幼馴染百合(メンヘラ)表

 雨の音が聞こえている。

 空は雲に覆われていて夕陽の姿は見えない。

「あ、ああぁぁぁぁん」

 目の前に居る幼馴染が思い切り泣いていた。

 その姿が痛々しくて見ていられなくて思い切り自分の胸に抱きこんだ。

 なんて声を掛ければ良いのかも分からなくて言葉に詰まる。


 簡単に言ってしまえば私の幼馴染である幸島由愛ゆきじまゆめはクラスでも人気者である寺島雄輝てらしまゆうきに告白して振られたらしい。

 らしいと言っても私はそれをずっと前から聞かされていたけれど。

 私は由愛のことが好きなのに由愛はそれに気づかないでずっと私に相談していた。

 苦しくて苦しくて胸が締め付けられるような気分になっていたけれど私は心を殺しながら相談に乗っていた。

 だから、正直に言うと痛々しくて見てられないけれど同じくらいに安心した気分にもなっている。

 

 ――そんな自分が醜くて死んでしまいたい気分になる。


 本当に彼女のことが好きならば今の状況は悲しむべきなのに私はむしろ幸せだと感じてしまう。

 純真無垢を絵に描いたような彼女がここまで打ちのめされているのなんて見たことが無い。いつものそんな彼女が私は大好きだけれどそんな彼女がここまで打ちのめされている姿を見てそんな彼女も愛おしいと思う。


「忘れちゃいなよ」


 私は彼女の耳に口を寄せて囁くように言った。

「え?何?何て言ったの美樹みきちゃん」

 不意を突かれたかのようによく分からなかったと言わんばかりの様子で由愛が聞き返してきた。

 私の名前を彼女の声が呼ぶのを聞いてそれだけでうれしいと思える。幸福感が滲み出てくる、そんな自分がおかしくて苦笑してしまいそうになる。

 それをグッと堪えてもう一度囁くように——刷り込むように告げる。


「忘れちゃえば良いんだよ。由愛を傷つけた奴なんて」

「わ、忘れられるわけないよ……。だって、私は寺島君のこと好きなんだよ!?振られたからってはい、そうですかって言って忘れられるわけないじゃん!!」

 半ば絶叫交じりで彼女が叫んだ。その声は震えていて涙が混じっていた。

 そしてまた私の胸に顔をうずめた。

 ……何でなの。何でそこまでアイツのことが好きなの……

 胸が苦しくなってくる。それ以上に悔しくて悔しくて涙が零れそうになる。何で貴女を捨てたあの男のことをそこまで想えるの?

 辞めてよ。私を——私だけを見てよ。あんな男より私のことを愛してよ。

 私の方があいつよりも由愛のことを想っているのに。

貴女わたしも同じじゃない。貴女わたしより寺島を選んだ由愛のことをずっと想っているのと同じ。ただ、由愛にとってそれはあなたじゃなくて寺島あの男だったってだけで)

 そんな声が私の中から聞こえてくる。それで私は納得してしまう。私のこの想いと同じものを由愛が持っていて、だけど向けられるベクトルが違うってことが。

 もう何も言えなくなってただただ由愛の頭を撫で続けるだけしかできない私が居て、そんなちっぽけさが嫌だった。

 私は幼馴染としてずっと由愛を見ていたけれど結局のところ由愛に出来ることなんて何一つ無い。幼馴染として失格だと思った。

(だったら抱いてしまえば良いじゃない。抱いて壊して自分のものにして彼女の悩みも全部快楽に溶かして無くしてしまえば良いのよ。簡単よ?)

