EP9.次の目的地へ

乗船券を買いながら、アルは後方での会話を聞いていた。

「なんか三日ほど前、フューリアの街はずれでいきなり水柱が上がったらしいぞ」

「それがどうも、翡翠の洞窟の近くだったらしい」

「俺も聞いたぞ、その話。なんでもそのつい一時間ほど前にいきなり翡翠の洞窟の内部から強い光が出たんだそうだ」

「あそこはやっぱり立ち入り禁止にした方がいいんじゃないか?」

七枚の乗船券を受け取りながら、アルは心の中で静かに後ろの人たちに謝ったのだった。

〈すみません、それ全部確実に俺らのせいです〉

と。

「やっぱこっちはいろんな人たちがいるんだな」

ハイネが周りを見渡しながらそう言う。

「いろんなひとたちって…シュヴァルツにもこういう人たちはいるんじゃないのか?」

ヤンがハイネに聞く。

「確かに人種は様々なんだけどさ、正確にいうと人間の姿をしていない種族も結構いてな…こっちの方が、人間に近い人種が多いなあと思って」

「なるほど…まあ確かにそうだよな。団長だって一応エルフの血が入ってるしな」

「えっ…でも団長さん耳とがってないぞ」

「お前何千年前の話してんだよ…今は他種族との混血ってのは珍しくないし、混血しているからと言ってその種族の特徴が残ってるかっつーとそういうわけじゃないんだ。混血を繰り返して血が薄まってるって場合も少なくないしな」

そう言って、すっとヤンがアルの耳あたりを指さした。

「ほら、団長の耳に独特な形のイヤーカフついてんだろ。あれなんかはエルフの血が入ってるっつー証拠だな。あれは成人して一人前として認められたときに着けてもらうもんだそうだ」

