EP13.世間は狭い

「あれ、フィネ、ヘクト、ドア開けっぱなしで何やってんの」

 ドアの先からひょっこりとヤンが顔を出す。

「いや、別に何も。もうすぐ出発だから、荷物整理してただけだよ」

ヘクトの返事にふぅん、と納得いかない様子を見せる。

「ま、どっちでもいいけどさ、早く下に降りないと、団長が二人を探してたぜ」

「わかった、すぐ行く」

 フィネが短く返事をして、立ち上がった。ヘクトも続いて立ち上がる。荷物を持って、部屋を出て鍵を閉めた。年を取り、背が高くなるたびに、大きかった姉の背中が小さくなっていくように見える。こんなに、姉の背中は小さかっただろうかと、階段を下りながらヘクトは思っていた。

 エントランスホールまで下りるとアルとヴィンがいつも通り話をしているのが見えた。

「フィネ、ヘクト」

 こちらに気付いたヴィンが名前を呼ぶ。

「やっと降りてきたな。じゃあ、とりあえず食料調達といこうか」

アルの言葉に従って、宿を後にする。ルーが宿でもらったのか、観光用の小さな地図をポケットから出して広げた。

「ここから二十分くらい歩いたところにバザールがあるんだって。そこならそれなりに日持ちする食糧とかお水も手に入るんじゃない?」

「あ、オレ銃弾の調達したい」

ヤンが隣から地図をのぞき込んで指さす。

「ボクも、魔石の追加調達をしたい」

ハイネも横から口をはさんだ。魔石というのは、自身の魔力を込めることのできる、いわば蓄電器のようなものである。

「じゃあ、年少組はヘクトと一緒に自分のほしいもの買いだしてこい。俺らは食料の買い出しに行ってくるから」

「ええー、わたしも買い物に行きたかったぁ」

 アルに対してフィネが不服を申し立てる。

「集合は一時間後にまたここで。じゃあ、行きますよフィネ」

 アルとヴィン、両方に引っ張られてフィネが連れていかれる。そんな状態を冷たい目で見ながら、ハイネ、ヤン、ルー、ヘクトの四人は歩き出した。

 大きな通りに屋台や店が所狭しと並び、ハイネが目を輝かせる。

「こんなににぎわっている場所なんて初めて見た」

「向こう側の世界には、こういう場所はないの?」

大勢の人がいる前でシュヴァルツの名前を出せないので、若干オブラートに包んでヘクトが聞く。

「あるところにはあるのかもしれないけど、ボクはあまり家から出るほうではなかったし、何よりほかの都市に出かけたことがなかった。だから、あまり知らないんだ」

ハイネの言葉に、多少違和感を覚えたルーが、口を開きかけてやめた。むやみに過去を追求するのは、よくない。

「まあ、見て回れる時間は短いから、地図を見てある程度目星をつけて回ろう。まずは―、ヤンの見たいところから行こうか」

 ヘクトがルーから地図をもらって、みんなでのぞき込む。

「あ、オレここに行きたい」

 ヤンが指さしたのは、老舗の武器屋だった。ちょうど次の角を曲がってすぐの場所にあるようだ。

 いかにも古そうな看板と、飴色になった木の扉の前で、立ち止まる。ヤンが深呼吸を一回して、扉を開けた。甘いバニラの香りが、鼻をくすぐる。

「あら、いらっしゃい。ちょいと待ってておくれ」

 奥のほうで、女性の店員の声がした。ここ最近はやりの大型店のように武器は壁にかかっておらず、狭い店内を入り口から見渡すとカウンターと商品棚が真ん中に置いてあるだけだった。思わず全員が固まる。

「ここ、あまりよくないんじゃないか?」

ハイネが小さくつぶやく。それをヤンは否定した。

「いや、こういう店ほど品ぞろえはいいんだ。中に入ろう」

「よくわかってるじゃないの坊主」

 店内奥に向かって歩き始めた瞬間、後方で女性店員の声がした。咄嗟のことに反応できず、ゆっくりと後ろを振り返る。

「いらっしゃい。何をご要望かい?」

油っけがなく、一つに結ばれた髪、高い身長。左耳につけられた鳶色のピアスから、異種族との混血であることがうかがえる。えらく迫力のある店員だ。

「銃の弾を、見に来たんだが」

「あと、魔石の買い出しを」

 店員にひるまずヤンが答え、ひるんだハイネに代わってルーが付け加える。

「なるほど?あんたの使ってる銃はいったいどこの社のものかい?」

「イゾルデ社製だけど、だいぶ改造してあるからアピスライト製の薬きょうじゃないと上手く飛ばない。ここにアピスライト製の銃弾はあるのか?」

 アピスライトといえば、やたら高価な金属のことだ。ルミナ全体でいえばたくさん量はあるのだが、不純物を取り除くのがなかなかに難しいことで有名である。ヤンのやつ、そんな高級なものを銃弾に使っていたのかとヘクトが目を見開いた。ヤンが少し気まずそうに眼をそらす。