 また、声が聞こえる。私の内なる声——私の欲望そのものの声。

 雨の音が鳴りやまない。

 聞いていると心が不安定になってくる。

 明かりも付いてない薄暗い部屋。

 視界が白く染まる。

 音が鳴る。雷の音。

「ひっ」

 こんな時だっていうのに雷の音には律儀に怯える由愛が居て、その姿はいつも見ていた由愛そっくりで微笑ましい気持ちになる。

 欲望が止まらない。

 抱きたい

 壊したい

 私のモノにしたい

 私だけを見て

 ダメ

 私たちは友達

 捨てられた

 まだ親友

 隣には居られる

 独占したい

 支配していたい

 ダメ、イイ、ダメ、イイ、ダメ、イイ、ダメ、イイ、ダメ、イイ、ダメ、イイ

 ダメ、イイ、ダメ、イイ、ダメ、イイ、ダメ、イイ、ダメ、イイ、ダメ、イイ

 ダメ、イイ、ダメ、イイ、ダメ、イイ、ダメ、イイ、ダメ、イイ、ダメ、イイ

 ダメ、イイ、ダメ、イイ、ダメ、イイ、ダメ、イイ、ダメ、イイ、ダメ、イイ

 ダメ、イイ、ダメ、イイ、ダメ、イイ、ダメ、イイ、ダメ、イイ、ダメ、イイ

 ダメ、イイ、ダメ、イイ、ダメ、イイ、ダメ、イイ、ダメ、イイ、ダメ、イイ

 ダメ、イイ、ダメ、イイ、ダメ、イイ、ダメ、イイ、ダメ、イイ、ダメ、イイ


 頭の中で声が鳴り響く。

 欲望の声、理性の声。

 混ざって混ざって思考が絡まってきて頭がおかしくなりそう。

 

「大丈夫?」

 声が聞こえた。由愛の声だ。いつの間にか胸から顔を離してこちらを見ていた。

「大丈夫って何が……?」

 その声に私は冷静さを取り戻す。そんな私を見て由愛は少しだけ安堵した表情を浮かべた。

「だって美樹ちゃん。なんか苦しそうだよ……」

 瞳に涙を浮かばせながら由愛は私に言った。

「ねえ、美樹ちゃん。私に何か出来ることはない?」

 そう言って彼女は私に微笑んだ。

 その微笑が私から理性を奪った。


 由愛の唇に思い切りキスをした。

 その勢いで彼女をベットの上に押し倒した。小説や漫画で見たみたいに深く長い口づけをした。

 綺麗だった彼女を穢していく罪悪感。蕩けそうなほどに熱い彼女の体。

 私の自制心は働くことを——辞めた。

 私は未だに混乱している由愛に舌をねじ込んでいく。突然のことに驚いているからか彼女は何の抵抗もしないでいて——それが受け入れられているような気になってしまってただただ彼女を貪っているだけになってしまう。

 優しさとか思いやりとかそんなものが吹き飛んでしまってただただ彼女に自分の存在を——自分を刻み込んでいった。

 

 目を覚ますと体全体がスゴク怠い気がした。

 隣には由愛が寝ている。どうやら私が彼女を襲って二人とも力尽きて眠ってしまったみたいだ。

 私は彼女の髪を軽く撫でた。彼女の髪はどちらかのモノかは分からないけれどビショビショに濡れてしまっていてサラサラとは言えないものになっていた。

 私が彼女をここまで穢したのだと思うと罪悪感がこみあげてくる。

 ——友達だった。

 それなのに彼女が弱っていることに付け込んで——彼女を犯してしまった。

 私は最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。最低だ。


 何が幼馴染だ。

 何が親友だ。

 ふざけないでよ。こんなのただの卑怯者じゃないか。

 死にたくなってくる。罪悪感で胸が押しつぶされそうだ。

 

 全部、全部、私が悪い。


 私は自分の制服と由愛の制服を持って洗面所へ向かった。

 今は夏だから二人ともYシャツとガーディアンとスカートと下着しか着ていないから洗濯機で対処できる。もし、ブレザーなんて着ていたらアウトだ。

 今日は両親とも泊まり込みで仕事をするらしくこの家には帰ってこない。この家には私と由愛だけしか居ない。

 それだけは救いと言えるのかもしれない。


 私は二人分の服を洗濯機に入れて溜息をついた。

 これから私はどうすれば良いんだろう?