「へぇ…そんな意味があったとは」

「何を話してるんですか?」

ヤンの頭の上からヴィンがひょいと顔を出す。

「うわっ!いつからそこにいたんすか!?」

「ついさっきです。人を幽霊みたいに扱うような人にはチケット渡しませんよ」

「すいません。いります、チケットいります!だから許して!」

「仕方ないですねぇ」

ため息をつきつつヴィンがヤンとハイネにチケットを渡す。

「君たちとヘクトが同室です。夕飯の時間は厳守ですよ」

はーい、と二人が声をそろえて返事する。

「それから、あまり悪ふざけをしてヘクトを困らせないように」

はいはーい、とヤンがまた適当に返事をする。少し顔をひきつらせたヴィンがヤンの耳をつまんで上に引っ張った。

「特に君に言ってるの、分かってるんですか、ヤン」

「痛い、イタイです!そんなことわかってますって!」

「分かっていればそれでいいんです」

パッとヴィンがヤンの耳を離し、ヤンが耳をさすった。俺が年下だからってこういう行動に出るのはオウボウってやつだろ。

「ところで、フィネはどこです?」

「フィネなら、あそこでルーと雑談中っすよ」

ヤンが振り返って船の近くを指さす。ちょうどその瞬間にフィネがこちら側に気づき、手を振った。

「ヴィン、チケットいいとことれた?」

ルーが楽しそうにヴィンに聞く。

「外がよく見えるところにしときましたよ。それと、いつも通りフィネと同室でチケットとってありますから」

「やったね!」

ヴィンの言葉にフィネとルーがハイタッチする。その様子に、ヴィンが少し苦笑した。

「旅行じゃないんですから、はしゃぎすぎないようにしてくださいね」

「それくらいわかってますー」

 でも、戦い以外のときは、思いっきり旅を楽しみたい。せっかくの旅なのだから。二年前は、とてもじゃないが楽しむ暇などなかった。 

空気はピリピリしていたし、ずっと胃が痛かった。だから、次に世界を旅する時はおもいっきり楽しもうとルーはずっと決めていたのだ。

 乗船準備終了の汽笛が鳴り、人々が乗船口の前に並び始める。以前旅した時とは違い、今回乗る船は少し豪華な船だった。

「めずらしいね、こんな良い船に乗るなんて」

ルーがアルに言う。

「ちょっと貯金してたやつ使ったんだ。こういう時じゃないと金なんて使えないからな」

実際アルは倹約家で、無駄遣いを嫌うため、たまには贅沢がしたかったのであろう。

「アルザイルまで十四時間の船旅だ。ゆっくり休めよ」

アルがほほ笑みながら、そう言った。とはいっても、しばらく何も変わりない海を眺めていたって面白くも何ともない。本を読もうとも思ったが、すぐに酔ってしまったフィネは見事なまでに暇を持て余していた。あっちに行ったりこっちに行ったりとふらふらした挙句、とうとう邪魔だとヴィンに叱られてしまった。すっかり機嫌を損ねたフィネは、アルの部屋に転がり込んだのだ。

「あとアルザイルまでどのくらいかな。」

暇そうにフィネがアルのベッドの上で寝返りを繰り返す。

「そうだね…あと十時間くらいなんじゃないかな。」

そう言って、同じくうるさい二人組から逃げて―正確には自慢話ばかりするヤンから逃げてアルの部屋に転がり込んできたヘクトは魔道書を閉じた。

「あと十時間とか…めんどくさ」

「仕方ないとしか言いようがないし、向こうに着くのは夜中になるだろうね。この後の移動時間を考えるとさらに長くなるよ。我慢して」

どちらが年上か分からなくなるような発言をヘクトがし、再び魔道書を開く。愚兄賢弟ならぬ、愚姉賢弟と言われても、文句はいえないであろう。

外はもう既に日が沈みかけており、空にはダイアモンドをちりばめたような星空が広がりつつあった。

「ところで、さっきからルーとハイネの姿が見当たらないんだけど、アル知らない?」

名前を呼ばれてアルが本から目線をはずす。

「そういえばまったく見てないな。まあ、あの二人なら大丈夫…」

最後の語尾が消え、そこにちょうど悲鳴がかぶさる。その悲鳴で仮眠を取っていたヴィンが文字通り飛びおきた。

「何事ですか?」

そういいつつ、ヴィンがメガネをかけて枕元に常に置いてある剣を掴む。

「とにかく、いってみよう。厄介ごとに巻き込まれてなきゃ良いんだが…」

アルがつぶやきながら廊下に出て、階段を上る。悲鳴の方向は…甲板だった。人だかりを上手くかわして、一番要領よく現場に駆けつけていたヤンが呆然と立ち尽くしているのところにアルが追いついた。

「この女を殺されたくなければ金と食料をもってこい!」

人だかりのど真ん中に立つ男が怒鳴る。その腕に捕らえられているのはハイネとルー。

「まさか船をハイジャックするやつがいようとは…」

ため息をつきつつアルがつぶやく。

「こいつら、よりによってルーとハイネを人質に取るとかずいぶんと恐ろしい事しましたね。」

こういうことを案の定…というのだろう。若干冷や汗をかきながらヤンもつぶやいた瞬間、ハイネを捕らえていた男がうめき声を上げて倒れた。ハイネが肘で男のみぞおちを思いっきり突いたのだ。

「あーあ、もう反撃タイムかよ、めんどくさいなぁ。」

その様子を見ながらヤンが銃をホルダーから出し、攻撃…する暇も無かった。ハイネの拳が襲い掛かる男の顎に叩き込まれ、跳び蹴りをしたその反動で壁を蹴りほかの男を蹴り倒す。

ハイネの俊敏な動きに驚いた男たちがルーに襲い掛かるが、返り討ちにされただけだった。顎を蹴り砕かれた男が空中を飛んでいき、けたたましい音とともに壁に向かって思いっきり痛そうなキスをする。鈍い金属音がゴングのようになり響き、その戦いは終わりを告げた。

