美術教師と女子生徒

 暗く、音も光も無い部屋で私は問いかける。 

 彼女にとって私と言う存在は何なんだろう?と。

 誰に問いかけるべきかも分からないけれど。 

 それでも私に。

 

「ただの暇つぶしだよ」


 悩んでいる私を見て彼女は微笑む。

 その微笑みは少しだけ寂しそうに見えた。

 それも或いは私の願望なのかもしれないけれど。

 好きなのに、彼女に辛さを覚えてほしいなんて醜いな私って。

 そんな風に心の中で吐き捨ててる私が居てそう言う自分に酔っている。


 そんな私を見透かしたように貴女は酷薄に笑みを浮かべて、そんな笑みに私は惚れる。

 見下げられて、嘲笑されて、そんなものでさえ貴女から貰えるのであれば嬉しいと感じれる。 

 こんな感情を愛と、ましてや恋と呼んで良いのかすら私には分からない。

 きっといつまでも分からないままだ。

 それでも彼女のそばに居るのはひどく気持ち良くて、だから私は目を閉じて彼女を抱きしめる。

 彼女の仄かな熱を感じて私は意識をたゆたわせる。

 ろくでなしな私の、いや、きっと私達のとある一日。




 夢を見た。 

 私と彼女が出会った時のこと。

 忘れられないあの一瞬の夢。


 その日も雨が降っていた。

 外は薄暗くてそれがやけに好きだったのを覚えている。

 美術室に私は居て、部屋の明かりも消していた。

 根本的に薄暗い場所が私は好きなのだと思う。だから電灯の明かりすら消して薄暗い部屋から外を眺めて絵を描いていた。

「明かりも付けないで何をしてるんですか?先生」

 ガラガラと扉を開く音とともに一人の女子生徒が部屋に入ってきた。 

 確か名前は美鈴アリサ、だったと思う。

 作品を作ってる邪魔をされた私は少しだけイラついたけれどその心を押し殺しながら彼女の質問に答えた。

「絵を描いていたんですよ。みすずさん。そんなことより君は何しに来たの?」

 早く続きをしたいからさっさと帰って欲しいんだけど、なんて心を隠しながら私は対応する。

 うまく隠せてたら良いなと思う。

「係の仕事ですよ。美術係の、ね」

「係?私、何か手伝い頼みましたっけ?」

「ああ、そう言うのじゃなくて単純に次の授業の準備を聞くって方の仕事ですよ」

「成る程。お疲れ様です。別に次の授業はいつも通りの持ち物で大丈夫ですよ」

「そうですか。ありがとうございます」

 と彼女はそれだけ言って体を反転させた。

 私は視線をキャンバスに戻す。扉を再び閉める音がして私はため息をつく。

「はー、疲れた。人と話すのはやっぱしんどい」

「なんで先生やってんのあなた」

 愚痴ると後ろから声が聞こえてきて私は驚いて振り返った。

 それを見て楽しそうに美鈴さんは笑っていた。

「何で居るの……?」

「いや、そう言えば先生の絵を見たこと無かったなって思って」

「だったら普通に言ってくれれば見せるのに。わざわざ部屋を出る真似をする必要有る?」

「いやあ、特に無いけど。でもそうした方が面白いモノが見れそうだったし」

 なんて言って彼女は笑った。

 その笑顔がいつものソレとは違って可愛らしくて少しだけときめいた。私ちょろいなあって心の中で笑いながらそれでも彼女の笑顔を眺めつづける。

 その視線に気づいたのか彼女はますます笑みを深めた。

「あら、私の笑顔に見惚れちゃいました?」

 楽しそうに言った。

「そうかもね」

 だから私も茶化すように答えた。

「……」

 彼女は目を丸くして言葉を失っていた。

「あはは。顔真っ赤」

 彼女から一本取れたような気がして少しだけ優越感を感じた。性格悪いというか大人気ないと言うかそう言う自分を感じた。

「大人げないですね先生」

 彼女は苦々しげにそう言うだけだった。

「なんとでも。それより絵見る?」

「ええ、そう言う話でしたしね」

 そう言って私の方に歩いてきた。

 そして彼女が私の絵を覗き込んだ。

「……上手い、ですね」

 とだけ彼女は口にした。

「……ありがとう」

 私はそれだけ言った。それだけしか言えなかった。

 ただの自己満足のためだけに作った作品を褒めてもらったのは久しぶりで、けれどすごく嬉しかった。

 それじゃあ、とだけ言って彼女は部屋から出ていった。

 今度は、彼女から目を逸らすことは無かった。

 たったそれだけの出来事。

 それでも私が彼女を認識するには十分な出来事で、この日から美鈴アリサは私の特別になった。

 それだけのお話。

 

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