕ちる。


 それはきっと恋とか友達とかそういうモノも。


 目を閉じて知らない振りをして何も知らないままに憧れて、それが私には丁度いい。

 そんなことを考えて夜の街を歩く。


 すれ違う人達、皆に物語が有って、幸福が有って帰る場所が有る。それはきっと特別なことで、幸せなことで、残酷なことだ。

 帰る場所が有るからってそれが心休まる場所だとは限らないのだから。

 吐き捨てるように、言い聞かせるように、そんな言葉を心の中で呟く。

 そう思えばそうだった私の事を少しは肯定できる。ような気がする。

 ぬるま湯の中で泳ぐような錯覚。気持ち良さも気持ち悪さもこの錯覚の中では等価だった。

 そんなことを考えながらホテルに着く。制服を隠す様に羽織っているパーカーのジッパーを閉じる。スカートはそれっぽいだけのものだから問題は無い。そしてホテルの中に入る。

 スマホに表示されている部屋に向かう。今からしようとしていることを考えても吐き気はしなくなっていて寧ろ楽しみに感じている自分が居てなんだかなって思う。多分それは慣れのようなモノであってそれ自体が良いか悪いかで言えばきっと最悪だ。

 少なくともワイドショーとか学校の知り合いに言ったら軽蔑されるようなものであることは自覚している。けれどもう私はそういうモノになっているからどうしようもない。それに少なくとも今の私は今の私を肯定している。だったら問題は無い。


 いつだって正論を振りかざすのは私を救わない第三者でしかないのだから。


 なんて風に捻くれたことを考えて、子供だなって皮肉気に笑う。分かってる。私はまだまだ子供だ。それも激しく痛い部類の。それでも親の下に居るのが嫌でこうして生きている。

 ホテルで自分の体を売って宿とご飯を確保している。まあ、女性相手だけだけど。女性が好きと言うかは単純にリスクの問題だ。性病とは正直どうでも良いけれど妊娠とかするのを考えると死ぬほどめんどくさいし、もっと言えばそれを考えると死ぬほど吐きそうになって気持ち悪くなる。けれど快楽は惜しくてその妥協点として、と言ったところだ。


 多分、そういうのを管理する所はあるけれどそこは柵が多いから嫌だった。こんな考えは舐め腐っているけれど、それを自覚したうえでの選択。保護と束縛は表裏一体どころではなくてむしろ同じこと。見方や言い方の違い。

 束縛されることで保護されていて、保護するために束縛する。その環境が心地よければ保護と言って、苦しかったら束縛と言う。それだけのことだ。

 はあ、とため息を吐いて思考を切り替える。


 結局、私は私のためなんて言われて束縛されるのが嫌いなんだ。

 どうせ縛られるのなら保護のためでなくエゴのための束縛のほうがよっぽど良い。

 私にとってそれは一つの真実だ。


 部屋に入る。薄暗い廊下が有ってその中を歩く。珍しいことに靴を脱ぐ場所が有ってそこに置く。スリッパに履き替えて進む。二、三歩歩くと後ろから音がした。鍵が閉まる音だ。

 何と言うか防犯とか大丈夫なのかこの建物、と呆れる。警察とかに入られたら間違いなく危ないだろと思う。私には関係が無いけれど。

 もしも私を終わらせてくれるのならそれはそれで、そんな風に思っている。危険なんてモノで止まれるほど私は私を愛してはいない。

 少し長い廊下を進んで広い空間に出る。


 真っ先に目に入るのは神秘的とすら言える青の照明に染まった空間と純白の雪を固めたように真っ白な天蓋付きのベットだった。その光景に私の心は飲み込まれる。余りに幻想的で美しい。

「やっほー。待ってたよ。夜波よなみ こと、さん」

 そんな風景の中で、ベッドに腰かけて楽しそうに笑っていたのは私のクラス委員長の川崎かわさき美穂みほだった。


「何で……いるの……」 

 それを見て掠れた声が私から零れる。そんな私に満足したのかその笑みをより深めて彼女は笑う。嗤う。

「なんでって……決まってるでしょ?貴女と遊ぶためだよ。ねえ?夜波さん?」

  そう言うと腰かけていたベッドから降りてこちらへ歩いてくる。その動作が余りに自然で私は反応が出来ない。そして手を伸ばす。そのままむき出しになっている私の喉を人差し指でつーっとなぞる。綺麗に切りそろえられた指先が喉を走る感触に体が強張るのが自分でも分かる。だからと言って何かが出来るわけでもなかった。動いたらその綺麗な指が私の喉を潰す。それが確かな実感として有った。