「残念ながらボクは女じゃなくて男だ。よく覚えとけよ、犯罪者。」

「最初に言ったじゃない、私をなめてると痛い目見るわよって。人の話を聞かない人は嫌いよ。」

二人が涼しい顔をして倒れたハイジャック犯に言った。船内から歓声が上がった。

「どんな敵であろうとも、ボクたちが一掃して見せましょう」

ハイネが前列にいた女性の手に軽くキスをし、また黄色い歓声が飛ぶ。

「あいつ、女たらしだったんだね」

ヘクトがぼそりとつぶやき、横でヤンが頷く。

「イケメンにしかできない行為よ。よーく覚えときなさい」

後ろからフィネが二人の肩をつかむ。確かにハイネは女顔だが、顔の形が整っていないわけではない。むしろ、その手の顔が好きな女性にはすごく好かれるだろう。

船上の戦いは終息したように見えた。しかし、彼らはほかにも仲間がいる可能性を考えていなかった。そして、ハイジャック犯の反抗もそれだけではなかった。

「タイムリミット」

男のつぶやく声と共に、派手な火柱がアルたちの後方で上がった。ものすごい音と共振するかのように船も揺れる。人々の悲鳴に何もかもがかき消され、アルたちも人の波にのまれる。

不意にルーの首元を誰かが掴んだ。

「何するのよ!話しなさいよ、この…!?」

話し終えないうちにルーが軽く放り投げられ、飛んでいく。後ろは海。気づいた時にはもう遅かった。どぼん、という派手な音とともにルーが海に飲み込まれていく。音に気付いたヤンが海をのぞき込み、とっさに後ろを振り返った。

「おいハイネ、ルー見てないか?」

「いや、わからないが…なんだ?」

ヤンが海を指さし、ハイネが懐中電灯を海に向ける。ほぼ止まった状態の船の横にルーの髪飾りが浮いているのが見えたのだ。

さぁっとハイネの顔色が変わる。時刻は十五時半。この時間帯に海に落ちれば確実にルーの体温は奪われ、いつ死んでもおかしくない状態となるだろう。

「俺、ちょっと助けに行ってくる」

「やめとけ!お前、この時期と時間帯の海の寒さを知らないだろ!」

柵に足をひっかけ、海に飛び込もうとするヤンを必死にハイネがとめる。

「お前までいなくなったら、ボクは団長になんて説明すりゃいいんだよ!まだ打つ手はあるはずだ、早まるな」

そう、まだ何か手は…あるはずだった。

「団長、ルーツィエが!」

ハイネとヤンがアルたちの泊まる部屋に飛び込み、そのまんま床にダイブしかけて止められる。

「まずは落ち着け。だいたいの話は聞いた」

ちらりとアルがフィネの方を見て、フィネもゆっくりと頷く。その態度がさっとヤンの神経を逆なでた。

「フィネ!見てたんなら止めるとか助けるとか方法はあっただろ!あいつ見殺しにする気か?それでいいのかよ?」

「違うんだよ、あの時は動ける状況じゃなかったし、何もできなくて」

「何もできないわけないだろ!」

そうヤンが叫んだ瞬間、後ろからハイネがヤンの頭を思いっきり殴った。

「何すんだよ!」

「何すんだよ、じゃねぇよ、お前一旦落ち着け。ここでぎゃあぎゃあ騒いでても状況は悪化するだけだ。とりあえず黙れ」

ヤンがぐっと言葉を飲み込んで下を向く。アルが地図を広げ始め、現在の航路をさらさらと書き込んでいった。

「今俺たちがいるのは時間からしておそらく、シクル諸島沖だ。となると、今の月は〈新緑の月〉だし、うまく潮が流れていればその海域はシャーナル王国海軍の管轄となる。とりあえず、海軍と連絡してこのあたりの海について教えてもらおう。」

「でも、海軍とコンタクトをとる方法なんてあるんすか?」

ハイネが声を上ずらせながら言う。

「俺を誰だと思ってる?コネなんていくらでもあるんだよ」

ふっとアルが笑いながら携帯送受信機を取り出す。アルが魔力を込めた瞬間、送受信機の画面がパッとついてコール画面が出た。

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