あと4日

 翌日。

 寒さにさほど変わりはなかったけど、僕は上着を一枚多めに着て家を出た。

 もちろんユキエとのデートに行く為だ。

 今日はもう待ち合わせの広場近くにいるらしい。すっぽかされる事はないだろう。

 今は学校の仲間と買い物の最中なんだそうだ。

 それが終わり次第……、なんだけどそのままカラオケになだれ込んで盛り上がってしまったからもう少しかかる、と今連絡があった。

 僕は携帯をしまうと、自然に昨日と同じルートに歩を進めた。

 そこには雪のように白い少女がいた。いつものように樹の上を見上げている。

 僕は手を冷やさないようポケットに入れて彼女に近づく。

「飽きないね」

 そう話しかけると彼女は驚いた風もなく首だけをこちらに向ける。

「あなたもでしょ?」

 幽霊や幻覚などでは有り得ない、屈託のない笑顔で応えてきた。

 確かに得体の知れない少女に毎日話しかけているんだ。

 僕も暇人に見えるんだろう。

 実際暇なんだし。

「待ち合わせでね。彼女が来るまで待ってるんだ」

「ふーん。彼女いるんだ」

 少女が心なし冷めた調子で言う。

 これだ。この初めての感覚。相手のこの反応を何度夢見た事か。

 心なし残念そうに見える彼女だけど、なら僕に彼女がいなければ結果が変わるかと言えばそんなわけはない。

 それを僕はよく知っている。

 彼女がいない男より、いる男の方がモテるんだ。

 少なくとも僕の周りではそうだった。

 僕はわずかばかりの優越感に浸りながら彼女に話しかける。

「風邪引かないの?」

「……どうせ、私はもうすぐ死ぬから」

 僕は何も聞かなかったように沈黙する。

 妖精が見える者は死期が近いとか言ってたっけ。

「妖精さんって、どんな姿してるの?」

 僕は携帯をいじりながら他人のように距離をあける。

「うーん。一定じゃないんだよね。見る人によって姿は変わるの」

 少女は樹の上を見たまま眉根まゆねを寄せて言う。

 曖昧あいまいな言い方だな。本当に見えるんなら自分の見た物を言えばいいだけなのに。

 そんな事を突っ込んでもいたずらにイジメているだけみたいじゃないか。

「具合が悪いんならもう帰った方がいいんじゃない?」

「? 体は平気だよ? 病気とは限らないもの。事故かもしれないし」

 ならそれは凍死じゃないかな。

 少女の様子に自分の事を話していると言う感じはない。

 こういう子はきっと長生きするよ、と広場を離れようとした所で携帯がメールの受信を告げた。

 僕にメールしてくるのはユキエしかいない。

 携帯を開いて文面を確認する。そして僕の周りだけ空気が重くなったような気がした。

『ごっめ~ん。男の子達と盛り上がっちゃってさぁ。あなたもこっち来る?』

 男友達と一緒なのか。

 いいよ。楽しんでおいで、とメールを返して携帯を閉じる。

 浮気じゃない。僕も誘ってくれてるんだから。

 でもまだ一度もデートしていない相手だ。向こうの仲のいい友達集団の中に混ざって一緒に楽しめるほど僕は社交的ではない。

 きっと一言も喋れず、ユキエの心象も悪くなるに違いない。

 こうするしかないじゃないか。

「何? フラれたの?」

 少女が悪戯っぽい笑みを張り付けて言う。

「違うよ。僕が断ったんだ。向こうから来いって言うもんだからね」

 ふーん、と笑う少女は明らかに信じていない。

「そ、そっちこそ。彼氏はいんのかよ!」

 子供かよ……、と我ながら思ったけど、つい口から出てしまった。

「いるわけないでしょ。私は次のクリスマスを迎えられないんだよ」

 あーそうですか。

 この子相手に真剣になってもバカみたいだ。

 僕は一枚多く着込んできた上着を脱ぎ、少女にかけた。

 驚いた目で見る少女に構わず、僕は広場を後にする。

 必要以上に厚着した為か内側に汗を掻いた。

 それが急に外気にさらされた為か寒さを感じたが、振り返りもせずに歩き続ける。

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