終わりゆくあなたに

 結局の所、私が誰かを助けることは出来ないのだと思う。

 私は大切な人にしか興味が持てないし、好きだからこそ嫌われるのが怖くて相手に踏み込めないから。

 だからこそあんなに好きだった先輩を手放すことになってしまったんだと理解している。

 本当だったら私が踏み込むべきだったのだと思う。だって私は本当に先輩のことが大好きで、彼女と誓った永遠に嘘なんて一つも無かったから。それを本当にするために恐くたって嫌われたって彼女に手を差し出すべきだった。

 勿論、今となってはそう思うってだけで当時はその可能性すら考えていなかったんだからそんなことは出来なかったんだけど。

 と、言うのは言い訳でしかないのだろうと思う。いや、気づかなかったのは本当だけれどそれは私が目を逸らしていたからだと言うお話で。ヒントは至る所に有って、ほんの少しだけでも彼女の裏側に目を向ければ気づけたはずなのだ。それでもそれをしなかったのはきっと私がばかだったから。

 だからこれは私が先輩と出会って、そして先輩を失うまでの物語だ。



 私が先輩に出会ったのはもう桜が散ってしまった後の事だ。綺麗な薄紅色の花びらは無くなっていてその儚さとは対照的に力強い生命を感じる緑が世界を彩っていた時期。

 彼女は屋上ででボーっと退屈そうに空を眺めていた。

 真っ黒な髪を風にたなびかせて、気だるげに座っていた。その人は紐リボンを緩めて第一ボタンを外して、上履きも靴下も脱ぎ捨てていてとても涼しそうにしていた。

 適度に崩された制服と気だるげな表情が変な色気を出していた。彼女自身がとても綺麗なのもきっと大きいのだろうけれど。


「何見てるの」

 その様に見惚れていると苦笑しながら声をかけられた。

「綺麗な人だなって思って」

 その困ったような笑い顔に緊張がほどかれて思わず言葉が漏れてしまった。

「何それ。ナンパみたい」

 そう言うとその言葉に目を丸くして彼女はクスッと笑った。その笑顔を見て私は「あ、こうして人は恋に落ちるんだ」とそう思った。それぐらいには綺麗で魅力的な笑顔だった。

 彼女が伸ばしていた脚を胸元に抱え込んで隣を手でたたいた。それに誘導されるように私は彼女の隣に腰をかけた。

「ねえ、見てみてよ。空が綺麗じゃない?」

「綺麗ですね」

 私はその言葉に同意した。吸い込まれそうなほどに透明な蒼は少しだけ恐かったけれど、その恐ささえも魅力的に思えて私は好きだと思った。

「私さあ、空が好きなんだよね。何も無い空っぽな青空が好き。純粋に澄んでいてどこまでも広がっているのが見える。私を吸い込んでここじゃないどこかに連れてってくれるの。素敵な夢でしょ?」

 そう言って笑う。すごく幸せそうで良いなって思う。

 私も彼女に倣って空を見る。

 お互いに何も喋らないけれど二人で黙って空を見ているのはなんだか楽しかった。風がさらさらと吹く音だけがしていてまるで世界に二人だけのような錯覚を覚える。

 そうしているとチャイムが鳴った。

「あちゃー、もう時間かあ。やっぱりこうしている時間は短いな」

 そう言うと彼女は立ち上がってスカートを払った。そして靴下をはいて制服を直した。

「もう授業が終わっちゃったからね。戻らないと」

 そう言って屋上から出ていった。そのあっさりとした態度は授業をサボっていたことを感じさせないくらいに自然なモノで驚いた。

 その自然さはまるで私が夢を見ていたような気にすらなってしまう。

 けれど一瞬だけ吹いた風が彼女の残り香を私にぶつけてきて夢じゃないことを実感させる。

 これが出会い。

 私が彼女を知って、そして彼女を失う夏の物語の始まり。

 そしてその未来を私はまだ知らないでいた。

 

 

 

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