第四章 エルヴィン、思索する

EP16.エルヴィンという人

 階段を上って、城の一階に戻ってくる。外に出ると、砂で構成された地平線に陽が沈んでいくのが見えた。

「このあと、どうしますか、アル」

 ヴィンが隣のアルに声をかける。

「もうそろそろ、友人が迎えに来てくれるはずだから、それを待とう」

アルが見ている方向と一緒の方向を見ると、遠くに飛行船が見えた。

「噂をすれば、ですね」

「ああ」

アルは短く返事をすると、先頭を歩き始めた。それに気づいたほかの団員も、アルの後に続く。全員の後ろを歩きながら、ヴィンは不思議な感覚にとらわれていた。

 今回の龍剣の番人は、どこかおかしかった気がするのだ。本当にあまり人を選ぶつもりがなかったのか、それともほかに何か思惑があるのか。アルとルーの戦闘を考えると、ほかに思惑があると考えるのが妥当だろう。だが、どんな思惑があるかまでは考えが及ばなかった。

「ヴィン、早く!」

 いつの間にか歩くことをやめていたヴィンを案じてヘクトが大きな声を出す。

「今行きます」

そう返して、ヴィンは一足先に飛行船に乗り込んだ仲間たちに続いて、梯子を上った。

「今回世話になる、ミズキ・アルベルツだ」

ヴィンが乗ったことを確認して、アルがミズキを全員に紹介する。

「どうも、ご紹介にあずかりました。アルベルツ家が長女、ミズキです」

 アルベルツ家といえば、商業において最先端のものをすぐに取り入れるということで有名な社長一家だ。よく見れば、この飛行船自体も魔力は使用していないようである。

「どうして、魔力を動力とせずに動いているんですか」

どうやら、ハイネもヴィンと同じことを考えていたようである。

「いい質問ですね。いま、アルベルツ社では油の研究をしています。料理にも使われる油が、よく燃えることはみなさんご存知ですね」

味にも量にも厳しいフィネとヤンが激しく首を前後に振る。

「そこで我々は油の燃えるときに発生するエネルギーを動力として使用できないかどうか、ずっと考えて、形になったのがこの飛行船です。もちろん、食用として扱われている植物油ではなく、地下に溜まった、かつてルミナ上に住んでいただろう様々な生き物たちの死骸が長い年月をかけて油になったものを使用しています」

ミズキが丁寧に説明していくが、だんだんとフィネとヤンの頭が傾いていく。どうやら理解しきれていないようだ。ルーがそっと隣で通訳役と化す。

「我々はこの油を《骸油》と名付け、商品開発を行っています。しかし、まだ大量生産体制が整っていないため、このような個人的な使い方にとどまっているのです」

「大変興味深い話をありがとうございます」

熱心に聞いていたハイネが丁寧にお辞儀をする。

「頭を上げてください。ほかのお話も、まだまだたくさんありますので、気になったことはむしろどんどん聞いてくださいね」

にっこりとミズキの、黒檀のような髪が風に揺れた。

「ミズキ、とりあえず船室を案内してくれないか。ここじゃ寒い」

「あら、すみません気が利かなくって。すぐに案内します」

寒さに耐えかねたアルの言葉に、ミズキがあっさりと返す。

寒いのも当然だ、砂漠は夜になると昼間の暑さからは想像もできないほどに気温が下がる。それは飛行船の上であろうと例外ではない。実際、壁に掛けられた気温計は十五度を指しており、日よけのマントを羽織っているとはいえ昼間の格好のままでは風邪をひきそうなくらいだった。

船内に入ると、思った以上に中は広かった。広い廊下といくつかの客室、船員用の部屋に食堂、談話室まで設けられている。客室内もシャワーとバスタブ、トイレが完備されており、窓からは外の景色がよく見える。とんでもなくお金がかかっているのだろうと容易に想像がついた。

