バレンタイン短編 2019

「ねえ、美夜ってさチョコ好き?」

 夕暮れの教室で黙々と本を読んでる目の前の少女に問いかけた。

「え?急にな……あーバレンタインか……」

 本を読むペースはそのままで少し考え込むようにしてる。私は相変わらず美夜は綺麗だなあとその横顔を眺めながら彼女の答えを待つ。

「まあ、チョコは好きだよ」

 美夜はそう答える。視線は本に向けたままで。

「そっか」

 私はそう答えて黙る。なら良かった、と心の中だけで続ける。

 

 目の前で本を読んでいる少女は青月美夜あおつきみや。私の彼女でクラスでは深窓の令嬢みたいな感じの人。

 とても綺麗で、けれども教室の隅で本を読んでいて自分からは話しかけることも無い。そんな彼女は私のクラスでは浮いていると言うかある種のアンタッチャブルみたいになっていた。

 そんな彼女と恋人になれたのは結局の所、巡りあわせとかそんな感じの何かだ。

 綱渡りみたいな関係性。

 それでも私は今の関係性が好きだったから続けてきた。


「でも私はチョコなんて要らないよ。だってお返しとか面倒くさいし」

「えー、恋人なのに~?」

「そう言う問題じゃないでしょ」

「うん、そうだね。でも大丈夫だよ。私だって見返りは求めてないから。私があげたいから聞いたの。折角あげても嫌いだったら申し訳ないし」

「ああ、そう言う事ね」

「そうだよ」

「まあ、チョコは好きだから変な事さえしなければ別に全然食べるよ」

「変な事って……」

「いや、ほら、色々有るじゃん。何か髪の毛入れたりとか」

「流石にそんなことしないって。ていうかそう言う事をするように思われてたの?普通に傷つくんだけど」

「そう?」

「そう?って……まあ、良いけどさ」

「そういう所だよ」


 彼女は微笑んだ。その微笑に私は何も言えなくなって、ただ見惚れるだけ。

 惚れた方が負け、だなんてよく言ったモノだと思う。けれどそう思っていながらこうして私と一緒に居る彼女も中々なモノだと思う。

 その驚嘆と言うか呆れは一種自虐のようなモノかもしれない。或いは彼女への恐怖、なのかも。

 それでも結局二人で居るってそう言う事だ。

 そう言う事でしかない。


 けれど、流石にそろそろ進めるべきだろう。こんな風になあなあな関係は変えなくちゃいけない。

 大丈夫。出来るはず。

 だってバレンタインはいつだって、勇気のない女の子たちが踏み出すための大義名分だから。


 ・・・・・・・・・

 

「あ、冬香も何かチョコを作るの?」

 次の日の休み時間。私はスマホをスクロールしながら手作りチョコのレシピを眺めてた。渡すなら放課後だよなぁとか冷蔵庫は借りれるかな?みたいなことを考えて脳内で丸、罰、三角でレシピを片っ端から判別していく。

 そんな様子をクラスメイトの弐条尊にじょうみことに見つかって声をかけられた。

 集中しているところに声をかけられて私は少しイラっとしたけれどそれを口の中でかみ殺す。心の中でそっと息を吐いて意識を切り替える。

「まあね。そんな感じかな」

「へー意外。栞って好きな人居るんだ」

 弐条はニヤニヤしながら言った。その過剰さは最早何かを演じているような気すらしてきて訝しさすら感じる。

「そっか、そっか。栞にも遂に好きな人が出来たのかぁ」

「遂にってまだ一年も一緒に居ないでしょ」

 無駄に浮き浮きしてる彼女を見てやっぱり勘ぐりすぎか、と思い普通に相手をする。

「いやいや。四月から合わせて約10か月だよ?栞ちゃんには一切浮いた話が無かったからねぇ、お姉ちゃんとしては感慨深くもなるってものです」

「誰が姉なの。誰が」

「え?私だよ」

「そう言うのをシレっと言える辺り流石だと思うよ。マジで」

「やった!褒められた。なんだかんだで最後は褒めてくれるんだもんね。まさにツンデレってやつだ」

「ここでその反応って最早本物だなお前」

「お前、頂きました!その蔑む目と声音。まさにご褒美です!うっひょー」

「コイツ、マジで、やばいな」

 普通に心の中で引きながら呟く。

 いや、なんだよこの子のテンション。慣れてはいるけれどやっぱり普通に恐いんだよこの子。


「おーい。委員長、ちょっと仕事を頼みたいんだけど」

 入口から担任の先生が弐条を呼んだ。何がヤバいってこの子うちの学級委員長だってこと。あんなんで成り立つからヤバいと言うか、委員長として信頼を得られるレベルの真っ当な人間で在りつつあんな振る舞い奇行を時々すること、どっちが怖いかって聞かれたら人によりけりだと思う。(因みに私はどっちにしろヤバい派だ)