「おい。辞めろよ」 

 彼女が少し指を浮かした瞬間に思いっきり体を引いて手を払いのける。そして出来る限りドスを効かせて言う。

「良いですね。いつもの貴女みたいで。私はそっちの方が好きですよ?」 


 そんな私を見て川崎は首を傾げて、人差し指を唇に添えて妖艶に微笑む。その瞳を真正面から覗くとガリガリと正気が削れる音が聞こえる。勿論、そんなのは錯覚だ。いつも聞いてるはずの声なのだから。

「強がってるみたいで。可愛くて」

「うるさい。お前に何が分かる」

「私には何も分からないよ。けれどそうだったら良いなって思うだけ」

「……は?どう言う意味。それ」

「さあ?貴女には分からないってだけ。別に私が貴女に全てを教える必要なんて無いし。知りたいなら自分で気づいてよ」

 肩をすくめてそう言った。

 そして取り敢えず大事なのは今日の貴女は私のモノであるってことだよ。ね?と彼女はメール画面が表示されたスマホを指でつまんで見せながら続ける。


 何も言えなくなって私は黙り込む。フリーでやってるからこそこう言うのは裏切れない。それになにより彼女にこのことを知られている以上、私には逃げると言う選択肢は無い。死ぬのは良いけれど社会的に死にたいわけじゃない。私は楽しく生きて、楽しく死にたいだけだ。そのためにこの活動をバラされるのだけは嫌だった。

 

「それじゃあ、早速」

 そう言ってこっちに近づいてくる。綺麗な笑みを浮かべてゆっくりと。

 私は一歩下がるけれどそれにお構いなしに歩みを続けて来る。更に下がるけどそこには壁しかなくて私は止まる。

彼女が私に触れられる位置まで寄ってくる。

 そして首元のリボンをするりと抜き取る。リボンが床に紐となって落ちていくのが視界に入る。

 音も無く地面について花のように広がった。

 そして熱く湿った感触が私に触れる。呼吸が出来なくなって苦しくて、涙が浮かぶほどに長く激しいキス。何でこんなに呼吸が続くんだろうって思うくらいに長くて意識が蕩けていくのが分かる。苦しくて、辛くて、そしてなによりも気持ち良くて、そんな口づけだった。余りの快感で涙が滲んでくる。

 そんな私を見て楽しそうに笑う彼女は私を抱きしめた。

 ねえ、そんなに気持ち良かった?と耳元でたっぷりの吐息交じりの声で囁かれる。その声が耳をなでる感触が気持ちよくてさらにトリップする。

 普段の凛とした声や態度とのギャップ。

 それはああして相対するよりもこうして直接触れ合うことでより強く感じられる。たぶん、それは私にとって感じられることこそが現実感を持たせるから。細い指が私の体をなぞり、その声は熱が感じられるくらいの近さで私に刻まれる。

 それが私のリアリティを壊して飲み込んでいく。

 日常からかけ離れているのにどこまでも同じであるその矛盾。

 壊れるほどの気持ちよさと、痛いくらいの熱。

 一度そのモードに入ってしまったら私の思考はそこに飲み込まれる。

 混乱と享楽の中で私は理性を手放す。

 私はもうとっくに快楽の奴隷だ。

 地面にへたり込んだ私の襟をつかんでベッドまで引きずられていく。重って言いながらベッドに私を投げ込んだ。

「あーあ。こんなに目を蕩けさせちゃって、そんなに良かった?」

 蔑むように、からかうように笑いながら言う。朦朧とした意識の中で私は自然と頷いた。彼女は顔にかかった髪の毛を払い落として顔をなぞった。その指は燃え上がる快楽の中では涼しさすら感じさせるもので、触れる瞬間だけは冷たくて、けれどすぐにより強い熱となって私の体に残ってく。

 輪郭をなぞり終わった後に唇をなぞる。指に着いた口紅を見てまた笑う。その指をペロリと舐めた後、反対の手で鼻をつままれる。息を求めて口を開くとさっきまで私を撫でていた指をそこにねじ込まれた。そして口内を蹂躙し始めた。舌を抑えたり、引っ張ったり、引っかいたりしてくる。何の抵抗も出来ずに一方的に行われる蹂躙は私をただただ壊してく。意識も理性も飛んで与えられる指を舐める。そこにはプライドも外聞も無い、ただただ幸せで惨めな私が居た。

 そのまま意識は溶けていく。


 意識が戻るといつの間にか裸になった彼女が私の横で眠っていた。心地いい倦怠感に襲われた私は彼女の体を呆然と見ていた。記憶は無くても確かに刻まれた快楽は私の中の彼女への印象を変えるのに十分なモノで彼女への反発心が薄くなっていた。

