あと3日

『ごめ~ん。懐かしい友達と会っちゃってさぁ』

 さすがにこれだけ繰り返されると大丈夫なんだろうかと不安になる。

『僕達、付き合ってるのかな?』

『何言ってるの。当たり前でしょ(ハート)』

 そして――クリスマスに二人きりになる為に、今のうちに友達との遊び会を済ませてるんだからね――という追伸に僕の心はいとめられた。

 そう言われては仕方ない。

 そうだ。今のうちにいいお店を探しておこう。

 もしかしたら今僕は試されているのかもしれない。

 いざデートした時に、今まで何もせずぶらついていただけ? と幻滅されるのかもしれない。

 モノの本にも「モテる男はデキる」と書いてあった。

 つまり外見ではなくマメである事。

 これは試練なんだ。

 そう自分を納得させ、賑やかな繁華街に向かって歩く。

 しかしその為には例の広場を通らなくてはならない。

 あの少女は今日もいるのだろうか。いても今日は挨拶だけ交わして通り過ぎよう、と心に決めて足を進める。

 やがていつもの少女の姿が目に入るが、止まる事なく過ぎ去るつもりだった僕の足は自然とその動きを止めた。

 彼女は僕が昨日かけてやった上着を着ていた。 いや、正確には僕がかけてやった形のまま背に羽織ったままだ。

 そして上着には雪が付いている。

 一体どのくらいそうしていたのか、と思うほどにその層を厚く積み重ねていた。

 まさか、本当にあれからずっと立っていたんだろうか。

 さすがに少し心配になって少女に近づく。

 恐る恐る声をかけようとした所で僕は大きな溜め息をついた。

 やられた。まんまと騙されたよ。少女は雪の付いた上着を着ているが、髪や身体には一切付いていない。

 きっと僕が来るのを待ち構えて、僕が見えた所で外へ出たんだろう。

 ご丁寧にずっと立っていたように上着に雪を付けて。

 いや、始めからそのつもりで上着だけ外に出していたのかもしれない。

 どちらにしろご苦労な事だ。

 でもこういうイタズラは嫌いじゃない。

 僕は少し表情を緩めて少女に近づく。

「妖精さんはどう?」

「もう少し」

「ん?」

 何がもう少しなんだろう?

「もう少しで願いを聞いてくれるかも」

 妖精って願いを聞いてくれるんだ。

「そりゃ、よかったね。何をお願いするの?」

 何の気なしに聞いただけだったけど、少女が急に黙ってしまったので彼女の方を見る。

「……私は、死にたくないの」

 僕は片眉を上げる。

 またあの話か。もうすぐ死ぬとかいう。さすがに笑えないよ、と思っていると少女は真っ直ぐに僕の目を見る。

「私は、生きていたいの。恋もしたい。結婚もしたい。ささやかでも、幸せな家庭を築きたいの。でも、あと数日で私は死んでしまう。それまでに、妖精さんが願いを聞いてくれないと……、私は……」

 少女は涙こそ流していないが悲壮に顔を歪め、今にも泣きそうに言う。

 そのあまりの様子に茶化す事も出来ずに押し黙ってしまった。

 少女は言葉を切ったまま唇を噛んでいる。

「そ……、そっか。聞いてくれるといいね。きっと聞いてくれるよ」

 このまま立ち去る事も脳裏に浮かんだが、彼女はあまりに儚そうで不憫に見えた。

 妖精の話も一瞬信じそうになる。

 本当にもうすぐ死ぬかは分からないけど、何かを患っているのは本当かもしれない。

「妖精さんが願いを聞いてくれるって事は、妖精さんが消えちゃうって事だよ?」

「そ、そう? それは難儀なんぎだね」

 どう話を合わせていいか分からず曖昧あいまいに応える。

「妖精さんはもうすぐ運命の尽きる人がいたら姿を見せるの。でもそれは妖精さんが相手をよく見る為でもある。そして、相手の事をよく知った上で魂を持って行くんだ」

 それじゃ死神じゃないか。もっとも、神も妖怪も人間の都合のいい解釈なのかもしれないけど。

「その死があまりにあわれで、理不尽で、この人は死んじゃいけない、生きていて欲しいって思うような人なら、妖精さんは自分の命を与えて相手を生かす事があるんだって」

 この少女は妖精に認められる為に、悲劇のヒロインを演じているのかな。

 その為にこの寒い中薄着で立っているの? そんな事で妖精は命をくれるんだろうか。

 どんなに辛くても、自分からそんな事をする人に同情するとは思えないけど……。

「なんかの伝承? どこで聞いたの?」

 そう言うと、少女は悲しそうに目を伏せた。

「あ、いや。いいんだよ、別に。言い伝えなんて色々だよね」

 取り繕うと少女はまた樹の上を見る。

 彼女を追い詰めても仕方がない。かと言って真に受けた反応をするのもわざとらしい気がする。

 僕はやんわりと少女の思い込みを否定するように、別の伝承を語ってみた。

「僕も雪女の話なら聞いた事があるよ。人間を見初めて、最後には命を奪っていく。それだけだと恐ろしい化け物だけど、人間の方が雪女を本当に好きになって、一杯の温かさで包んでやれば、雪女は人間になれるんだ」

 少女は少しキョトンとした顔で僕を見ると、ぷっと笑い出した。

「何それ? そんなの信じてんの?」

 なんだよそれ。

 僕は少し膨れてマフラーを外し、彼女の首にかけた。

 丁寧に巻いてやるほどの義理はない。

 そのまま少し怒ったように広場を後にした。

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