EP14.古アリシアの城
「まさかこんなところでビアンカ叔母様に会えるだなんて思ってもいなかった」
砂漠の上をザクザクと歩きながらフィネが上機嫌で歩いていく。その後ろを人を呪いそうな目をしながらついていく。
「なんでみんなそんなにテンション低いのさ」
「そりゃ、こんだけ暑けりゃテンション低くもなるよ」
ハイネが冷静に突っ込む。もはや『暑い』ではなく、『熱い』のレベルなのだ。
「むしろフィネこそなんでそんなに機嫌が良いんだよ」
アルが疲れ切った声でつぶやく。
「そりゃ、十数年も連絡がついてなかった親戚にあったら誰だって機嫌がよくなるでしょう。ましてやあんなにもお世話になったのよ」
格安で品物を売ってもらえた上に、ビアンカの工房を出るとき、一つの手紙を預かった。
「この先もし、クライシス方面へ向かうことがあれば、何か困ったときは封筒に書いてある住所を訪ねなさい。なに、私の名を出してこの手紙を渡せば、たいていのことは許してもらえるだろう」
いろいろな品物を包んでくれたあと、ビアンカは元気にやるんだよと言ってヘクトたちを送り出してくれた。
「いや、待って、それとこれとは話が別じゃない?」
ルーもフィネに反論する。
「そりゃ親族に会えたらうれしいけど、この暑さを無視できるほどじゃないもの」
「まったくだ」
アルがルーに同感の意を示しながら、水を一口飲む。
「何よそれ、まるで私が能天気みたいな言い方して」
「実際そうだと思いますけどね」
ヴィンが余計な一言を発してフィネからぺしぺしと叩かれた。
「あ、団長、城が見えてきましたよ」
ヤンがうれしそうな声を発して、全員が前を見る。遠いところに、蜃気楼に揺らぐ城が見えていた。
「とりあえず、城内部に入ったら休もう。じゃないと、ヘクトがばてる」
アルがすでにふらふらしているヘクトの手首をつかんで引っ張って行く。
目的地というのは見えてしまえば簡単に着く。実際、城が見え始めてから到着までおおよそ三〇分程度しか、かからなかった。きれいなまでに快晴なためか真っ白に輝く城壁が、余計にまぶしい。
城の中に一歩踏み込むと、想像していた廃墟のような場所と違い、中は意外と片付けられていた。
「太陽の日差しがないだけでこれだけ涼しいなんて思ってなかった」
すっかり水分を搾り取られ、今にも倒れそうになりながらヘクトが壁沿いに座り込む。
「大丈夫?お水いる?」
「いる」
姉から水筒を受け取って一口ずつゆっくりと口に含める。乾ききった口の中が少しずつ満たされていくようだった。
「シュヴァルツの奴らがここに来た形跡は?」
アルが先に見回りをしてきたハイネに聞く。
「今のところないみたいだ。そもそも奴らは大体ここら辺だろって目安を付けただけで、詳しい場所は知らないんだ。翡翠の洞窟の時はわかりやすい場所だったが、普通に考えてこんな古ぼけた城に龍剣があるなんてなかなか考えないだろう」
言われてみればそのとおりである。アルたちでさえも、情報収集をしなければこんなところにあるなんて考えもしなかっただろう。
「もう、大丈夫。動けるよ」
ヘクトが立ち上がって背伸びをする
「わかった。地下への階段をみんなで手分けして探そう」
アルが迷子にならないようにと、来た道につけるシールを全員に配る。
「三〇分探して見つからなかったらまたここに戻って来てくださいね」
ヴィンが時計を見ながら言う。はーいと年少組が返事を返す。年少組、アルとフィネ、ヘクトとヴィン。それぞれ分かれて、広い城の探索をしていくこととなった。
適当な距離ごとに、シールをペタペタと壁に貼りながら、歩いていく。それぞれの班ごとで色が違うので、基本的には迷うことはないだろう。と思いながらも、黒魔法が盛んだった国のことだ、何か罠があるのではないか、なんて警戒しながら、ヴィンは歩いていた。
「たぶん、そんなに周りを見ながら歩かなくても罠なんてないよ」
心を読まれたかのようなヘクトの発言に、ヴィンが驚く。
「黒魔法は大概仕掛けられた痕跡がわかりやすいし、罠がある場所はどうしても魔力が淀む。見ればわかると思うよ」
「―やっぱり、魔法の技術の差ですかね」
ヴィンのため息が、廊下に響く。
「と、いうよりは、ぼくが異常なだけだと思うよ」
ぽつりとつぶやく。ヴィンもヘクトも、もともとあまりしゃべるほうではないためか、すぐに静かになる。