 我ながらチョロいと思うけれど。それでも。

 声をかけようとして喉がカラカラになっているのを悟る。怠い体を引きずって水をカバンから取り出して飲み込む。貼りつくような水に痛みを覚えるけれどそれごと押し流す様にもう一度水を流し込む。結局、あの後にも入っていないしそれ以上に汗とかそう言う色々で体が不快で堪らないので風呂場に向かう。シャワーでも良かったけれどそれすら怠くて、シャワーを頭から浴びて都合よくお湯が溜まっていた浴槽に体を投げ込む。熱々ってわけでもない緩めのお湯はくたくたになっていた体に丁度良くて体がほぐれていくような気になる。あーダメだなぁとは思うけれどそれでも浸る。

 チャプチャプ揺れる水面に映る顔はもう赤くはなくて体に残った快楽もそのままお湯に溶けていっているような気さえした。

 しばらく浸かった後に体を伸ばして上がる。髪を洗って体も洗う。備え付けのシャンプーやボディソープは高級そうな香りで、それは昨晩彼女から漂ってきた匂いそのものだった。


 風呂から上がると既に川崎は目を覚ましていた。

「おはよう。川崎」

「おはよう。琴」

 当たり前のように下の名前を呼び捨てされてザラっとした感覚を覚える。

「そんな風に呼ばれる筋合い無いんだけど」

 それを隠そうともしないで吐き捨てる。

「今更じゃない?あんなに触れ合ったのに、ねぇ?」

 川崎はそんな風にニヤニヤと浮ついた笑みを浮かべて言う。

「寧ろさ。そんな風に名字で呼ばれる方が嫌なんだけど」

「私とお前の関係だろ?」

「だからだよ」

「……美穂」

 そう言った瞬間に何かが壊れた気がした。

 彼女はそれで良いんだよ。と朗らかに笑う。朗らか、なんて言ったけれどその瞳に映っているのは私が屈服したことに対する満足感だけだった。

 何故だろう、その瞳を見て初めてコイツの事を良いなって思えた。快楽とかそんなことを除いて人間として見たような気がする。

 無抵抗で受け入れるのと興味を持つのはきっと違う事だ。 

「よく出来ました」 

 そんな私の心なんて気にすることも無く彼女は頭を撫でる。

 反発したい気持ちとその手の気持ち良さにほだされる心が生まれるけれど、その二つなら後者の方が圧倒的に強かった。あ、シャワー浴びて来るねーと言って彼女はシャワーを浴びにいった。その後ろ姿を眺めてソファに座った。

 

 彼女が風呂から上がってきて、私の隣に座る。その動きに合わせて彼女の髪がサラッと揺れる。そんな一つ一つの事に胸を高鳴らせてなんなんだろうな私は、と自嘲する。けれどそんな私のチョロさは嫌いじゃない。

 時計を見ると丁度7時で今から行けば学校に間に合う時間だ。美穂の方をちらりと彼女も時計を見ていて同じことを考えているみたいだ。

「時間だね。そろそろ出ようか?」

 美穂が口を開いた。その言葉に彼女はそうだよなって頷く。今日はこのまま学校をサボれたら良いのになって思う。けれど彼女は真面目な人で、そんなことはしないと知っている。

 それでも、と袖を掴んだのは薄い可能性に縋ったからだ。

 そんな私を無視して美穂は部屋を出る。

 金だけはもらってこれではい、さようなら。なんて風に別れられるなら最初から手を伸ばしたりはしない。私は美穂を追いかけて外に出る。

 受け付けはあらかじめ済んでいてすぐに彼女に追いつく。


「ねえ、このままどこかに行かない?」

 そう言うと彼女はキョトンとした目を向けてきた。

 太陽の下で見る彼女の瞳にはさっきまで浮かんでいた欲望の炎は全くなくて透き通った色をしていた。

 その目が怖くて私は視線を足もとへと逸らす。しっかりと浮かんでいる影は太陽の輝きと同じくらいに黒くて何も映さない。

「……良いよ」

 彼女はそれだけを口にした。その声につられて彼女の顔を見るけれどそこには薄い微笑だけが浮かんでいた。私はそこから何も受け取れなかったけれど、それでも良いと思えた。 

 二人で駅に向かう。持ち合わせのカードに諭吉を詰め込んで電車に乗り込む。

 沢山の人が居て、これだけの人達が皆、決められたモノのために何処かへ向かっているのだと思うとそれから逆らっている私達は大罪人のように思えた。

 それでも良いか、なんて風に思って一人笑みを浮かべる。

 不思議そうにコチラを見る彼女に何でもないよ、と告げるとそっかと言って私から視線を逸らして風景を眺めていた。


 どこに行くのかも分からない。


 何を考えているのかも分からない。

 私が彼女を好きなのかも分からない。


 何一つ分からないことだらけだけれどもそれでも、こうして彼女の隣に居てどこか知らない場所に向かっているこの時間は悪くない。

 そう思えた。 


 こうして私たちは鉄の棺桶に乗せられてゴールのない旅に出る。

その先の空白を求めて。

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