 はーい、と応えつつ弐条は走ってく。じゃあね、ともまたね、とも言わないのは私と彼女の間ならばそんなものは必要ないって思っているからだろう。そのくらいには今年だけでも時間を積み上げてはいる。

 私はそんな弐条を見ながら少しだけ笑みを浮かべる。

 せめて彼女は幸せに生きて欲しいと。

 スマホを付けてもう一回レシピを眺める。

 一つだけ面白そうなレシピを見つけて私はそれをブクマした。

 丁度チャイムが鳴ったので私はスマホを仕舞って授業を受けた。


 ・・・・・・・・・


 14日になった。そのチョコを作るためにした努力を語ることは野暮だしそこはカットしていくべきだ。

 バレンタインが好きな人からしたらチョコを渡すシーンが大事であってチョコを作る過程なんてどうでも良いだろうし。いや流石に極論だけど。

 放課後の私達だけの教室で美夜は黙々と本を読んでいた。そんな彼女を私は見つめていていつも通りの時間を過ごしていた。けれど私はどのタイミングでチョコを渡そうかな?って迷っていてけれど彼女の読書の邪魔をするのも憚られた。あの時、彼女に話しかけたのだって本当に勇気を絞り出していたようなものだ。

 はぁ、とため息をついて美夜は本を閉じた。

「何か用?なんかいつもよりそわそわしていて落ち着かないんだけど」

「え?あー……なんかゴメンね。ちょっと緊張してて」

「緊張……?あぁ、チョコでもくれるの?」

「うん。そう」

 ほら、貴女は私の事に気づいてくれる。興味が無い素振りなのにしっかりと私を感じてくれていて、それがとても嬉しい。

 今日は他の人にも様子が変って言われていたけれどそれとは全く違う。好きな人に自分を見て貰えてるって感じるのは心地いい。

 嫌われたくないのに、私を見てくれるのが嬉しいなんてきっと矛盾している。それでもそれが嬉しいんだからしょうがないって割り切っている。

 美夜の鬱陶しそうな、けれどしょうがないなって顔。

 そんな顔ですら本当に綺麗で、愛おしくて、力をくれる。

 震えが止まる。何も恐くなくなって足を踏み出そうと思える。

 大好きだよ。美夜。

 例え——————————————――—————だとしても。


 私は机の下にこっそり置いていた箱を取り出す。

「何か結構大がかりだね」

 それを見て美夜は苦笑する。

「造形チョコだからね。割りと頑丈でしっかり冷えてる箱を用意したんだ」

「造形って……ちょっと重くない?」

「何を今更」

「それもそうか……」

「それに造形って言ってもかなり歪だからね。プロ並みのを期待されても困る」

「いや、そこまではしてない。と言うかしてたら引く」

 そんなことを言う美夜を横目に私はチョコを取り出す。

 ホワイトチョコで作られた一輪の花。

「これって何の花?」

「チューベローズ、だよ」

「チューべ、ローズ……?」

「そうです。そうです。ほら折角なんでもう食べちゃってくださいよ。溶けて無くなる前に」

 誤魔化すように、美夜を急かす。

「それもそうだね」

 いただきますと言ってそのチョコで出来た花を食べた。

「普通に美味しい」

 パッと顔を明るくして彼女が言った。

「普通にってなに?花形のチョコなんだから変なの入れられるわけないじゃん」

 そんな様子に思わず笑みが零れる。

「いや出来るでしょ」

「あのさ、造形チョコってデリケートなの。流石にふざける余裕は無いよ」

「言われてみればそうかもね」

「それとも期待してた?」

「何バカなこと言ってんの?」

「冗談だよ」

「知ってた」

 チョコを食べながらそんな会話を繰り返す。

 バレンタインって言うのに色気も何もない会話。私がムードを作るのが下手って言うのも有ると思うけれど、そもそも私達の間でムーディな空気を作るのが至難の技ってだけなのかもしれない。

 出来ること、出来ないこと。

 と言うかチューベローズを象ったチョコをあげる時点で大分お察しでは有るけれど。

 どうせ分からないから良いやって気持ち。

 結局、チョコを渡すだけで有耶無耶にしたまま変わることはない。

 そもそもバレンタインってゴールは付き合うことみたいな所有るしね。私達はもう既にカップルだし、そう言う意味じゃバレンタインって特に深い意味は無いのかもしれない。

 私達は既にゴールしているのだ。

 最後の一個を美夜がつまんでいる。

「チューベローズ、ねぇ……」

 最後の一個をペロリと舐める。

「ねぇ、栞」

「何?美夜?」

「あげる」

 そう言ってその最後の一輪を私の口に捩じ込んだ。

「え、え……今の何……?」

 ホワイトチョコの甘さと、それとは違う味、そして何より彼女の指の味が私を襲う。驚きすぎて目をくるくる回していると。彼女は笑った。

「最後の一個はあげる。どう?美味しかった?気持ち良かった?

 嬉しそうに、楽しそうに尋ねられて私は何も言えなくなる。

「美味しかったよ」

「そう。良かった」

 そう言って彼女は笑った。


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