「もちろん、私の工房を何だと思っているんだい。ついでに銃を見せてみな」

 ガンホルダーから取り出したヤンの銃を、店員が片手で受け取る。カウンター近くにある机の電気をつけて、店員は椅子に座った。ライトに銃をかざして、丁寧に見ていく。

「―あんた、いくつのときからこれを使ってるんだい」

「十三のときから」

 簡潔な答えを聞いて、店員がため息をついた。

「ここまでバランスの難しい調整をしている銃を私は初めて見たよ。あんたら、ただもんじゃないね」

「ぼくら、ヴォイス騎士団のものです」

ヘクトが口から出した騎士団の名を聞いて、店員が感嘆の声を上げた。

「あのヴォイス騎士団か。なるほどね、そりゃ納得できる。あんたら、名は?」

「ヘクトール・エレット。その銃の持ち主がヤンで、そこの女性はルーツィエ、青色の目をしているのがハイネです」

「ほう、世界有数の魔術師家系のエレット家のお坊ちゃんか」

「昔のことです」

 ヘクトが店員を冷たい目で見る。店員ももう、それ以上は何も言わなかった。

「名を聞いたからにはこちらも名乗ろう。私はビアンカ。ビアンカ・クラウベル」

ヘクトの顔が青くなる。クラウベル家といえば―。

「もしかして、エルフリーデ・クラウベルをご存知ですか」

「ああ、それは私の末の妹だね。でもなんであんたがエルフリーデのことを…」

何かを察したハイネが、少しだけ口を開く。

「ねえ、もしかしてこの人、ヘクトの…」

「うん、ビアンカさん…エルフリーデ・クラウベルは、ぼくの母親です」

 ビアンカが驚いて口を開閉させる。

「あんたが…?あのエルフリーデの?」

「そうです、あのエルフリーデの、です」

 あの、と言われるのも無理はない。ヘクトールの母親、エルフリーデ・クラウベルは父と駆け落ちして結婚したのだから。

「そうかい…いわれてみれば、目つきや髪色はあの子そのままだ」

うんうんとビアンカがうなずく。

「えっと、つまり?」

 話を全く理解できていないヤンが首をかしげる。

「この方は、ぼくの叔母に当たる人です」

 ヤンがびっくりして言葉を失う。

「い、いや、でもこの人とお前、あんまり似てないぞ?」

 頭の上に疑問符をたくさん付け、首をかしげる。そのヤンの様子を見て、ビアンカは大きく笑った。

「そりゃそうだろう。私とエルフリーデは腹違いだ。母は私を産んだ後に死んでしまったからね。後妻と父の間に生まれたのが二人の弟たちとエルフリーデだ」

 一通り笑った後、ビアンカは椅子から立った。

「ヴォイス騎士団の面々に、そこにいるお坊ちゃんはエルの息子ときた。仕方ないねぇ、格安でいろいろ譲ってやろう。ついてきな」

 ビアンカの後ろをぞろぞろとついていく。店の奥のほうに入っていくと、そこには広い工房があった。

「さあ、ご希望の品を上げてみな。一瞬でここで作り上げて見せよう」

 ハイテンションになってヤンがあれこれと注文をしてビアンカが嬉しそうに白魔法で様々な道具を使って商品を仕上げていく。ハイネも魔法工房を初めて見たようで、目が釘付けになっていた。

 少し合間を見て、ルーが携帯送受信機でアルたちに連絡を取ると、買い物を終わらせたらすぐこちらに来ると言われた。あちらはあちらで、何やら苦労しているようだ。

 五分もしないうちに、店のドアが開き、フィネの騒がしい声が聞こえ始める。どうやら到着したようだ。

「こっちに来て」

ハイネが三人を工房へ勝手に案内する。作業の途中でふと顔を上げたビアンカとフィネの目がちょうどあった。

「ビアンカ叔母様!」

「フィーネじゃないか」

ヘクトが両方の顔を交互に見る。

「姉さんとビアンカさんは知り合いだったの?」

「うん、一度ヘクトが生まれる前に母さんに連れられて会ったことがあるのよ。お久しぶりです」

 後でフィネから聞いた話では、実家との相性はよくなかったものの、一度誰かから頼らざるを得ない状況にあった頃があった…らしい。そこで訪ねたのがビアンカだった。というくらいしかフィネ自身もわかっていない。

「こちらこそ、久しぶり。大きくなったね。」

さらにビアンカの声が軟化する。世間とは案外狭いものだと、ヘクトは痛感したのだった。

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