EP15.第三の番人

 スピネル―青や赤、様々な色があるとされる宝石だが、その空間を埋め尽くしているのは黒いスピネルだった。いや、黒というのは語弊があるかもしれない。青に黒を混ぜたような、鉄紺というべきだろうか、そんな色をしていた。

 ごくり、とルーが生唾を飲み込み、アルが少し緊張した面持ちでその空間を眺める。

「なんで龍剣を持ってる二人がそんなに緊張してるの」

 ハイネがため息をつきながら二人の背中をトントンと軽く叩いた。が、二人の表情が変わる様子はない。

「だってねぇ…」

「うん、なんだか緊張するんだよな…」

 二人で目を合わせてうんうんと頷く。

「まあ、気楽にいきましょうよ」

「そうだ!気楽に、気楽にいこうぜ」

 フィネとヤンが良い笑顔で言うが、この二人の気楽というのはどちらかというと何も考えずにという風に言い換えたほうが良いのではとヴィンがつぶやいた。

「まあ、とりあえず中に入ろうよ」

 ヘクトが苦笑しながら空間へ足を踏み入れる。途端に、何もなかった壁にろうそくがかけられ、灯りがともされた。

「僕の工房にようこそ」

 頭の中に、声が響く。番人か、と思って身構える。団員たちの目の前には、癖毛でおっとりした外見の少年が立っていた。

「君たちがヴォイス騎士団、だね。まずは自己紹介をしよう。僕の名前はラルフ・セヴェール」

 外見通りの声で、おっとりと少年は話す。

「僕が今回試すのは、ヘクトール・エレット、君だ」

 指をさされてどきりとする。

「さあ、こちらにおいで」

 ラルフの言葉に従って、前に数歩でる。全員が口をつぐんで見守る中、ヘクトはラルフの正面に立った。

「手を出して」

 言われるがままに手を出す。ラルフがヘクトの手に触れる。冷たくて、乾いた手だった。手がそのままぎゅっと握られる。

「君、面白い呪いを受けているね」

 ラルフが冷たく笑う。

「受けたこっちは堪ったものじゃないけどね。まあ、これも一種の契約の末に課せられた呪いだ。気にしてなんかないよ」

「そっか」

 ラルフが少し目を伏せた。なんだろう、アルのときの雰囲気とはちょっと違うような…。

 その感覚は正解だった。ラルフが顔を上げてぱっと明るい笑顔を見せる。

「よし、じゃあ、僕とお話ししよう!」

「何言ってんのよあいつ!」

 結界を殴ってルーが叫ぶ。当然、ヘクトにその声は届いていない。ヘクトが前に進んだ瞬間、気づかないうちに結界を張られていたようだった。こちらから呼びかけるもヘクトは反応しない。ということは、アルのときと同じような結界が張られているのだろう。

「大丈夫。あの子は、私と違って出来る子だから」

 フィネが少し不安そうな顔をしながら言う。それでもそう言い切れるのは、きっと家族だからなのだろう。

 結界の向こう側で、ヘクトも同じくラルフの言うことに対して困惑していた。

「お、お話し?試練はどこに行ったの?」

「正直試練なんて僕にはどうでもいいんだよ。もう、ずっとここに閉じ込められていてつまらなかったんだ。君は黒魔法に精通しているようだし、僕も黒魔法が大好きだから、一回お話をしてみたくって」

 笑うラルフの顔には、敵意はかけらも見られなかった。

「―わかった。何から話そうか」

 ラルフの顔がさらに明るくなる。

「君が今まで勉強していたことを聞きたいな」

「例えば?」

「君の呪いについて。君はどう思ってる?」

 どう思っているか―と言われたら、まあ、因果応報というか、自業自得というか。でも、そういうことを聞きたいわけではないのだろう。

「基本的な契約におけるタイムリミットのようなものだと思ってるよ。恐らくはぼくが死ぬまで、解けない」

「じゃあ、僕がその契約を一方的に破棄できる魔法を知っていると言ったら?」

 ―一方的に?破棄?

「そんなこと、できるわけがない」

「いいや、できるさ」

 ラルフが甘く、優しくささやく。

「禁忌ではあるけどね。そんなことは簡単にできる。君だってその体、不便なんじゃないのかい?」

 確かに、不便といえば不便だ。寝るときに息もできないほどのかなりバリにあったり、突然神経に直接触れられたような痛みが全身を走ったり。姉の前ではとても言えないが、死にたいとすら思ったこともある。どうせ異形の者に魂を食われて死ぬのなら、今自分の命を絶ったほうがましだと、思ったこともある。けれど―。

「けど、それは僕自身が決めて選んだことだ。それに、契約を一方的に破棄してしまっては何が起こるかわからない。これ以上、ぼくはリスクを負いたくない」

「へえ、随分な平和主義なんだね。でも、君の魂が異形の者に食われたとき、いったい何が起こるのかご存知かな?」

 頭が、真っ白になる。遠いところで落ちた水滴の音が、響いた。

 そうだ、魂は輪廻の輪に戻るわけではない。無理やり食われた魂を、肉体は探し求める。そこにあの異形の者が入ったらどうなる?

「ようやっと気づいたかな?君は魂だけではなく、肉体すらも明け渡す契約をしてしまっているんだ」

 ―どうして、こんな簡単なことに気付かなかったんだろう。自分を責めても、もう遅いのだ。

「それに、君が魔法を使うごとに呪いの力は強くなる。君は魔法を使うことによって、仲間を危険にさらすリスクを高めているんだ。もし戦ってる途中で、魂を食われたらどうする?乗っ取られた肉体は、君の姉を切り裂き、仲間の腕をかみちぎり、罪のない一般人たちの命を奪うだろう」

 考えただけで、冷や汗が出てくる。

「そうなったとき、君はどうやって責任を取るんだい?」

「うるさい!」

 ヘクトの声が、地下内に響いた。

「あの時契約がなければぼくは必然的に死んでいた。姉だって、仲間だって死んでいただろう。だからこそ僕は力を求めて契約を結んだんだ」

「でもその結果がさらなる悲劇を生むんだよ」

「そんなことにはさせない。肉体を変質させる方法は、すでにもう知っているんだ」

 ラルフが、何かピンときた表情をする。

「もしかして、僕らと同じ道を歩むつもりかい?」

「そうだよ」

 そう、肉体に、異形の者を取り込んで封印するつもりでいるのだ。そうすれば、魂が食われることも肉体を乗っ取られることもない。

「でも、それは禁忌だ。君の魂も、輪廻の輪に戻ることはできない」

「わかってる。それに、輪廻の輪に戻れないのはもとからだ。いまさらどうということはない」

 問答をしながら、ラルフはいつかのことを思っていた。ああ、僕はこの目を知っている。生きながらに自分の最期を知りながら、決してあきらめないこの目を。ああ、そうだ、だから僕は君を―。

「わかった、君に龍剣を授けよう」

「えっ」

 ラルフのあっさりとした言葉に思わず情けない声を出す。

「えっ、てなんだよ。僕は君を認めたんだ。君には力がある。何より心が強い。君であれば、いつか自分自身で呪いをどうにかする方法を見つけることができるだろう」

 ふっと、ラルフが微笑む。龍剣がヘクトの手の上に置かれ、そのまますっと、ラルフは消えていった。

「ありがとう、ラルフ」

 返事をするように、龍剣についたスピネルがチカッと光った。

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