「では、お好きなお部屋をお使いください。それから、アルを少しお借りしますね」

がっちりとアルの袖口をつかんでミズキが引っ張って連れていく。

「あの団長をああやって連れて行くなんて、あの人すごいね」

フィネが連れていかれるアルの後姿を眺めながら言った。

「そういえば、あの二人はどういう関係なの?」

ルーがヴィンに詰め寄る。

「それは―、僕からは回答しかねます」

「つまり知ってるのね」

 しまった、ルーのあるに対する気持ちを知っていながら、失言だった。ルーの目が少し厳しくなる。じっと目を見られるが、答えようがなかった。沈黙が流れる。

「ま、いいわ。後で自分でアルに聞くから」

 すっとルーが離れて行って少しホッとする。全員がそれぞれの客室に入っていったため、ヴィンも余った二つの客室のうち端っこにある客室に入った。

 荷物を置いてベッドに倒れこむ。ずっと気を張っていたのか、肩こりと頭痛がひどくなった。改めて部屋を見てみると、クローゼットや冷蔵庫まで備え付けられており、そこらの安っぽい宿とは比べ物にならないほどだ。

 結んでいた髪の毛をほどき、眼鏡をはずして枕元に置く。靴も靴下もベッドの横に脱ぎ捨てて、冷蔵庫を開けた。流石、美味しそうな葡萄酒が入っている。だが、飲むのは後だ。今は休もうと、再びベッドに入った。

 昔は、こんな風にふかふかなベッドで眠れる日が来るなんて考えもしなかった。

 物心ついた時には、ヴィンは孤児院にいた。学校に行っても、どこへ行っても、“親なし”のレッテルがついて回り、大人には腫物のように扱われ、二人を除いて、同年代の子供には随分といじめられた。そのうちいじめられることも腫物のように扱われることも嫌になって、ひたすらに勉強し、剣術を極めた。

 気が付けば、その剣術を買われて昔から剣のうまかったアルや、アルのほかに唯一仲良くしてくれていた友達、イヴァンと一緒にルミナリア教の大きな騎士団に推薦がされた。もちろん、その騎士団に入らないという選択肢はなかった。騎士団にさえ入れば、二人以外に誰も自分の経歴を知る者はいない。これで誰からも自分のことをどう言われるかなんて気にする必要がない。そうやって、騎士団に入った。

訓練は厳しかったし、ご飯もあまり美味しいとは思えなかった。侵略戦争も始まったばかりで激化していく前線で戦うのも辛かった。バタバタと倒れていく仲間たち、増えていく共同墓地の墓石。イヴァンでさえ、目の前で上司の判断ミスによって死んでしまった。こうやって自分たちも死んでいくのだと思うと、純粋に怖かった。怖さを紛らわせるために、酒もタバコも覚えた。目の前で人が、イヴァンが死んでいく様が、頭にこびりついて離れなかった。

どんどん人間を失っていくヴィンを、アルは無理矢理騎士団からから引き剥がした。

「どうして、僕を騎士団から抜けさせたのですか」

 そう聞いたとき、アルの藤色の瞳には、何も映っていなかったように見えた。

「先日、家族が全員死んだという連絡が入った。イヴァンも、死んでしまった。守れるものを守るために、騎士団に入ったのに、何も守れなかったんだ。これ以上騎士団にいる必要はないだろう」

 ―守るため。そんな大それたことをしているつもりはなかった。ずっと自分の保身のためだけに戦ってきたのだ。

「いつか、大切なものを守るために、俺たちで騎士団をやろう。そして、俺らの大切なものを奪ったやつらに、責任を取らせるんだ」

当時のアルは、責任を取らせるという言い方をしていたが、復讐の意がこもっていることは明らかだった。

 夕飯を食べぬまま、柔らかいベッドの中でうつらうつらとする。昔のことを考えながら、ヴィンは夢の中へと落ちていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夜明け、飛んでゆく龍を見ていた 泡科 @Awashina0105

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