 言葉が零れた。

 目の前の洗濯機は馬鹿みたいに大きな音で回るだけで何も答えない。

 私は膝を抱えて蹲りながら洗濯機を眺めていた。

 

 ピーと音がなると洗濯機が動きを止めた。

 私は中の衣服を取り出してリビングに干した。


 私の部屋に戻ると私が出た時に漂っていた臭いは既に消えていた。

 エアコンの動く音が聞こえて換気していることに気づく。

「あ、おかえり」

 そこには当然のように目を覚ました由愛が居た。

 

 いつものように、声をかけてくる。

 その余りにもいつも通りな様子に私のやったことを忘れたのだろうか?と思った。

 私にとって都合の良い話だけれど。

 いや、逆に悪いのだろうか。

 だってその事実はそれほどまでに私の行動は由愛を傷付けていたと言う話なんだから。

「どうしたの?美樹ちゃん。そんな怖い顔をして。いつもの笑顔の方が好きだよ」

 彼女はやけに艶やかな笑みを浮かべてそう言った。

 多分、私の見方が悪いからそう見えただけだけど。 

「ねえ、何のつもりであんなことをしたの?」 

 楽し気に笑いながら彼女は尋ねてきた。

「あんなこと、絶対にただの女友達にはしないよね?

「あんな、壊れてしまうほどに激しく抱くなんて

「こんな、少し目をやるだけでいくらでも見れるほど多くのキスマークを付けたりなんて

「……普通はしないよねぇ?」

 一息で捲し立てるように言った。

「……もしかして、私が欲しかったの?」

 その後、由愛は私に抱きついて、私の背中を指でなぞりながら、息をたっぷり混ぜた艶っぽい声で私の耳元に囁いた。

 その声にゾクリとする。

 恐怖で何も言えなくなる。

 そんな震えている私を見て可笑しそうに笑う由愛が居た。

 いつもの由愛とは別人のような結愛。

 ああ、これが私がメチャクチャにした結果なのだろうか。彼女は変わった。少なくても私の知っていた結愛は姿を消した。

 今の結愛はスゴく大人っぽくてドキドキする。いつもの守ってあげたい彼女とは違って私の全てを捧げても良いと、捧げたいと思えるくらいには。

「うん」

 だから、私は頷いた。

 彼女は

「友達のままじゃ我慢できなかったの?」

「うん」

「独占していたかった?」

「うん」

「親友って形じゃなくて恋人が良かった?」 

「うん」

「だから襲ったの?」

「うん」

「これからどうしたいの?」

「うん」

「うん、じゃ分からないって。もしかして恋人にでもなって欲しいの?」

「うん」

「でも、私は寺島君のことが好きなんだよ?美樹ちゃんもそれは知ってるよね?」

「うん」

「それでも、私が欲しいの?」

「うん」

「しょうがないなぁ……。じゃあ私も頑張るよ。今はまだ、忘れられないけど、いつか美樹ちゃんを愛せるようになるから。だからその時まで待ってて貰える?」

「うん」

 頷く度に意識がドロリと溶けていく気持ちになった。

 拒絶されると思った。気持ち悪いって、卑怯ものだって言われても仕方ないと思っていた。

 それでも、由愛は「待ってて」って言ってくれた。

 なら、私は待とう。

 いつか――その日が訪れるのを。

 安堵した私から力が抜けた。

 そのまま私の体が由愛にもたれかかるように倒れた。

 彼女はそんな私を受け止めて微笑んだ。

 私はその笑顔を見てそれを最後に私は意識を手放した。



 それから数年が経った。

 私達は大学生になった。

 同じ大学の同じ学部に進んだこともあって私達はずっと一緒に居た。

 あれからしばらくした後、私達は恋人同士になった。

 大学の近くに部屋を借りて一緒に住んでいた。

 まあ、イチャイチャと爛れた生活をしていた。

 あの時、私が壊れて由愛を抱いたことで始まったこの関係は私の罪そのものだ。

 幸せだけれど同じくらいに辛くて何度も彼女に尋ねてしまう。

 その度に少しだけ困ったような笑顔を浮かべて大丈夫だよって言ってくれる。

 自分の罪深さを知っていながらそれでも由愛に救いを求めている私は本当に醜悪に思えて嫌になる。

 それでも由愛が私の隣に居てくれるのならそれで良いと思えた。


 大好きだよ。隣に居る由愛に囁く。


 私もだよ。そう言って彼女がキスをしてくれる。

 

 その暖かさに私の理性がドロドロに溶けていく。


 ――二人だけの世界に堕ちていく。貴女と一緒にいつまでも、永遠に。

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