第5話 夢の終わり
小屋の外がいきなり火の色に明るくなって、わたしは息を呑む。嵐のように流れ込むヤスの声と記憶は途絶え、周囲はかび臭い、白骨死体を抱えた暗闇に戻る。
けれど、小屋の外に駆け出ると、まだ幻は続いていた。過去の桟橋は小屋から長く伸び、その半ばで、今まさに燃え上がり始めたところだった。
そうして炎の手前に、背の高い、髪も膚も白い亡霊のような男がいた。炎の向こうに、わたしがいた。
花柄に染め抜いた赤い服の裾を握りしめ、きつくおさげを2つに結って、何かを叫んでいる。声は聞こえる。けれど切れ切れにしか意味がとれないのは、これが、ヤスの記憶だからだ。
あれはわたしではない。サホだ。わたしの祖母。ヤス憑きのサホ。
ヤスの言葉は、まるで自分が発しているように、はっきりと聞こえる。
『サホ、きては、いけない』
サホが唇を噛み締め、ちらりと暗い海に目を走らせる。今にも飛び込んで泳いできそうな様子に、ヤスは上を指さした。
『サホ、そらに、たくさんの、ほし』
サホがつられて夜空を見上げる。目の前に燃える炎よりもずっと上の、ぐるりと全天に星の満ちる、晴れた夜空。
ヤスの指がゆっくりと降りて、サホの額をまっすぐに指す。
『きみが、いちばん、あかるいほし』
ね? と、ヤスの声は優しい。穏やかで、波音のようだ。
『きてはいけない。わたしのほし。
サホ、きれい、……あえた。
あいたい、あえた』
幻の炎はわたしには熱くない。けれど、燃え広がり勢いを増す炎に、じりじりとヤスが後ずさってゆく。
『サホ、わたしは、<ヤス>。
きみの、かなしいこと、ぜんぶ、<ヤス>。
ぜんぶ、<ヤス>が、もっていく』
わかる? とヤスが首をかしげる。炎の向こうでサホが大きく首を横に振る。炎に煽られて、サホの目を満たす涙が赤く光る。
それはわたしではなかった。サホだった。ヤスの目に、何よりも輝いて映る星の光だった。
『サホ、花を、ありがとう』
ヤスがさらに一歩下がる。橋の一部が、音を立てて焼け落ちる。
炎の向こうで、サホが泣き崩れてしゃがみこむ。
ヤスは、その姿も目に留めるように、ずっと後ずさりながら小屋へ戻る。
島長から渡された陶器の小瓶を手にし、最後にノートを膝に置き、そうして椅子に座った。
目を閉じると、あたりは真っ暗になった。
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