貴女と私のフィルシーデイズ 七夕掌編
空に輝く星々はとても綺麗だと思うけれど雲に覆われたこの空じゃ何も見えない。
年に一度だけ彼の夫婦が出会える奇跡も天気には何の影響も及ぼさない。その様は人々がロマンを感じて胸を焦がす物語なんて、世界にとってちっぽけな出来事でしか無いと言われているようで、少し虚しさを感じる。
「世界がどうとかそんな事関係なくない?」
隣に居る彼女がそんな風に言う。私の彼女のアリサだ。
「え?何の事?」
私はとぼけた風に返す。別に理由なんて無いけれど。強いて言うなら何となく見透かされているようで気に食わなかったから。
「うーんうん。何と無く思ったから言ってみただけ」
そう言って薄く笑う。私も中々にメチャクチャな思考回路をしている自覚は有るけれどアリスは私以上に何を考えているか分からない。
だから私はそう、とだけ返して口を閉じる。
二人で道を歩く。雲がスゴイ今日じゃ夕陽なんて見れないし。
「そう言えばさ、彩音は短冊とか書いた?」
アリスは一歩前に出て私を追い越した後、反転してアリスは私にそう尋ねて来た。彼女の動きに合わせて彼女の黒いポニーテイルが揺れる。
「何も書いてないよ」
私はそう答える。周りに飾られている笹を見渡しながらそう答える。
「あはは。らしいね」
アリスは満足そうに笑ってそう言った。私がそう言う迷信めいたモノを信じないのを彼女は知っている。それなのに何故、聞いたのだろう?と思ったけれど別にどうでも良いか、とも思う。少し考えれば分かることだ。
「アリスは書いたの?」
私は彼女に聞き返す。別に私はそう言う事に興味を持っていないけれどアリサは違うはずだから何か書いたのだと思う。
「まあね」
アリスはあっさりと答える。
「だけど、内容は内緒、ね?」
人差し指を口に当てて、はにかみ笑いを浮かべて彼女は続けた。可愛いな、と思ったけれど、素直に言うのは恥ずかしかったし、負けたみたいで嫌だったから私は何も言わないで目を逸らした。
それにそれは、私に向けられるはずのないモノだから。
なんて風に意味深なモノローグを浮かべても何も変わることは無い。本当に私は何をしているんだろうね。
そもそも今は塾帰りだしさ。
「七夕ってさ。あれ、ロマンチックでも何でもないよね」
私の家に着いた時、アリスは唐突にそう言った。
「今日は親が居ないから」
そう言ったアリスに対して私はそう言って無理矢理に話をぶった切る。その先は言わせたくなかったから。
そんな事は逃避にしか過ぎなくてもそれは——私にとって譲れない一線だ。
「——思いっきりしよう」
私はそう言った。
「口癖だったよね」
アリスが口を開く。食事も入浴も終わらせて後は寝るだけと言った状態だ。
部屋の照明も落としてベッドの上で私もアリサもゴロゴロしている。とは言ってもベッドは狭くて常に触れ合っているようなモノだ。アリスの髪はほどけてベッドに散っている。その様はとても綺麗で彼女から漂うシャンプーの匂いも相まって私の理性をどんどん削っていく。
だからだろう。私は頷く。あの時に止めた言葉を肯定する。
「そう、だね……」
そしてお互いが黙る。
雨音が聞こえるいつの間にか強くなっていた雨は私たちの無言を埋めるには十分すぎるほどにこの家を強く叩く。
聴覚も、触覚も、視覚も、嗅覚も全てが私の意識をグズグズに崩してドロドロに溶かしていってしまってしまう。私にとってそれは心地よくて身を委ねる。最初の頃は少し嫌だったけれどもう慣れてしまった私が居て、その事に少しだけ笑ってしまう。
「七夕ってさ、結局の所、恋に溺れた彼等が怒られて廃人化しそうになったから神様が慈悲をあげたって話でしょ?それって限りなく惨めじゃない?」
アリスはそんな風に言って笑う。
それは彼女の——私の姉ノアの言葉。
やけに達観しているように見えて実の所、下らないだけの言葉。だけど、私にはすんなりと染みるように理解出来て、心に刻まれている言葉。
だからこそ、私は短冊に願いを書かない。
まあ、つまりは私は彼女の言葉にこんなイベントですら縛られていると言う事だ。
それを自覚しているのと、他人から突き付けられるのは全然感覚が違くて、だから拒否感を示してしまった私が居る。
アリスはそれを理解して笑う。嗤う。
多分、それは自嘲でしかないのだけれど。
アリスも単純に吹っ切れた、とは言い難いのだし。
だって、私は知っている。
彼女が着ていた服は——彼女が去年、ノアとの七夕デートの時に着ていた服だと言う事を。
だから、これはノアと言う一人の少女が繋ぐ二人の少女の七夕の一場面。
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