「それにしても、広いね」
「広いですね。敷地面積、どのくらいあるんでしょう」
ヴィンがそういった瞬間、ヘクトが足を止めた。
「ここ、何かある」
視線の先には、壁があり、よく観察してみると少しだけ隙間が空いている。ヴィンが壁に触れると、壁が青く淡く光って、文字が浮かび上がった。
『光歴百二十八年、アリシア皇国が滅びる。私は結局何もできはしなかった。今は白いこの壁も、いつしか血に染まるのであろう』
一つ一つ、ヘクトが読み上げていく端から文字が消えていく。読み上げ終わると、一斉にまた文字が浮かび上がり、壁から離れて宙を舞いながら左手の廊下のほうへ飛んで行った。
「ついてこいってことですかね」
「そうだね」
二人で苦笑しながらまた歩き始める。
「先ほどの文字、いったいだれが書いたんでしょうか」
ヴィンが立ち止まって、髪を結びなおしながら言う。
「誰が、というのはわからないけど、年代で言えばあれは光歴五十年前後に書かれたものだよ」
「五十年前後?であれば、古代文字を使っているはずですし、そもそも古アリシアが滅びるなんて未来をどうして知っているんでしょう」
そうは言いながらも、実はヘクトもヴィンも大体の予想はついていた。
魔法か、それとも、また別の何かか。一応魔法でも未来を視るは可能であるが、それは禁忌に値し、さらには何百年も遠い未来を見通すことは不可能に近い。よほど、頭の回る魔術師がいたのだろうか。
そんなことを考えながら、歩いていると、先ほど飛び立っていった文字がくるくると前方で舞っているのが見えた。走って行って文字に追いつくと文字は、ぱっと消えてしまった。目の前の壁が少しだけ青く光った。
「触るね」
ヘクトが告げると、ヴィンがうなずいた。見た目よりも冷たい壁に触るが、何も起きない。一旦離れて、杖を取り出す。魔力を込めながら、軽く杖で壁を三回たたくと、今度はきちんと文字が浮かび上がった。
『遠い未来の魔術師よ、私たちは禁忌を犯した。あれは外なる国との戦争で滅びるというわけではなかったのだ。市民からの革命で滅びるわけではなかったのだ。自らの罪で、私たちは滅びるのだ』
先ほどと同じように文字が消えていき、すべての文字が消え、先ほどとは違ってまた新しい文字が壁に浮かび上がった。
『全てはルミナリア王国に。』
ルミナリア王国…アリシア皇国と同じ年代に滅びた国のことだ。そして、ルミナリア教の聖地だ。現在はよほどのことがない限り立ち入り一般市民は禁止区域となっている。ルミナリア教はルミナ全域に広がっている宗教であり、何を隠そうヴォイス騎士団もルミナリア教に所属している騎士団だ。騎士団がきちんとした理由をつければ、古ルミナリアに入ることができる。
「これは―そのうちに古ルミナリアにも向かわなければなりませんね」
ヘクトも首を縦に振った。改めて壁を見ると、文字は浮かび上がったままである。消えないのかな、と思った刹那、文字はまた壁から離れてこちらに飛んできた。ふわふわとヘクトとヴィンの周りを二、三周したのち、ヘクトの前で一つの塊となり、手の上にあっけなくぽとりと落ちてきた。手元に残ったのは、どうやらサファイアのようだ。
「どんな魔法を使っているのかと思えば、宝石を溶解させて文字にしていたんですね」
ヴィンがサファイアを日の光にかざす。反射した光が、床に映った。
「いや、それだけじゃなさそうだよ。おそらくこの宝石には当時の記憶自体が詰まっている。後で調べる価値はあると思うよ」
ヘクトがサファイアをヴィンから返してもらい、手の上で転がす。ふと、携帯送受信機の音が鳴り、通話ボタンを押す。
「ヴィン、ヘクトもそこにいるな?」
「もちろんです」
スピーカーにしているため、アルの声が廊下に響く。
「さきほど地下への入り口を見つけた。集合場所から十時の方向だ。扉は明けたから集合場所まで戻れば後は魔力をたどって来られるだろう。まずは集合場所まで戻れ」
「了解です」
ヴィンが短く返答して通話を切る。
「だ、そうで。まずは戻りましょうか」
「うん、そうしよう」
サファイアをポケットに入れて、二人はもと来た道を戻り始めた。
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